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手負いの突入

シャムスはふらつきながらも前へ出た。

影の壁が、まるで彼を標的にするように渦を巻く。

それでも退かない。奥に揺らめく黒い核──それだけを見据えている。

クレメンタインはすぐ後ろで、鋭い横薙ぎを繰り返し、彼の進路を切り開く。

鋼が影を裂くたび、甲高い悲鳴のような音が森を引き裂く。

だが裂け目はすぐに塞がり、また新たな影が蠢いて襲いかかる。


「シャムス、もう持たない」


「持たせろ……あと少しで済む」


背中越しに短いやり取りを交わすと、シャムスはリナナを見た。

彼女は小刻みに震えているが、逃げる気配はない。目の奥に、あのとき見せた覚悟がある。


「離れるなよ」


「うん」


二言だけ交わして、シャムスは再び前を向いた。

右手には拳銃、左手は空に向けてバランスを取る。痛みは全身に広がっているが、足は止まらない。

クレメンタインが背後から「行け!」と叫び、力任せに影を斬る。

その一瞬の隙に、シャムスは核の輪郭を捉えた。

指が震える。だが、彼は引き金を引いた。

乾いた銃声が響き、弾丸が闇を切り裂いて核に届く。

黒い塊がひび割れ、暗闇の内部から何かが滲み出した。だが、そこですべてが崩れ去るわけではなかった。

ヒビは走ったものの、核は新たな形を取り、より濃密な闇を噴き出す。


「……まだ、終わらねえのか」


シャムスは苦笑し、膝をついた。身体が鉛のように重い。

影は学習したかのように動きを変え、今度は核周囲の闇がより一体となり、巨大な盾のように三人を包み込む。

触れれば身体の熱が一気に奪われ、骨の芯が凍るような冷たさが襲う。


「ここまで来て諦めるわけにいかない」


クレメンタインが吐き捨てるように言い、再び前に飛び込む。

彼女の動きは狂気じみた速さで、影の腕を斬り裂き、空間に切れ目を作る。だがその隙間は長くは続かない。

リナナは小さな体で跳ね回り、石を投げ、声を張り上げて注意を引く。

その声は、戦況の中で小さくとも確かな灯火になっていた。


「核!あそこ、見える!」


リナナが叫ぶ。

シャムスは視線を合わせ、再び銃を構えた。だが、影の壁が彼を押し潰すようにのしかかり、銃口がずれる。

鋭い突きが彼の脇腹を貫いた。


「ぐっ……!」


呻きとともに、血が滲む。視界がにじみ、世界が斜めに揺れる。

クレメンタインが体を投げ出して彼を庇い、影の爪を受け止めた。


「いいかげんにしなさい、こいつら!」


彼女の声には怒りと悲痛が混ざっている。

シャムスは倒れそうになる身体を無理やり支え、歯を食いしばる。

心の中には、あの日の約束と、失ってはならないものが灯っている。


「最後までやるぞ」


シャムスは小さく呟き、残る力を振り絞って立ち上がる。銃を握る右手は震え、だが瞳は揺れない。

影の核は、ゆっくりと形を変え始めた。球体だった表面が裂け、内側から人のようなシルエットが浮かび上がる。顔だというべき凹凸が光と影の間に現れ、それはかつてこの土地で生きていた者の怨念の集合のように思えた。


「名前があるのかもしれないな」


シャムスは低く言う。


「だからか、人を引き寄せる。懐かしい声で、戻れと言うんだ」


クレメンタインが息を呑む。


「それでも、終わらせる」


三人は最後の力を振り絞って前進した。クレメンタインが正面で斬り、シャムスが銃で弱点を探る。リナナは声を上げ、影の注意を散らす。

だが核は深く、簡単には砕けない。影の防壁が再び厚くなり、三人の行く手を阻む。

気づけば周囲には影の残骸が山のように積み上がり、足が取られ始める。


「時間がない!」


シャムスが叫ぶ。だが、返ってくるのは風と、影の低いうなりだけだ。

そのうなりが次第に高まり、まるで森全体が目を覚ますかのように振動する。

クレメンタインは左腕に力を込め、最後の一撃を放つつもりで前へ出た。


「シャムス、この瞬間を狙って!」


彼女の声が鋭く響く。

シャムスは構えを取り、聞き取った合図で銃を撃つ。だが弾は核に触れる前に影の壁に吸われ、反動が彼の肩に跳ね返る。痛みで膝がくずれそうになる。


「駄目だ、これじゃ……」


クレメンタインの声に、焦りが差す。

リナナが必死に声を振り絞る。


「シャムス、しっかり!私、ここにいる!」


彼の名を呼ぶ小さな声が、凍りついた空気を割った。その呼び声に、シャムスは何とか顔を上げ、彼女の方へと視線を向ける。

薄く笑みを返すと、瞳の奥に頼もしさを覗かせた。


「行くぞ……」


シャムスは立ち上がり、最後の力を振り絞って一歩を踏み出す。

だがその瞬間、核が急に膨張し、黒い波動が三人を包み込んだ。

波動は皮膚を通して、記憶の残滓──暖かかった日々や喪失の痛み──を引き出す。

三人はそれぞれ過去の断片に押し流されそうになるが、手を取り合うことでなんとか踏みとどまった。


「あなたの記憶に引きずられないで」


クレメンタインが低く言い、シャムスはうなずいた。


「この場にあるのは“核”だ。感情に溺れたら、終わる」


その言葉が効いたかのように、三人は互いに力を与え合い、前へ前へと進み続ける。だが核は居丈高く、最後の防衛を固めていた。

視界が白く滲み、肺が痛む。どれだけ弾を撃ち、剣を振り、叫んでも、核の形は崩れない。

そして、影はさらなる変化を見せた——表面がうねり、触手のような突起が群れをなして伸び、三人の間合いを根こそぎ遮る。


「……これ以上は無理かも」


シャムスが吐露するように言う。

それにクレメンタインは首を振らない。彼女の目は燃えていた。


「無理だなんて言わせない。打開策を探す」


だがその時、背後の茂みから別の影が跳び出し、三人の脱出口を塞いだ。周囲は一瞬、さらなる漆黒に包まれる。

核は今や、ただの弱点以上の存在に変貌していた。

この戦いは、彼らが想像していた以上に深く、長く、そして残酷なものになっていた。


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