二人の背中
瓦礫を蹴散らし、影の触手が再び襲いかかる。
シャムスは息が荒く、脚は鉛のように重い。それでも踏みとどまり、血の混じった唾を吐き捨てた。
「クレム、右から回り込め! 合図で撃つ!」
クレメンタインは頷き、低く構えて側面へ滑り込む。影の根源は二人の動きを追い切れず、長い触手を乱雑に振り回す。そのたびに空気が裂けるような音が響いた。
「今だ!」
シャムスが叫び、銃を連射。
その銃声と同時に、クレメンタインは地を蹴って跳び出し、影の隙間にナイフを突き立てる。
黒い煙のようなものが吹き出し、影の根源が苦痛に身をよじった。
「効いてる!」
彼女が叫ぶ。だが、直後に逆の触手が振り抜かれ、シャムスの胸部を強打した。鈍い衝撃と共に呼吸が止まり、膝が折れそうになる。
「シャムス!」
クレメンタインの声が響くが、彼はふらつきながらも引き金を絞り続けた。
「まだ…終わってねぇ…!」
影の根源が怒り狂い、黒い渦が天井へと広がる。圧力で瓦礫が浮き上がり、空間そのものが歪むような感覚が走る。
シャムスはその渦の奥に、微かに光る一点を見つけた。核だ。
「クレム、あそこだ…!」
「分かった!」
二人は視線だけで合図を交わす。クレメンタインが影を引き付け、シャムスは最後の力を振り絞って前へ躍り出た。
銃口が光点を捉える──。
その瞬間、影の触手が横から叩きつけられ、視界が真っ白になった。骨の軋む音が耳の奥で響く。
それでもシャムスは倒れず、足を踏み出した。
「…行くぞ、クレム!」
次の瞬間、二人は同時に飛び込み、核を挟み撃ちにするように攻撃を叩き込んだ。
黒い悲鳴が空間を裂き、視界が闇に飲まれていく──。
影が壁のように押し寄せ、シャムスの前に立ちはだかった。背後で崩落が起き、通路が完全に閉ざされる。
「くそっ…!」
シャムスが短く悪態をつく。視線の先で、クレメンタインとリナナは向こう側に押しやられた。
「シャムス!」
クレメンタインの声が響くが、分厚い影の壁が音を飲み込むように揺らめいた。
それでも彼は答える。
「行け!止まってたら死ぬぞ!」
クレメンタインは唇を噛み、リナナの手を掴んで走り出した。影の触手が床や天井から突き出し、進路を塞ぐ。
「右!」
クレメンタインが引き寄せるようにリナナを回避させ、ギリギリで影の刃を避けた。
だが、追撃は止まらない。背後の影が波のように迫る。
そのとき、リナナの視線が天井に引っかかった。崩れた足場の先に、ぶら下がった作業用ライトが火花を散らして揺れている。
「クレム、あれ!」
「…なるほど」
クレメンタインは迷わず銃を抜き、ケーブルを狙って撃ち抜いた。ぶら下がっていたライトが落下し、破裂したガラスとともに閃光のような眩い光が辺りを照らす。
影たちが一瞬、ざわめくように動きを鈍らせた。
「今だ、走れ!」
クレメンタインがリナナを押し出す。二人は息を合わせてその隙間を駆け抜けた。
途中、影の触手が再び襲いかかるが、リナナはとっさに割れたライトの反射板を拾い、光を影の眼のような核に反射させる。
「っ…!」
影が耳障りな悲鳴をあげ、後退する。
「やるじゃない」
クレメンタインが息を切らしながら笑った。
「クレムのおかげだよ」
リナナも笑みを返す。
その表情には、恐怖の中にも互いを信頼する色があった。
二人はそのまま前進し、シャムスのいるはずの場所へと向かう。しかし──次の角を曲がった先、そこに彼の姿はなかった。
代わりに、闇の奥で何か巨大な影が形を変えながら、ゆっくりと迫ってくるのが見えた。