6話
川越の街並みにひっそりと佇む喫茶「雪塚」。今日も観光地のにぎわいを余所に、雪塚の店内はいつものように穏やかな空気に包まれていた。
カウンター席に腰を下ろした悠真は、コーヒーカップを片手に、千鶴に向かって話をしていた。
「………そんなわけで、想像以上に酷い目にあったよ」
悠真はそう言って、カウンターに突っ伏した。
「悠真が何かすると、ほんと事件が起こるよね。そういう引き寄せ体質なんじゃない?」
千鶴は、コップを磨きながら、あははと笑った。
「引き寄せ体質って……でも、今回は本当にもう懲りごりだよ」
悠真は左腕をさすりながら、溜息をつく。
「いっそ、お祓いでもしてもらったほうがいいのかね?」
返事をしたのは千鶴ではなかった。
「何でも神様のせいにしちゃダメですよ?悠真さんが楽して儲けようとするからいけないんです」
テーブル席から、冷静な指摘が飛んできた。
中学生の雪だ。最近は、白い着物はやめて普通の夏らしい格好をしている。
「う……それは否定できない」
そのとき、
ピコン、と悠真のスマホが鳴った。
「あ、メールか……うーん、どうしようかな……」
独り言をつぶやく悠真に、千鶴が反応する。
「どうしたの?」
「いや、こないだのバイトで助けてくれた永瀬さんって人から、またバイトの誘いなんだよ。こないだのお詫びも兼ねて食事もおごってくれるって」
「……ふーん」
不満げな千鶴。
「そういう、よくわからないところに入り浸るのは、あまりおすすめしませんよ?」
「え?なんで?」
悠真が首をかしげると、雪は「ちょっと貸してください」と言って、すっとスマホを取り上げた。
カシャ、とシャッター音が鳴る。
「えっ!?何撮ったの?」
驚く悠真に、雪はスマホを返す。
「なになに?私も見せて?」
千鶴が身を乗り出して覗き込む。
スマホに写っていたのは悠真の写真だった。雪のほうを向いて怪訝な表情をしている。
しかし、彼の左腕だけが…………
筋骨隆々のマッチョマンになっていた。
「なんでだよ!」
悠真のツッコミが店内に響く。
「え?なにこれ!?誰だよこの腕!?っていうか、なんでおれの左腕だけなの!?」
「ぷっ……くくっ……!」
千鶴が肩を震わせている。
雪はすでにテーブルを叩いて笑っていた。
「なんでだよ!!なんでVRで狼に喰われたら、左腕だけボディビルダーなんだよ!!」
「きっと悪い霊が取り憑いたんじゃないですか……」
最後は声にならなかった。雪はひーひー言いながらお腹を抱えて笑っていた。
「悠真、それで夏休みを過ごすの?タンクトップで?」
千鶴もついに堪えきれずに吹き出す。
「絶対イヤだ!!」
笑いが止まらない。
悠真も呆れながらつられて笑ってしまった。
「……もういいや。アナザーワールドツアーズ社のバイト、やめとくわ。あそこ、いろいろおかしすぎる」
「賢明だと思います」と、雪が笑いながら言う。
「それよりさ、千鶴。こないだ言ってたじゃん、カフェイベント出るって。あの話を進めようよ」
「そうだった!」
千鶴の顔がふわっと明るくなる。
「じゃあ、一緒に考えてよ。メニューとか、飾りとか!」
「もちろん。なんか、そっちのほうが楽しそうだしな」
「私も手伝います!」
雪が勢いよく手を挙げた。
「え?雪も?」
「わたしもチーム雪塚ですからね。受験勉強の息抜きも必要ですし」
「ありがとう、雪ちゃん!」と、千鶴がカウンターから明るい声を上げた。
***
蝉の声が遠くで鳴っている。まだまだ夏休みの真っ最中だ。
(2人がびっくりするぐらいカフェイベントを成功させよう)
楽しそうな千鶴と雪を見ながら、そう決意する悠真であった。