婚約破棄され令嬢、パン屋で元婚約者をおもてなし
婚約破棄された令嬢が、修行して田舎町のパン屋になる話です
エリアナ・ブランシュは、この瞬間を一生忘れることはないだろう。
王宮の大広間。
天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが、冷たい光を彼女に浴びせかけている。
周囲を取り囲む貴族たちの視線は、まるで汚物でも見るかのように冷ややかだった。
「エリアナ・オランジェリー」
アレクシス第一王子の声が、広間に響く。
その美しい顔には、かつてエリアナに向けていた優しさのかけらもない。
「君は僕の婚約者でありながら、セリーナ嬢に礼を失した態度を取り、嫌がらせを繰り返し、挙句の果てに毒を盛ろうとしたという。この悪行は本当なのか」
セリーナ・ローズ侯爵令嬢が涙を流している。
「わたくしはただ、エリアナ様とお友達になりたかっただけなのです…」
震える肩。
青ざめた頬。
完璧な被害者の演技だった。
実際に起きていたことは真逆だ。公爵家の養女でありながら、アレクシス第一王子に見そめられ王子婚約者となったエリアナ。自分がアレクシスと結婚して王妃になると信じて育ってきたセリーナは、エリアナを失脚させようと様々な嫌がらせを繰り返してきた。この半年ほど嫌がらせが止みホッとしていたが、この日のために仕込まれていたようだ。
「そんな…私は何も…」
エリアナが口を開こうとした瞬間、証拠品として差し出された手紙が目に入る。
公爵家の黒紫インクで書かれたその手紙は、確かに自分の筆跡に似ているが、微妙に違う。
偽造だ。
しかし、誰がそんなことを信じるだろうか。
「残念ながら複数の子女からの目撃証言がある。君の部屋から毒薬も発見されたそうだ」
王子の言葉に、貴族たちがざわめく。
「さすが成り上がりの養女ね」
「血筋が卑しいと、やることも下品だわ」
「公爵様もお気の毒に」
心ない言葉が、エリアナの心臓を貫いていく。
養女。
成り上がり。
血筋が卑しい。
全て事実だった。
だからこそ、今まで必死に努力してきたのに。
「行いが良く優れた者は、身分によらず立身できる。努力すれば平民でも幸せになれる。そんな我が王国の新時代の象徴として、君には期待していた。何か事情があったのではないか。聞かせてくれないか」
平民出身のエリアナには、致死性の毒を手に入れるようなツテも資金もない。
必死で無実を訴えたが、周囲の貴族の目は冷ややかだ。そもそも面白く思われていない身。誰も聞く耳を持たなかった。
「エリアナ様、どうして認めてくださらないのですか」
セリーナの涙が、真珠のように美しく頬を伝い落ちる。
「わたくしだけなら、耐えようと思っていたのです。けれど、王子殿下を酷く言う言葉を聞いてしまっては、黙っていられなかったのです…」
貴族社会において、セリーナの実家であるローズ侯爵家に恩義のない家はないと言っても過言ではない。エリアナを許す道を探るアレクシス第一王子に、セリーナに同情的な貴族らの視線が突き刺さる。
「エリアナ。君と新しい時代を築きたかった。しかし父上の言うとおり、無理に身分を超えることは幸せを生まないようだ。残念だ」
王子の宣告が下される。
全ては決まってしまった。
エリアナは唇を噛み締めると、背筋を伸ばした。
公爵家を去ることになろうとも、最後まで、公爵令嬢としての誇りを保つつもりだった。
* * *
もともと、エリアナの両親は元々王宮専属のパン職人だった。
エリアナが幼い時に両親は王宮内の事故で亡くなった。既に祖父母は他界しており、預かる親戚もない。事故の責任の一端を担っていた公爵家が、エリアナを侍女扱いで預かることとなった。屋敷内で過ごすうちに、公爵の嫡男マークスが、歳の近いエリアナを妹のように可愛がるようになった。
「最近、マークスが真面目に勉強しているようですが、何かあったのかしら」
「はい、奥様。マークス坊ちゃんは勉強がお嫌いですが、教えるのは好きなようです。エリアナに教えるのが楽しいと、最近は良く学んでいらっしゃいます」
嫡男の教育に役立つと期待されて、エリアナはマークス専属の侍女と扱われるようになった。男女両方の教育内容を二人三脚で学んだマークスとエリアナは、いつしか同世代の貴族子女の中でもトップレベルの優秀さを身につけるようになる。
それに気付いたのが、第一王子アレクシスだった。
マークスはオランジェリー公爵家の一人息子のはずだが、交流の機会に妹の話をしたことがある。それも、マークスに負けずとも劣らない優秀さのようだ。しかし、社交の場に出てくることはない。マークスに聞いても話を濁されるし、何度頼んでも合わせてもらえない。
興味が止められなくなったアレクシスは、父王に頼み込んだ。公爵家には箱入りの妹がいるようだ。どうしても会ってみたい。その願いは公爵に王命として届いた。
『娘と共に登城せよ。事情によっては罪は問わぬ』
王は、オランジェリー公爵が夫人に隠れて愛人に娘を産ませたのだろうと思っていた。一夫一妻制の国とはいえ、隠し子を作る貴族は一定存在する。ただし、本人の死後に隠し子に名乗り出られると相続に支障がある。「妻に隠しても王には伝えよ」が王国貴族のルールである。
王命を受けて驚いたのは公爵だ。オランジェリー夫妻は仲が良く、隠し子はおろか愛人もいない。子供はマークス一人だ。
悩んだ末に夫人と息子に相談したことで事態が発覚した。第一王子アレクシスが、マークスに対して何度も何度も「エリアナに会わせろ」と迫っているらしい。
公爵は、夫人と息子、そしてエリアナを伴って城に向かった。エリアナは王に会うような服を持たないが、夫人のワンピースを侍女長が仕立て直してくれた。
「国王陛下。恐れながら申し上げます。我が子はここにおります息子マークスのみ。こちらに連れたエリアナは、我が家に仕える平民の侍女でございます」
王の誤解は解けた。
その後、アレクシスとマークス、エリアナは、しばしば3人で集まるようになった。優秀な人材を求め、また平民との融和を考えていたアレクシスにとって、エリアナは大きな希望であった。
そしてアレクシスは、エリアナを妃に…と考えるようになる。王からは「愛人にしておけ」と止められたが、アレクシスは食い下がり、公爵家の養女とすることと、婚約期間を長く取ることを条件に認められた。
* * *
婚約破棄に伴い、養女としての契約も解除された。
オランジェリー公爵家は、一貫してエリアナの味方だった。
「最後まで守ってやれず、申し訳なかった。王家のみならず、侯爵家を含む複数の貴族が強く婚約破棄を訴えていて、我が家の主張は身内を庇うための身勝手な嘘としか扱われなかったのだ」
「養女としての承認は取り消されてしまったけれど、私たちは今でも貴女を娘のように思っているわ。我が家に残ってくれても構わないのよ」
夫妻のあたたかい言葉に涙が滲む。
しかし、エリアナの心はもう決まっていた。
「お父様、お母様……いえ、旦那様、奥様。幼い頃から今まで、平民の孤児である私にここまでよくしていただき、心から感謝しております。
私のせいで、公爵家の名に泥を塗ってしまいました。恩を仇で返すことになってしまったこと、悔やんでも悔やみきれません。旦那様と奥様、そしてマークス様に、これ以上ご迷惑をおかけできません。
公爵家を出て、一人の平民としてやり直したいと思います。ただ一つ、我儘を言わせていただけるのであれば、時々手紙を差し上げることをお許しください」
オランジェリー夫人は、しばしエリアナを見つめると優しく抱きしめた。最後のハグを心にしまって、エリアナは公爵家を出た。
* * *
王都郊外の小さな商店街に、『麦の香り』という看板を掲げたパン屋がある。
朝の五時。
まだ薄暗い厨房で、エリアナは黙々と生地を捏ねていた。
小麦粉にまみれた手。
汗で額に張り付いた髪。
かつての公爵令嬢の面影はない。
しかし、その表情は王宮に出入りしていた時代よりもずっと穏やかだった。
「エリアナ、おはよう」
厨房の奥から、初老の男性が現れる。
ブランシュ氏——エリアナの父母の師匠だった。
「おはようございます、ブランシュさん」
エリアナが微笑みかけると、ブランシュ氏も優しく笑い返す。
「最近すっかり母親に似てきたのう」
エリアナは生地を捏ねながら、あの日のことを思い出す。
王都を出て、父母の生まれた田舎町に辿り着いた時。
街の人々は両親を覚えてくれていた。
王宮専属パン職人に取り立てられた二人は、街の誇りだったようだ。二人が修行したブランシュ氏のパン屋は、跡継ぎもおらず、いつ閉めるか考えているような状況だった。住み込みで働かせてほしいと言ったエリアナを、ブランシュ氏は柔らかな笑顔で歓迎してくれた。
焦る気持ちを抑えつつ、パン作りを覚えた日々。
指は切り傷だらけになり、失敗作の山を築いた。
それでも師匠のブランシュ氏は、決して責めることなく、ただ静かに見守ってくれた。
「そうなんですか? 私、あまり母の顔を覚えてなくて。『麦の香り』の厨房に飾られていた二人の写真が、今の私にとっての両親の姿です」
オーブンから漂う、焼きたてのパンの香り。
この匂いに包まれている時が、エリアナには一番幸せだった。
手に職をつけた今、エリアナは誰よりも自由だった。
そして——。
あの日、セリーナが仕組んだ罠の全てを、エリアナとマークスは解き明かしつつあった。
盗まれた公爵家のインク。
筆跡の微妙な違い。
毒薬の入手経路。
学生寮のエリアナの部屋に忍び込まれた形跡。
時間はかかったが、少しずつ証拠が集まっている。証言を覆す令息令嬢も出てきているようだ。
いつか必ず、真実が明らかになるだろう。
そうなれば、またアレクシスやマークスに会えるだろうか。
そう思いながら、エリアナは今日も生地を捏ね続けた。
* * *
昼下がり。
『麦の香り』には、いつものように客足が絶えない。
エリアナの腕前は確実に上達していた。
特にクロワッサンは絶品で、わざわざ隣町から買いに来る客もいるほどだった。
「いらっしゃいませ」
エリアナが振り返ると、店の入り口に見覚えのある人影が立っている。
金髪。
紺碧の瞳。
アレクシス第一王子だった。
そして彼の隣に寄り添っているのは——セリーナ・ローズ。
心臓が跳ね上がる。
エリアナは、心を落ち着けて尋ねた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
アレクシスとセリーナは、まだエリアナに気付いていない。
「こちらのクロワッサンの評判がよいと聞いてね。実は今年の王国祭における表彰候補産品の中で、これだけが王宮に入っていなかったので、食べに来たよ。王宮への納品を断ったそうじゃないか」
「そうなのですね。ありがとうございます。納品の件は申し訳ありません。クロワッサンは時間が経つと固くなってしまうものですから、焼き立てをお届けするのが難しいと思い、辞退させていただきました」
実際のところ、エリアナのクロワッサンは翌朝まで十分に美味しい。王宮の厨房を貸してくれるという話もあった。断ったのは、ただただ王宮と接点を持ちたくなかったためである。
説明する声を聞いて、アレクシスが怪訝な顔をした。
「君は…」
エリアナは、トングでクロワッサンを掴むと、小さな皿に載せて差し出し、店内の席を薦めた。
「よろしければ、ぜひ焼きたてをお召し上がりください。毒味をされますか?」
「いや、これだけ多くの人が食べているものだ。必要ないだろう」
王子がクロワッサンを手に取る。
一口。
その瞬間、王子の表情が変わった。
この味は——。
子供の頃に大好きだった、王宮厨房特製クロワッサンの味だった。職人が変わったとかで、いつのまにか食べられなくなってしまった。
あのパン職人の味が、ここに残っていたのか。
この田舎町の名前は、以前聞いたことがあった。「いつか訪れてみたいんです」と、当時愛した人が言っていた。
もしかしたら今回の訪問中に一目…王子自ら田舎町を訪問する異例の日程に、そんな思いがあったことは否定できない。
目の前の若いパン職人は、その想い人と同じ声をしている。
「君は…エリアナか?」
王子の声が震える。
エリアナは黙って微笑む。
「…エリアナ嬢ですって?」
セリーナの顔が歪む。
「エリアナ嬢がここにいるわけがありませんわ」
品良く、しかし吐き捨てるように呟いたセリーナの言葉を、アレクシスは聴き逃さなかった。
「おや。僕の勘違いかな。どうしてそう思うんだい、セリーナ」
セリーナは「なんでもありませんわ」とやり過ごそうとしたが、アレクシスに重ねて問われ、諦めたように答えた。
「だって…あの方は……王都を出た後に亡くなったのでしょう?」
アレクシスは眉をひそめ、しかし何かを考えているようで、次の言葉を紡がない。
「王都を出た後に、盗賊に襲われた…と……噂で聞きましたわ……」
セリーナの顔が、徐々に強張っていく。
「そうなのか。いつ頃聞いた噂か、教えてくれるかい」
「アレクシス様が彼女との婚約を破棄なさってから半月ほど経った頃かと思います」
「なるほど。たしかにその頃、エリアナが公爵家を去って王都を出たと聞いている。道中、賊が彼女を狙ったという報告もあった。しかし、その話は公式には広められていないはずだ。セリーナ、君は誰からその話を聞いたのか?」
先程とは打って変わって固い表情の二人を、エリアナは黙って見つめている。
店内にいた他の客は、いつのまにかブランシュ氏が人払いしていた。
「随分経ちましたので、どなたから伺ったか、思い出せなくなってしまいましたわ。マークス・オランジェリー公爵令息だったかしら…」
「マークスではないだろうな。なぜなら、エリアナが盗賊に殺された、というのは事実ではないからだ。王都を去ったエリアナを賊が狙ったのは確かだが、そいつらは王家が秘密裏に付けた護衛が処理した。僕に報告をあげてきたのはその護衛たちだ。
マークスは、そのことを知っているし、その後もエリアナと文を交わしているそうだ。僕は、その後まもなく君と婚約したので、エリアナについての詳細はあえて聞かないようにしているが、元気にしているということだけは承知している」
アレクシスは、セリーナの目を見つめたまま捲し立てた。
「セリーナ、君は、なぜ『賊がエリアナを襲った』ことを知っているのだ? まさか…君が…」
王子の視線が、セリーナからエリアナへ、そして再びセリーナへと移る。
* * *
婚約を維持したいと言った時、父王はつれなかった。
「『恋は盲目』か? 立場を弁えろ。お前は儂をついで国王になるのだ。守るべきものは、一人の女性ではなく、この国の秩序だ。
価値観を共にする貴族すらまとめられないお前に、どうして育ちも考えも異なる平民を取り込めるものか。
セリーナ嬢にしておけ。さもなくば、反対派の貴族らにお前も引きずり下ろされるぞ。彼女が嫌なら愛人を抱えればよい。
『王子の婚約者』すら守れぬお前に、『王妃』を守り切れるのか?」
アレクシスには返す言葉がなかった。
王は、王都を発つエリアナに護衛をつけ、セリーナとの婚約期間をエリアナとのそれと同程度に長くしてくれた。息子アレクシスへの、父としての精一杯の愛情であった。
* * *
「セリーナ…君がエリアナを陥れたのか?」
王子の声が、小さなパン屋に響く。
「私…私は…」
「お客様」
エリアナが、静かに口を開く。
「当店では、他のお客様のご迷惑になるような会話はお控えいただいております」
その声は、あくまで丁寧だった。
しかし、その奥に秘められた氷のような冷たさを、王子は感じ取った。
「エリアナ、僕は…僕は……」
「クロワッサンはいかがでしたか?」
エリアナの営業スマイルが、一切崩れない。
その完璧さが、逆に恐ろしかった。
「僕が力不足だった。だから…」
「気に入っていただいたようでしたら、いくつかお包みしますね。他のお客様もお待ちでございますので」
小さな店の外には、追い出された客と近所の野次馬で、ちょっとした人だかりができている。
エリアナは、いくつかのクロワッサンを手早く箱に詰め込んだ。
「エリアナ、一緒に王宮に戻ろう。改めて…」
「ありがとうございました」
エリアナが、王子の言葉を遮る。
「クロワッサンは焼き立てが命ですので、王都での表彰は辞退させていただきますね。お気持ちに感謝して、こちらは店からのサービスとして差し上げます。早めにお召し上がりください」
* * *
毒殺未遂は自作自演であったことが確認され、アレクシスとセリーナとの婚約は、ひっそりと解消された。
アレクシスは、隣国との外交強化を名目に、王女を迎え入れて結婚した。実は妻となった隣国王女、嫁入り前から『麦の香り』のクロワッサンのファンであった。「王国に嫁いだからにはあのクロワッサンを毎朝食べたい」という彼女の希望で、定期的な取り寄せを始めた。王宮には直接納めてくれないので、オランジェリー公爵家経由である。王宮のパン職人が『麦の香り』に修行に行ってはどうかという計画もあるが、こちらも公爵家を経由することになりそうだ。
セリーナは、毒薬の購入や盗賊団との付き合いなど、いくつかの悪行が暴かれたが、罪には問われなかった。王が「王子結婚に伴う恩赦」を命じたのである。もはや家柄に釣り合うような縁談は来ず、さりとて修道院に行くでもなく。実家の離れで引き篭もるように暮らしている。実家のローズ侯爵家は、王家に謝礼として多くの財産を納めたことと、巻き込まれた貴族各家から距離をとられたことで、ずいぶんと弱体化することになった。
対して、名誉を回復したオランジェリー公爵家。毎日のパンの納品に加え、マークスがアレクシスの側近に内定したことで、王家との距離がもっとも近い貴族となった。奉仕活動として始めた「平民教育のための出版事業」が順調で、家の事業の柱になる勢いである。
エリアナは、今朝も『麦の香り』でパンを焼いている。店で売る分に加えて、公爵家に納品する分が増えたので、休む暇がない。しかし、公爵家の使者が毎日来てくれるので、マークスとのやりとりは随分容易になった。以前は名誉回復に向けた文が多かったが、今では恋の相談までするようになった。王子妃の侍女として隣国から付いてきた令嬢が気になっているそうだ。
新たな手紙をしまって、箱を撫でる。公爵家を出た時に夫人からいただいた化粧箱だ。手紙を入れるには大きすぎるくらいの箱だが、満杯になったのでマークスに伝えたら、次の手紙と共に柄違いを送ってくれた。美しい模様を見るたびに、夫人の優しさに触れることができる。
化粧箱の二重底には、アレクシス第一王子からの手紙が仕舞われている。
久しぶりに二重底を開けようとして、しかし開けることなく箱を閉じる。
何度となく読み返して、一字一句、文字の場所まで、すっかり覚えてしまっている。王室の便箋に、細かく几帳面な文字で綴られた3枚の便箋。
守りきれなかった謝罪。
楽しかった思い出。
叶えたかった未来。
クロワッサンへの賛辞。
「ただ、君の幸せを願う。アレクシス」
返信はしていない。アレクシスの幸せを願い、エリアナは今日も最高のパンを焼くだけだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。長くなってしまいました…。復讐がゆるゆるですが、私の中の国王陛下が「極刑はならん!」と叫んだのでこのようになりました。感想いただけると喜びます。