地下の胎動
影の核が砕け、静寂が戻った礼拝堂の地下。三人は崩れかけた祭壇の脇に腰を下ろしていた。
リナナはクレメンタインの隣にぴたりと寄り添い、彼女の手をぎゅっと握っている。
「ねぇ、クレメンタイン……まだ、痛い?」
「平気よ。少し……体が重いだけ。まだ中に、残ってるみたい」
クレメンタインは苦笑した。白い頬に浮かんだ黒い筋は薄れつつあるが、完全に消えたわけではない。
シャムスは壁の彫刻を見つめていた。何かに導かれるように、彼は崩れかけた壁面のひとつに目を留めた。
「これ……扉か?」
祭壇の背後に、半ば埋もれた石の戸がある。彫られた文様はノートの最後にあったものと酷似していた。
シャムスが手を当てると、かすかに震える感触があった。
「地下に……まだ続きがあるのか」
クレメンタインが立ち上がる。
「多分、その奥にあるはず。本当の始まりが」
リナナが懐からノートを取り出す。ページの中ほどに、かつて村の子どもが描いたという壁画のスケッチがあった。
そこには大きな“影の心臓”のようなものと、それを囲むように村人が祈る姿が描かれていた。
「見て。この絵……“心臓”を囲んでる人たち、顔が全部真っ黒。でも、ひとりだけ光ってる」
「それが……?」
「最初に“影を生んだ人”。おそらく、悲しみや後悔が強すぎて、心が影とつながってしまったんだと思う」
「つまり……その“始まりの影”が、村の災いの原因ってことか」
クレメンタインがうなずいた。
「ずっと何かを待ってる。“心”を取り戻す機会を。けど、それに近づいた人はみんな呑まれてきた。私も、そうなりかけた」
沈黙が落ちた。誰もが、この先にあるものの恐ろしさを直感していた。
シャムスが銃の残弾を確認する。
「行くしかないな。何もせずにここを出ても、また誰かが呑まれる。なら、終わらせるしかない」
リナナが、ぐっと拳を握る。
「私も行く。私……今度こそ、誰かを見捨てたくない」
「危ないぞ」
「わかってる。でも、私も一緒にいたいの。……シャムスと」
彼女の声は震えていたが、確かな意志があった。
「頼もしいじゃない」
シャムスは微かに笑いながら、石の扉に手をかけた。
「よし、なら三人で突撃だ」
扉は重々しく軋みながら開いた。そこには、さらに深く続く石の階段があった。階段の先からは、湿った空気と微かな鼓動のような振動が感じられる。
クレメンタインが、懐からソフィのペンダントを取り出す。
「たぶん……これが鍵になる。あの子の“心”は、まだ道を照らしてくれる」
静かに、三人は階段を下り始めた。振り返る者は誰もいない。
誰一人として、希望を捨てていなかった。
その先に、影の根源──村の“始まりの罪”が眠っているとも知らずに。