4話
「これで……操作するんだよな」
悠真は手汗を拭いながら、コントローラーを握り直す。目の前のモニターでは、狼型の巨大ボス ”ルガ=フェンリル” が、ペロペロと前足を舐めていた。
ついに扉が破られ、兵士たちがボス部屋になだれ込む。
「古の狼よ!貴公の役割は分かるが、我らの悲願は山よりも高く、海よりも深く……」
他の兵士たちより、ひときわ豪華な鎧を身に付けた中年の男が朗々と演説を始めた。
そのすきに、悠真は説明書を片手に操作ボタンの確認をしていた。
「えーと、これか?」
悠真は、恐る恐るRボタンを押してみる。
ドオン!という音が鳴り、狼が振るった前足で兵士たちが吹き飛んだ。
「うわあああっ!」
演説を聞いていた兵士たちが隊列を乱し、混乱する。
「なるほど、Rは前足で攻撃か……」
今度はBボタンを押すと、ルガ=フェンリルがぴょんと飛び跳ねた。どうやらジャンプらしい。
「近づくな!距離を取って包囲するのだ!」
兵士たちが遠巻きに距離を取る。バラけているので、なかなか攻撃のタイミングが掴めない。
「じゃあ……これだな」
右スティックを押しこんだその瞬間、ピカン!とボスキャラの眼が光り、口から灼熱の火炎が噴き出した。炎はあたり一面を焼き尽くし、兵士たちは逃げ惑った。
「うわあああっ!火を消せー!」
遺跡の内部は一気にパニックに包まれた。
悠真は、コントローラーを握りしめ、ニヤリと笑う。
「よーし、操作は分かった!返り討ちにしてやるぜ!」
***
一方的な闘いになると思いきや、魔法部隊の投入により、戦局は一進一退となった。伯爵軍は意外としぶとく、ボスキャラの隙を突いた突撃など、バラエティに富んだ攻撃に、悠真のコントローラーを握る手にも力が入る。画面の端では、白いローブの僧兵たちが、倒れた味方を次々と回復させていた。
「ちっ!あのヒーラー、真っ先に潰すべきだったな」
悠真は唸る。しかもこのモニター、視点固定型で、カメラの死角から攻撃されると思わぬダメージを喰らってしまうのだ。
「あー!まただ!……でも、そろそろこっちが優勢か?」
ジリジリと伯爵軍を押し返していく。あと一撃、有効打を喰らわせられれば決着がつく――その時だった。
バタン!
ドアが勢いよく開いた音に、悠真は条件反射で振り返った。
そこには甲冑を身にまとった兵士が三人。モニタールームに入り込み、キョロキョロと室内を見回していた。
「な、なんで!?」
うろたえる悠真を見つけた兵士が、構えた弓を引き絞り矢を放った。
スタン!
悠真はとっさに床に転がった。先ほどまで座っていたイスに矢が突き刺さっていた。
「ちょっ!まっ!」
悠真の声を遮るように、続けて矢が放たれる。
矢は悠真の背後のモニターに直撃した。ガツン!という音が響き、モニターにヒビが入る。
「いやいや、違うって!!正攻法でやってよ!スタッフ狙っちゃダメじゃん!」
悠真は慌ててイスの下に隠れようとしたが、突撃してきた二名の兵士に捕まり、床に押さえつけられてしまった。
「いてっ……やめてってば、違うから!!」
腕をねじ上げられ、顔を床に押し付けられる。細かな砂粒が頬に当たり、ザラザラとした感触が肌を削る。
(くそっ……このVR、リアルすぎるんだよ……!)
「逆木さーん!!」
悠真は叫んだ。しかし、モニタールームには誰も現れなかった。
そのとき、兵士の後ろから、異様な服を着た男が現れた。近未来的を思わせる銀色のスーツに、片眼鏡。レインボーのパンツに、とんがりブーツ。そして彼は、モニターやコントローラーを見回し、落ちていたタブレットを拾い上げた。
「永瀬さん、これ……押していいと思います?」
(ま、まさか……こいつがプレイヤーか!?)
「す、すみませんっ!おれ、今日だけのバイトなんですけど!!」
必死に声を張り上げるが、男は誰かと通信しているのか、聞こえていないようだった。スススっと、タブレットの画面をスクロールさせると、おもむろにタップする。
プツン――。
部屋のモニターが突然、真っ暗になった。戦闘音が聴こえていたスピーカーの音も静かになる。
「……え?」
悠真は戦慄した。
(まさか……壊した!?)
目の前が真っ白になる。減給、罰金、巨額の損害賠償請求……様々な悪夢が頭をよぎった。
「や、やばいぞ……」