影の村
薄暗い小屋の中、シャムスは懐中電灯をランタンのように逆さに吊り、ぼんやりとした明かりを灯していた。木の床には埃が積もっていたが、今の二人に贅沢は言えない。銃は手元に置いたまま、シャムスは窓の外をうかがっていた。
霧はまだ濃く、外の景色は何も見えない。だが影の気配は、先ほどよりも薄れているように思えた。
「なあ、さっき言ってたよな。『あれが影』って」
リナナは古びた椅子に腰掛け、膝を抱えていた。彼女は小さくうなずいた。
「うん。あれが、この村にいる“影”。夜になると、ああやって誰かを探しにくるの」
「いつから、あんなものが?」
「私が知ってるだけで三年。けど、もっと前からいたんだと思う。村の人は、誰も話したがらないの。でも……いなくなった人はたくさんいる。みんな“引っ越した”って言われるけど、本当は違う」
「連れていかれたのか」
リナナはしばらく黙っていた。やがて、言葉を選ぶように話し始める。
「……昔、湖が干上がったことがあったんだって。エルムレイクの湖。水が全部消えて、底が出た年が。何十年も前」
「干上がった湖?」
「底にはね、古い礼拝堂が沈んでたの。教会みたいな、でも普通のじゃない。神様の名前も、誰も知らなかったって。村の人たちは、怖がって口にしなかった。でもその頃から、おかしくなった。村で失踪が増えたのも、その年から」
シャムスは黙って耳を傾けていた。手の中には、クレムの黒い髪留め。
彼女がなぜこの村に来たのか、何を追っていたのか、少しずつ繋がり始めていた。
「ある家族がね、湖の底を掘ったんだって。何かを見つけたみたい。宝か、祭器か……とにかく“目を合わせたらいけないもの”を。そしたら、その一家、次の日から誰もいなくなった」
「……そのときから“影”が現れた?」
「うん。最初は夜だけだった。でも段々、昼間も気配を感じるようになった。私の……お兄ちゃんも、去年いなくなった。目の前で。何もできなかった」
リナナの声が震えた。シャムスは言葉を失ったまま、彼女の瞳を見た。
その幼い顔には、年齢に似つかわしくない深い孤独が刻まれていた。
「私は見たんだよ、シャムス。あれに連れていかれる瞬間。影が触れたら、その人の体が消えるの。煙みたいに。でもね……声は聞こえるの。助けて、って」
シャムスは目を伏せた。拳に力が入る。
「クレムは、それを知ってしまったのかもな。だから来た。あいつは、誰かが困ってると放っとけない奴なんだ」
「優しい人だったんだね」
「ああ。俺の幼なじみで、めんどくさい奴だけど、強くて……正義感だけで突っ走る馬鹿だ」
リナナは初めて、少しだけ笑った。
小屋の外は、まだ闇に包まれていた。けれど影の気配は、今は遠のいているように感じられた。
シャムスはゆっくりと背を壁に預け、銃を握ったまま目を閉じた。
「クレム。絶対に見つけ出してやる。どんな化け物がいようと、連れ戻す」
その誓いを、闇の中に沈みゆく夜に向けて投げかけた。