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薄明の出口〜後編〜

湖畔に広がる朝靄のなか、三人はしばらく言葉を失っていた。

洞窟の崩落を逃れ、冷たい草地に身を投げ出すと、世界がひどく遠く、静かに思えた。

それでも、確かに生きているという実感があった。

シャムスはゆっくりと体を起こし、荒い呼吸を整える。

肩と背中にはいくつもの裂傷があり、右腕はまだ動かない。けれど、彼はどこか安堵の混じった目で空を見上げた。


「……助かった……のか?」


「助かった、けど……たぶん、“まだ”ってやつだよ」


クレメンタインがそう言って、少しだけ笑った。

彼女の腕も擦り傷だらけだったが、唇に浮かぶ笑みはたしかなものだった。

リナナは黙って、シャムスの隣に座り込んだ。

その小さな肩が震えているのを見て、シャムスはそっとポケットに手を伸ばした。

血にまみれたシャツの内側──そこに、あの折れたナイフがある。

刃は短く、もはや武器としての役目は果たせない。

けれど、それでも彼にとって、それは“守る”という意志そのものだった。


「なぁ、リナナ」


リナナがびくりと顔を上げた。泣いたせいで目が赤くなっている。


「これ、返すよ」


シャムスはポケットからナイフを取り出し、両手で差し出した。

リナナは驚いた顔をして、それを受け取る。


「……でも、それは、シャムスの……」


「俺が持ってるより、お前が持ってた方が……きっと意味がある。これは、親父の形見だ。昔からずっと俺を守ってくれてた。今度は……お前を守ってくれる番だ」


その声には、いつになく穏やかな響きがあった。

リナナは唇を噛み、そして小さく頷いた。


「ありがとう……大事にする」


ナイフを胸元に抱きしめるリナナの姿に、クレメンタインがそっと視線を向ける。

彼女は微笑んで言った。


「また渡すなんて、シャムスらしいじゃない。いい顔してたよ」


「……そうか?」


「うん。かっこよかった」


シャムスは肩をすくめ、照れくさそうにそっぽを向いた。

だがその頬は、うっすらと赤らんでいた。


そのとき──。


遠く、山の向こうから、重低音のような地響きが届いた。

リナナがナイフを握りしめたまま、顔を上げる。


「まだ……いる。あの影、全部は消えてない」


「……さっきの残滓か」


シャムスは顔をしかめながら立ち上がろうとするも、足元がふらつく。

クレメンタインが即座に支えた。


「ムリしないって言ったでしょ。もうちょっと休んで」


「でも……このままじゃ、また村に影が……」


「分かってる。でも、休んでからでも間に合う」


クレメンタインの真剣な声に、シャムスはしばらく目を閉じた。

そしてゆっくりと頷く。


「分かった……少しだけ、な」


リナナは空を見上げ、そっとナイフを握りしめた。

影はまだ完全には消えていない。

でも、この手の中に、誰かの意志が確かにある。

それが今、彼女を支えていた。

やがて、朝の光が森を照らし、湖面にきらきらと反射しはじめた。

戦いの幕は、まだ完全には下りていない。

だが──ここには、前に進もうとする者たちの姿があった。



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