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闇を裂く兆し

影の根源は、四方八方に黒い触手を広げ、壁も天井もないかのように動き回っていた。

シャムスは右腕の出血を押さえながら、残弾を確認する。あと3発。

弾を外せば、終わる。


「クレム、あいつの動きが変わった」


低く押し殺した声。

クレメンタインは額の汗を拭い、短剣を握り直す。


「さっきよりも速い……何か狙ってる」


彼女の視線の先、影の触手が壁の穴を塞ぐように広がっていく。逃げ道を潰すつもりだ。


「おい、リナナ!後ろ下がってろ!」


「……でも!」


少女の声が震える。


「言うことを聞け!」


怒鳴った瞬間、頭上から触手が襲いかかる。シャムスは反射的に身を投げ出し、弾丸を撃ち込む──だが、影は煙のように形を変えてかわした。

銃声の残響が途切れる前に、クレメンタインが横から飛び込み、短剣で触手を切り裂く。黒い液体が飛び散り、床を焦がす。


「このままじゃジリ貧よ!何か弱点があるはず!」


「わかってる……だが、あいつ、自分の核を隠してやがる」


影の根源は、まるでこちらの会話を理解しているかのように、禍々しい笑い声を響かせた。音ではなく、脳に直接響く感覚。

クレメンタインは息を詰め、背中越しにシャムスへ叫ぶ。


「なら、誘い出すしかない!」


「……誘い出すって、どうやってだ」


「餌を使うのよ。あいつが絶対に無視できないやつ」


その言葉に、シャムスは一瞬だけ彼女を見る。

その目に浮かんでいるのは──自分自身を餌にする覚悟だった。


「バカ言うな。俺がやる」


「今のあんたにできると思ってるの?」


「やるしかねえだろ」


短く言い切ると、シャムスは左手で壁を叩き、影の注意を引いた。

影の触手が、獲物を見つけた蛇のように蠢く。

全ての動きが、彼へと集中していく。

──だが、その瞬間、シャムスの視界が揺れた。

傷口からさらに血が噴き、足元がふらつく。


「シャムス!」


クレメンタインが叫び、彼と影の間に割って入る。短剣と触手が衝突し、火花が散るような黒い閃光が走った。


「……少しでも動きを止めなさい!私が抉り出す!」


「お前……!」


次の瞬間、影の根源が再び触手を束ねて巨大な槍のような形に変えた。

狙いはシャムスでもクレメンタインでもなく──リナナ。


「リナナ、伏せろ!」


二人の叫びが重なり、少女はとっさに身を投げ出す。だが、触手は軌道を変え、壁ごと貫いた。

天井の瓦礫が降り注ぎ、視界が白い粉塵に覆われる。

その混乱の中でも、影の根源の気配は消えなかった。

むしろ──近づいてきている。


「……まずい、次で仕留めにくる」


シャムスの声が低く、鋭く響く。

その言葉は、宣告ではなく、これから始まる死闘の合図だった。

粉塵が収まらぬうちに、影の根源が動いた。

闇の中から鋭い触手が三方向に伸び、まるで三人を互いから引き離すように地面を裂く。

シャムスは踏みとどまろうとするが、崩れた床に足を取られ、片膝をつく。


「くそっ……!」


呻き声と共に立ち上がるが、すぐに背後から襲いかかる気配。振り返りざまに銃を撃つ。一発、二発。

弾は命中するも、影は液状に溶けて形を変え、すぐに元に戻る。


「弾がもう……!」


焦りが喉を締めつける。

その間にも、クレメンタインは別の触手を相手にしていた。

刃が黒い肉を切り裂くたびに、耳を裂くような悲鳴が響く。しかし切り口はすぐ塞がり、再び伸びてくる。


「再生速度が速すぎる……!」


額に浮かぶ汗を袖で拭い、彼女は叫ぶ。

リナナは背中を壁に押し付け、必死に二人の動きを追う。

──近づけば足手まといになる。でも、離れれば狙われる。

恐怖と焦燥が入り混じる視線の先で、影の根源がうねり、まるで“核”を奥深くに隠し込むような動きをしているのが見えた。


「……待って。あれ、もしかして……」


リナナが口を開いた瞬間、影の触手が真横から迫った。

彼女は咄嗟に身をかがめ、頬をかすめる冷たい感触に震える。


「リナナッ!」


クレメンタインが飛び込み、触手を弾き飛ばす。


「ここにいて!動かないで!」


その声は命令ではなく、必死の懇願だった。

だが、影はそれすら計算していたかのように、二人の間へ巨大な触手を叩き込み、床を裂いた。

轟音と共に粉塵が再び立ち込め、視界が真っ白になる。

咳き込みながら、シャムスは感覚だけを頼りに声を上げた。


「二人とも、聞こえるか!」


返事は──ない。

嫌な予感が背筋を走る。

影の根源の気配は近い。しかも、さっきまでとは違う──狙いを一つに絞っている。

おそらく、リナナだ。

シャムスは立ち上がり、粉塵の向こうに銃口を向ける。


「……来いよ、化け物」


低く吐き捨てた瞬間、黒い槍のような触手が一直線に突き出された。

それを受け止める間もなく、衝撃が彼の胸を打ち抜くように襲う。

背中を壁に叩きつけられ、息が詰まる。

視界が暗転しかけても、彼は手を離さなかった。銃を──まだ、ここで終わるわけにはいかない。


「……弱点を、引きずり出す……」


呟きは、血の味に混ざってかすれる。

粉塵がわずかに晴れ、遠くでクレメンタインの声が響いた。


「シャムス!まだやれる!?」


「……ああ」


その返事と同時に、彼の目に小さく光る“何か”が映った。

それは──影の奥、わずかな瞬間だけ露出した脈動する黒い塊。


打開策は、そこにある。

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