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5話

縄でぐるぐる巻きにされた悠真は、兵士たちに抱えられるようにして運ばれていた。


「だから、おれはキャストじゃないんですけど!NPCでも、モンスターでもない、ただのバイトで!」


必死に訴えるも、兵士たちは耳を貸さない。


プレイヤーらしき男に話しかけても、なにやら誰かとずっと通信しているようで、まったく相手にされなかった。


「いや、聞けよ!絶対おかしいだろこれ!RPGにモニターとかコントローラーとかあるか!?」


悠真の抗議は無視され、どんどん階段を下りていく。やがてたどり着いたのは、天井の高いホールのような空間だった。


ホールの中央には、巨大狼”ルガ=フェンリル”がいた。近くで見ると、想像以上にでかい。背丈はトラックほどもあり、毛並みは白銀のように光っており、目は青白く輝いている。その巨大な身体を地に伏せたまま……ボスは兵士たちと何やら談笑していた。


「いやぁ~、最初の炎はびっくりしましたよ!まさか、火を吹くとはねえ~」


「わらわもビックリじゃ!火を吹いたのは生まれて初めてじゃったからのう!」


「はははっ!ご冗談を!」


兵士たちは、まるで飲み会のようなテンションでボスを囲み、盛り上がっていた。


(……なんで和やかなんだよ)


悠真は混乱した。ついさっきまで命懸けで戦ってたはずだろ!?……と思う間もなく、ひとりの貴族風の男、おそらく”伯爵”と呼ばれる人物が、悠真たちを見つけて手を振った。


「おっ!来た来た、こっちこっち!!」


そして、狼のボスも四つ足で立ち上がり、静かな威厳を纏いながらプレイヤーのほうを見つめる。


「……わらわを……解放してくれたのは、お主か?」

低く、厚みのある声。


「いや、さっきまでペラペラとしゃべってたじゃん!!」


悠真は思わずツッコむ。


すると、隣にいたプレイヤーが、控え目に口を開いた。


「……ああ、たぶん……俺、だと思う」


「真面目かっ!」


しかし、誰も反応しない。ツッコミ甲斐のない世界だ。


狼のボスは悠真のほうに向き直った。牙をむき出しながら吠える。


「そして、わらわを捕らえて操っていたのは――お前じゃな!!」


ズドン!と巨大な前足が床を叩きつけ、地響きがホールを揺らす。


「ひっ!おれには良くわかりません!バイトなんで!!」


悠真の声は、ほとんど悲鳴だった。


(捕らえたのは、ゲーム会社だし!自分はただの代役で何も聞かされてない!)


何だか知らないが、ボスが相当おこだ。激おこプンプン丸だ。悠真は、自分の味方はいないか、探しながら大声を張り上げる。


「逆木さーん!!誰か!助けて!!」


叫んでも返事はない。隣のプレイヤーは「あ…ああ……」とか言うだけで、まったく頼りにならない。


(アニメ版のドラゴンボールかよ!)


悠真は声にならないツッコミを入れる。脳裏には、喫茶「雪塚」の記録がよぎる。


(ここが地元だったら……不可思議な力を持つ少女ーー雪が「もう、しょうがないですねぇ」とか言って助けてくれるのに……)


しかし、ここはどこだか分からないVR空間。雪の呆れ声も、さすがに届かない。


――と、そのとき、悠真は気付いた。


(そうだよ!ここはVR空間だ!ログアウトすりゃいいじゃん!!)


あまりの臨場感に、現実と混同していた自分に驚く。急いで左腕の端末を操作しようとした――その瞬間。


バクリ。


「えっ!?」


狼の巨大な顎が、悠真の左腕を噛みちぎり、むしゃむしゃと咀嚼する。


「ぐわああああああ!!超痛え!!!」


激痛が走る。信じられないほどのリアルな痛みだった。


「馬鹿なの!?こんなのゲームにしていいわけ!?」


狼は、悠真の左腕をごくりと飲み込み、冷たい笑みを浮かべて言った。


「逃げられると思ったら大間違いじゃ」


「あ…ああ……」


……悠真の意識は、恐怖と痛みによって暗転した。


***


気がつくと、悠真はベッドの上に寝かされていた。


白い天井に、ぼんやりと蛍光灯が光っている。


(ここは、現実………?)


反射的に左腕を見る。そこには、狼に喰われたはずの腕がちゃんと繋がっていた。


「……助かった…のか?」


悠真は大きな溜息をついて、天井を見上げた。腕をさすり、指を一本一本動かし、感触を確かめる。ちゃんと動く。痛みもない。


(ここはどこだ……?あっちの世界に行ったときは、ログインブースだったはず……)


辺りを見回すと、真っ白な壁に、薬の入った棚とベッドがいくつか並んでいる。どうやら病院か……いや、雰囲気からして、会社の医務室のようだった。


キョロキョロとしていると、コンコンとノックをする音がして、ドアが開いた。


「……!」


入ってきたのは、若い女性だった。起きている悠真を見て、ほっとしたように笑顔になった。


「あっ!目が覚めたんですね!!良かった!」


彼女は駆け寄ってきて、ベットのそばに立った。


「あの……ここは?」


「ここは、アナザーワールドツアーズ社の医務室ですよ。悠真さんは、異世界にダイブ中に気を失って倒れたんです。無事で良かったです!」


「気を失った……あっ!」


悠真の腕にバクリと喰われた感触が甦る。バーチャル体験だというのに、ひどくリアルな記憶だった。


「まだ具合悪いですよね?無理しないで寝てていいですよ」


彼女は、優しくそう言って、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。


「永瀬と申します。私は逆木さんと同じチームで、普段はプレイヤーのサポートをしています。今日はちょっと訳あって、先ほどのプレイヤーさんのガイドを担当していまして……」


確かに、あの変な服を着たプレイヤーは誰かと会話をしていた。相手は目の前の女性だったということか……


「気絶した悠真さんを見て、すぐにログアウト操作をかけたんです。だから、こうして無事に戻ってこれたんですよ」


「じゃあ、永瀬さんは命の恩人ですね……ありがとうございます」


悠真がそう言って頭を下げると、永瀬は少し気まずそうに顔をそらした。


「あの……実は、謝らなければならないことがありまして……」


「えっ?」


なんのことか分からず、悠真は首をかしげた。


永瀬は、どこか、もじもじと手を擦り合わせながら、申し訳なさそうに言う。


「悠真さんがいた隠し部屋の場所を……プレイヤーさんに教えたの、私なんです……!」


深く頭を下げる永瀬。


「え?えーっ!」


思わず大声が出た。まさか、あの悪夢の原因が目の前の永瀬だったとは……


永瀬の説明によると、あの部屋は運営内部で用意された”非公開エリア”で、本来プレイヤーからは見つからないようになっていたらしい。だが、ボスの挙動に不自然さを感じた那由多というプレイヤーが、永瀬にガイドとして質問。彼女が生体反応を探知して、うっかり居所を教えてしまったのだ。


「そんな……あれが、全部……」


悠真の中に、狼の牙がフラッシュバックのように甦る。


「本当にごめんなさい!!でも、腕が元通りくっついて良かったですね!!」


永瀬は、ひきつった笑顔で明るく言った。


(……くっついて?)


悠真は、ふと自分の左手を見る。


「……あれ?」


よく見ると、小学生のときに彫刻刀で切った親指の傷が見当たらない。くるりと手のひらを返して見る。何か違和感を感じる……


「永瀬さん……今、くっついてって……言いました?」


永瀬の身体がビクリと震えた。


「えっ!?そ、そんなこと言いましたっけ?あは、ははは……」


ぎこちない笑い。視線は泳ぎ、手は微かに震えている。


なにかを隠している。そう、悠真は直感した。


「じゃ、じゃあ、ゆっくり休んでくださいね!!さぁ、早く始末書を書かないと……」


永瀬は、そう言って逃げるように去った。

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