1話
金がない……
初夏の日差しが差し込む喫茶雪塚の窓際で、悠真はスマホを睨みつけていた。
テーブルにはアイスコーヒー。氷がカランと小さな音を立てる。
アルバイトは高校では禁止。たまに単発で内緒のバイトを入れるが、遊びに出かけたり、ちょっとした物欲を満たせば、すぐに財布はからっぽだ。
「うーん、なんか短期で、てっとり早く稼げるやつは……」
画面をスクロールさせながら、悠真は唸った。
”ホワイト案件!指定した場所に行って、商品を受け取るだけ!即金5万円!”
「……怪しい」
思わず声に出してしまう。
”募集枠残りわずか!おじいさん、おばあさんのお宅を訪問してお話を聞くだけの簡単なお仕事!出来高払い!”
「……ますます怪しい。出来高ってなんだよ……」
「なにやってんの?」
カウンター越しに、千鶴が呆れたような目で見てきた。
「いや、ちょっとバイト探してて」
悠真は、スマホの画面を隠すように伏せた。
「また怪しいの見てるんじゃないの?楽して稼ごうとすると、また痛い目見るよ」
「痛い目……」
悠真の脳裏に、サルレンジャーショーの光景がフラッシュバックした。
サルブルー(悠真)渾身のサルビーム。あのとき、必殺技をスルーした怪人のことを悠真はまだ許していない。
「ねぇ、もし暇だったらさ、今度うちの店でイベントに出るんだけど、手伝ってくれない?」
「え?」
「市内のカフェが集まるイベント。うちも出店するの。お父さん、最近あんまり店に出られなくて、設営とか私一人じゃ大変だし」
喫茶雪塚の経営者は、千鶴の父だが悠真はほとんど見たことがない。いつも、千鶴がカウンターに立っているので、マスターのことを完全に忘れていた。
「えっ、いいの?俺で」
「うん、悠真なら助かるし」
千鶴と二人でイベント出店――
まるで、夫婦で経営しているカフェみたいじゃないか……
悠真の胸は、ドキドキと高鳴った。
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな……」
そのとき、
「おっ!悠真、今日も暇そうじゃな!!」
カランカランッとドアベルが鳴ったかと思うと、大声が店内に響いた。
極彩色のアロハシャツにサンダル、丸サングラスの老人――
「千鶴ちゃん、ワシにもアイコ!」
サル爺だった。
「……別に、暇じゃないですよ」
思わず声が低くなる。今日のサル爺は、いつもの全身タイツではないらしい。
「なに、お主にぴったりのアルバイトを紹介しようと思ってな!」
「いや、やめときます」
どう考えたって、サル爺がまともなバイトを紹介してくるはずがない。これから、千鶴とカフェ出店の打ち合わせが待っているのだ。いくら金に困っているからといって、また怪しげなバイトに引っかかる悠真ではなかった。
「時給は、一万円じゃ!!」
「やります」
乗るしかない、このビックウェーブに。
悠真は、考えるよりも早くサル爺と固い握手を結んでいた。
カウンターでその様子を見ていた千鶴は、いつもの光景にワクワクした。
「今回も、面白いことになりそうね……」
***
「あっ、でも……千鶴のバイトもあるしな」
悠真が口ごもると、千鶴は明るく答えた。
「うちのイベント出店は、再来週の日曜日だから、それ以外だったら大丈夫よ?」
「そっか……」
それなら問題ない。とはいえ、やはり気になるのは高額バイトの理由だ。
「城山さん、そのバイトってどんな内容なんですか?まさか、闇バイトじゃないでしょうね…?」
多少のことなら乗り切って見せるが、まさか法を犯すようなことはできない。
けれど、サル爺は、ズコッとアイスコーヒーを飲みきると、涼しげな顔で言った。
「なに、ワシの知り合いがな、人材派遣の会社を経営しとるんじゃが――最近、流行りのゲームの運営を手伝ってほしいそうなんじゃ!」
「ゲーム?」
「そうじゃ!ゲーム!」
サル爺はジャンプして、空中の見えないブロックを叩く真似をした。
老人とは思えない身のこなしに、悠真と千鶴は思わず息を飲む。
「詳しくは、やると決まってからじゃないと言えないがの。して、決まりで良いな?」
「うーん……それ以上の情報は?」
「秘密じゃ!」
もうこれ以上は何も聞き出せそうもない。
「いいじゃない?行ってきなよ」
千鶴がニヤニヤしながら言う。
「お前、絶対楽しんでるよな……」
にっこりと笑って、親指を立てる千鶴。
「行くしかないか…………」
背に腹は代えられない。今年の夏を乗り切るために。
前回のサルレンジャーショーが、全く懲りていない悠真だった。




