影の根の戦い〜中編〜
巨大な影の奔流が、洞窟全体を呑み込もうとしていた。天井をなぞるように這う黒い触手は、岩を溶かし、空間そのものを飲み込むように歪ませていく。
シャムスは歯を食いしばり、ぐらつく足を踏ん張った。脇腹の傷からは熱い血が流れ続けている。だが、ここで崩れるわけにはいかない。
「クレムッ、右から来るぞ!」
「分かってるッ!」
クレメンタインが跳び、迫り来る触手を避けて岩壁を蹴った。回転しながら鉄パイプを振るい、影の根の一本を真横から叩き斬る。
だが、切ったはずの影はすぐに再生し、また腕のように襲いかかってくる。
「何本でも生えてくるのかよ……!」
シャムスは呻きながらも、左手でリナナを庇いつつ、右手の拳銃で再び核の方向を狙った。
中心部──赤く脈打つ“核”は、かろうじて見えている。だが、影の本体がそれを覆い隠すように動き、撃つ隙を与えてくれない。
「今のままじゃ、弾が足りない……」
「シャムス、下がってて!私が囮になる!」
クレメンタインの声に、シャムスが顔を上げる。
「おい、無茶すんなよ!!」
「無茶するしかない状況でしょ!」
クレメンタインは鋭く叫ぶと、パイプを両手で握りしめ、全速力で影の本体に突っ込んだ。彼女の身体が赤黒い触手に飲み込まれかける。
その中で、ただ一人、ひたすら殴り、切り裂き、叫び続けた。
「そこを撃って!!今、核が見えてる!!」
「──クソッ、動くなよ……!」
シャムスは息を整え、銃を構えた。手が震える。視界が歪む。けれど、その中心に──光る核が見えた。
引き金を引いた瞬間、何かが横から飛び出した。
影の別の触手が、彼に向かって一直線に伸びる。シャムスは咄嗟に反応し、リナナを突き飛ばして自分の身体で受け止めた。
「シャムス!!」
リナナの叫びが洞窟に響く。シャムスは地面に叩きつけられ、銃が手から滑り落ちた。
肩に深く影の棘が突き刺さり、骨にまで達した感触が走る。
「ぐ……あああああっ!」
鋭い痛みが神経を灼いた。血が溢れ、思考が霞む。
「シャムス!!」
リナナが走り寄ろうとした。だが、影の手が彼女の足元を這い、絡みつこうとする。
その瞬間、シャムスが体を起こし、最後の力を振り絞った。
「リナナッ!逃げろ!!」
彼は左手でポケットナイフを探した──ない。そうだ。あれは彼女に渡したままだ。
「ナイフを──ッ!」
リナナが反射的にポケットから、折れたナイフを取り出す。小さな手に握られたそれは、刃こそ欠けているが、父の意志が宿るかのように光って見えた。
「私が行く!」
「ダメだ、お前じゃ……!」
「私だって、守りたいの!!」
リナナの叫びは、今までになく強かった。
彼女は影の触手を飛び越えるように跳ね、シャムスのもとに辿り着くと、その手にナイフを押し込んだ。
「お願い……これで、勝って!」
シャムスはナイフを握りしめ、強く頷いた。
「任された……!親父、見てろよ……!」
その刹那、クレメンタインが再び叫ぶ。
「今よ!もう一度、核が見えた!」
シャムスは体を引きずるようにして拳銃を拾い上げた。左手にナイフ、右手に銃。全身の力を込めて、最後の一歩を踏み出す。
「これで……終わらせるッ!!」
銃声が、洞窟に鳴り響いた。
──が、撃ち抜いたはずの核は、突然動きを止め、形を歪めた。
「……外した?」
「違う、核が移動してる!動いてるの!」
リナナの声に、シャムスとクレメンタインは同時に顔を上げる。
目の前の影が、まるで“意思”を持つようにうねり、形を変え、巨大な怪物へと進化していく。
「まだ……終わってないのかよ……」
シャムスは苦しげに笑いながら、血の滲む拳でナイフを握り直した。