3話
ログインルームは円形で、中央には謎の機械が怪しい光を放っていた。機械の反対側には、曲線の壁に沿って幾つものドアが並んでいる。
「お疲れ様です!スタッフ、悠真さんの入室を確認しました!」
悠真が入室すると、突然、天井から少女のような声が響いた。
「悠真さんのブースは、39番です。今日も頑張りましょう!」
天井から響く声に従って、39番の部屋を目指す。ドアを開けると個室になっており、ゆったりとしたハイバックチェアの上に、ずっしりと重みのあるヘッドセットがぶら下がっていた。
おっかなびっくりヘッドセットをかぶり、ハイバックチェアに深く腰を沈める。
ヘッドセットからは環境音が流れていたが、やがて落ち着いた女性の声が流れてきた。
――ご搭乗、誠にありがとうございます。まもなく、アナザーワールドへの旅が始まります。安全のため、ヘッドセットのロックはしっかりとお締めください――
声はまるで、国際線のキャビンアテンダントのように優雅で、心地よい。
(あー、これは寝落ちしそう……)
ふわりと意識が薄れたと思った瞬間、悠真の視界は暗転した。
***
目を開けると、悠真は見知らぬ場所にいた。
石造りの柱、風化した壁面のレリーフ……どこかの古代遺跡のような空間だ。
キョロキョロと辺りを見回すと、悠真から見て右側の壁には、この場所には不釣り合いな巨大モニターが設置されていた。シミュレーションゲームのような画面には、システムからのメッセージが次々と表示されていた。
”修験者の谷へ続く砂漠の果ての遺跡
プレイヤー接近:ゼロ
そのまま待機してくださいーー”
「すごいなぁ……本当にゲームの中に入ったみたいだ」
悠真は思わず声を上げ、ぐるりと辺りを見回した。まるで、RPGの世界。窓の外を覗けば、果てしなく広がる砂漠が地平線まで広がっていた。
広い部屋の中には、重厚な調度品、絵画、武具の棚まで揃っており、悠真はあちこち開けたり、置かれていた槍を振り回したりして待機時間を過ごした。
やがて・・・
「あー!暇だな!」
床にゴロリと横になる。そう、プレイヤーが来ないと何も起きないのだ。
「うーん!暇だ!暇だよー!」
悠真が叫んでも、帰ってくる反応はない。というか、他のスタッフも誰もいない。
(何か、時間つぶしないかな……)
視線をさまよわせていると、机の上に置かれた黒いタブレット端末が目に入った。ダメ元で電源を入れる。
「おっ!ネット繋がっているじゃん!」
悠真は歓声を上げると、すぐさまお気に入りのネット小説サイトを開く。
「やっぱり小豆島先生の作品は最高だな!おれも異世界転生して、チート能力とか使えたらなぁ……」
などと感心しながら、モニターの前のイスに座り、タブレットのページをスクロールしていた悠真だったが、しかし、穏やかな時間は、長くは続かなかった。
ピーピーピーッ!
けたたましい警告音。
「プレイヤー襲来!!迎撃態勢を取って下さい!!」
「えっ!マジで!?」
慌ててモニターに向き直ると、画面上には無数の赤い点が表示され、接近中の部隊を示していた。
システム音声がモニタールームに響き渡る。
「プレイヤーは、砂漠の領主が率いる軍勢に参戦。総数は、およそ100名。脅威レベル5。脅威レベル5は最大値となります」
「いやいやいや、話が違うでしょ!滅多に来ないって言ってたじゃん!」
悠真はモニターの画面を切り替え、迫る敵勢力の様子を映し出す。
甲冑をまとった兵士たちが、ときの声を上げながら遺跡に突入する。
「父上の仇!」
「この一戦に我らの存亡がかかっておるぞ!」
血気盛んな男たちが荒々しく通路を駆けていく。
「えぇ……こっちはバイトなんだけどな……………」
悠真は、視線をモニターの映像に映し、ボス部屋の隅にゴロリと転がっていた狼型のキャラに呼びかけた。
「あの、出番ですよー!敵来てますよー!」
しかし、狼は大儀そうに片目だけ開ける。
「知るか、わらわは眠いのじゃ」
そういって、カメラの反対側に寝返りを打つ。
「いやいや、やる気なさすぎでしょ!この遺跡は渡さん!とかそういうの無いの??」
「無い」
「ないんかい!」
悠真は突っ込むが、狼はうるさそうに前足を振った。
「そもそも、わらわを操作するのはお前じゃ。その手元のコントローラーとやらで好きにせい」
「コント……これか…」
見ると、モニターの下には見慣れたゲーム機のコントローラーが転がっていた。
「くそ、やるか、やるしかないのか……」
悠真はコントローラーを掴み、ボス部屋に迫り来る兵士たちと、寝転がるボスキャラを交互に見る。
(……これ、負けたらどうなるんだ?おれのバイト代は……?)
ボス部屋へと続く扉に、破錠鎚がガンガンと叩きつけられる音が響いていた。