薄明の出口〜前編〜
崩れゆく洞窟の奥、煙と埃に包まれた空間の中を、クレメンタインはシャムスを支えながら進んでいた。
「シャムス、しっかりして。起きて……!」
「……なに騒いでんだ……寝かせてくれよ、少しぐらい……」
彼の声は微かで、目も開かない。背中から流れた血がすでにシャツを通り、クレメンタインの腕を染めている。
「だめ。寝たら……死ぬから」
クレメンタインの声が震える。彼女の頬にも、すすけた埃の隙間から涙の筋が流れていた。
「リナナ、前見えてる?」
「う、うん……こっちに、風の通り道がある!出口……あるかもしれない!」
リナナは瓦礫の隙間を縫って、小さな体で先導する。幼い背中が、こんなにも頼もしく見えたのは、初めてだった。
暗闇のなか、クレメンタインはシャムスの腕を肩にかけ、歯を食いしばって歩を進める。
「クレム……あの時……お前が囮にならなきゃ……俺は撃てなかった……ありがとよ」
「そんなの、あたり前でしょ……私は、私の力で……守りたかったから」
そのとき、洞窟の奥が大きく揺れた。天井の岩が崩れ、背後にあった影の成れの果ての残骸が、轟音とともに崩壊する。
「うわっ!」
「急いで、リナナ、下がって!」
クレメンタインが叫ぶと、リナナが後ずさりして振り返った。崩落の粉塵が襲い掛かるなか、三人は咄嗟にしゃがみ込む。
だが、その一瞬──風が吹いた。
冷たい、外気の香り。
「……外だ……風が入ってる!」
リナナが指差した先に、岩の裂け目から一筋の光が漏れていた。
「もうすぐだ、クレム……もうすぐ出られる……」
シャムスがかすれた声で笑った。
「……まだ死なないでよ。出たら、貴方の背中、ちゃんと手当てするから」
「……ああ。これ以上は酷くならないさ……」
シャムスの笑みを見て、クレメンタインは何も言えなくなった。ただ、しっかりとその体を支えながら、裂け目へと進む。
リナナが先に滑り込み、外の世界へ顔を出す。
「見えた!森……湖も!もう少しで出られるよ!」
ようやく見えた、エルムレイクの朝。
冷たい空気が肺に入り、命が繋がっていくのを感じた。
「ほら、シャムス……朝日だよ……!」
クレメンタインが声をかけると、彼は目を細めたまま、かすかに微笑んだ。
「……へぇ……まだ綺麗だったんだな、この村……」
崩れかけた体を引きずるようにして、シャムスは裂け目から這い出た。
クレメンタインとリナナも、その後に続く。
三人の体が、ついに朝の光に包まれた。
けれど、戦いは終わってはいなかった。
空の高みで、異様な気配が渦巻いていた。
リナナが空を見上げて言った。
「……あれ、まだ残ってる……“全部”じゃなかったの……?」
空の一角に、まるで霧のように浮かぶ黒い瘴気。それは影の根源が崩れ去った後にもなお、存在し続けていた。
シャムスは地に膝をつき、右手でポケットに触れる。そこには、再び彼の手に戻った、父の折れたナイフが収まっていた。
「まだ終わってない……か」