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2話

「ここか……」


夏休みのある日、悠真は池袋の商業ビルの前に立っていた。ペンギンが空を泳ぐことで有名な水族館も入った大型の商業施設。その中に、問題の企業――『アナザーワールドツアーズ社』がある。


悠真は、そのゲーム会社を知らなかった。だが最近ネットでも話題になっている超リアルなVR体験を提供する会社だと言う。


いわく、視覚・聴覚だけではなく、嗅覚・触角・果ては味覚までを再現するという画期的なシステムらしい。


「……………オーバーテクノロジー過ぎるだろ」


言葉に出してしまった。なんだそのSF。絶対何か裏がある。悠真は強い不安に襲われた。


できれば帰りたい。しかし、ここで逃げたらサル爺にしつこくネタにされるだろう。


悠真は意を決して、従業員用エレベーターに乗る。


到着したオフィスの入り口は、想像よりまともだった。清潔感のあるフロアに、ガラス張りの壁。無人の受付には、等身大モニターが置かれており、AIと思わしき受付嬢が愛想良く会釈した。


一面のスクリーンには、まるでファンタジー世界のような雄大な景色が投影されていた。


入り口に圧倒されていると、AIの受付嬢が、映像越しにこちらに話しかけてくる。


「ご来社ありがとうございます。ご用件をお聞かせください」


「えっと……バイトで来た小鳥遊悠真です」


「小鳥遊様、お待ちしておりました。では、担当の者がご案内いたします」


ペコリと頭を下げた案内嬢が指し示す場所にドアの映像が投影されたかと思うと、中から背の高いヒゲ面の男が現れた。メガネの奥の目はやけに優しげで、人懐っこい笑みを浮かべている。


「やぁ!悠真くんかい?待っていたよ!」


身ぶり手ぶりの大きな男だ。案内されて、悠真はドアをくぐる。


オフィスの壁面には、RPGのダンジョンのような装飾が散りばめられている。ドラゴンの彫刻、ゆらめくランプ、怪しげに光る魔法陣……


「驚いたかい?これがうちのオフィスの売りでね。『仕事も遊びも楽しく』ってやつさ」


男は、サカキと名乗った。どうやら、この会社の運営部に属しているらしい。


「さ、詳しい話はミーティングルームでしよう」


爽やかに笑うサカキの後に着いて行きながら(このバイト、受けて良かったかも…)と思う悠真だった。


***


ミーティングルームは、広々としていた。中庭に面した窓からは、苔むした大樹に、羽を生やした妖精たちが住まう様子がジオラマとして飾られている。悠真と、逆木サカキと名乗る男は、向かい合って座った。


大きなモニターが会議テーブルの上に置かれている。


「うちの会社のことは、ある程度知ってもらえたかな?」


「はい、一応、ホームページは見てきました」


悠真がそう答えると、逆木はパチンと指を鳴らして笑顔を浮かべた。


「OK!じゃあ、話は早い。うちのサービスは、簡単に言えば”超リアルなネットゲーム”だと思ってもらえればいいよ」


「ネットゲーム……ですか?」


「うん。でもね。うちは”リアル”の部分にこだわってる。視覚や聴覚はもちろん、匂いや風、食べ物の味覚までも再現してる。まさにその”世界”に入れるんだ」


確かにそんなことがホームページに書いてあった。五感の再現――信じられなかったが、ここまで来てしまった以上、疑ってばかりもいられない。


「で、そのリアルさを作るためには、コンピュータだけじゃダメでね。実は、プレイヤーたちがNPCだって思ってるキャラクターは……実際は、人が動かしていることがあるのさ」


「NPCは、ノンプレイヤーキャラクターの略ですね」


「ザッツ・ライト!」


逆木は親指を立ててウインクした。


そして、急に声のトーンを落として、ニヤリと笑う。


「でね、ここからがアルバイトの説明さ。悠真くんにやってもらうのは、NPCじゃなくて”モンスター役”になる」


「え?モンスター?」


「そう、モンスター!」


逆木は、顔の横に手のひらをかざし「ガオー!」と叫んでみせた。


――逆木いわく、ある種のイベントボス、つまりゲームの中でも重要な役割を果たすモンスターは、プログラムではなく人間が操作しているのだという。


「中でもね、プレイヤーが滅多に辿り着けないエリアの”ラスボス級モンスター”が今回の役だよ!」


「そんな大役、バイトの自分に任せても大丈夫なんですか?」


悠真が不安げに問うと、逆木は大笑いした。


「ノープロブレム!超強い設定にしてあるし、そもそも辿り着けるプレイヤーなんてほとんどいないから!まぁ、本来は社員がやるんだけどね?夏休みはみんな忙しくて、どうしても手が足りなくてさ!」


「はぁ」


悠真は思わずため息を漏らす。どう考えても、自分ができるとは思えない。が、ここまで来てしまったからにはやるしかないと、悠真は腹をくくった。


「わかりました……じゃあ、やってみます」


「ヨッシャ!一つよろしくね!」


逆木は満足そうに言うと、手元のリモコンを操作して映像を流し始めた。


画面に現れたのは、リアルなCGと実写を組み合わせたチュートリアル映像。プレイヤー視点の映像に合わせて、戦闘の流れや動き、攻撃モーション、喋り方に至るまで丁寧に説明されていた。


「見終わったら、突き当りの赤いドアに来てよ。そこがスタッフのログインルームだからさ!」


そういうと逆木は、ドアを開けて去っていった。


悠真は、再生中の動画に目を戻す。


そこには、炎を背負い咆哮するドラゴンが『貴様らごとき、我が爪の餌食よ!』とセリフを吐いていた。


……本当にやるのか、これを。


しかし、時給一万円のためだ。悠真は自分に言い聞かせる。


動画を見終わった悠真は、ミーティングルームを抜けて、赤いドアの先へと向かう。


そこで待ち受ける惨劇を、悠真はまだ想像だにしていなかった。

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