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刻まれた真実

エルムレイクの東の森、その奥にひっそりと口を開ける洞窟があった。

地図にも記されていない、古びた鉱山跡。もはや使われていないはずのその場所に、三人の足音がしずかに吸い込まれていく。


「ここよ。あの人に、何度か連れてこられたことがある」


リナナが言った。

その声には、不思議な静けさと緊張が同居していた。

クレメンタインが懐中電灯をかざすと、崩れかけた支柱と錆びついた鉱山レールが、うっすらと姿を現した。

シャムスは肩を押さえながら、最後に続く。包帯が滲むほどの傷はまだ癒えていなかったが、目に宿る警戒は鋭いままだ。


「空気が……生ぬるいな」


「ここだけ何か違う。普通の鉱山じゃない……」


クレメンタインが言い、リナナも頷いた。


「この奥に、“根”があるの。私を連れて行こうとした場所。いちばん奥……一番深い場所」


進むにつれて、洞窟の壁に奇妙なものが現れ始めた。

黒い染み──苔にも見えるが、どこか生々しい。ぬめりと微かな鼓動が感じ取れるような……生きている壁だった。

そして、ある地点を超えたところで、クレメンタインの懐中電灯が何かを照らし出した。


「……これ、壁画?」


岩に彫り込まれたそれは、古代の文字や図像のようだった。が、よく見れば明らかに人間の手によって描かれた“記録”だった。


「核が……影に取り囲まれてる」


シャムスが言う。

だが、それは既知の事実だ。今さら驚くことではない。


「でも、見て」


クレメンタインが指差したのは、その周囲に描かれた細かい線の束。

核から無数に伸びた糸のような線が、影の背中――さらにその奥に描かれた、うっすらとした人影にまで繋がっている。


「……これは……“核”が誰かと繋がってる……?」


リナナがぽつりとつぶやく。


「きっとこれ……核はただの器じゃない。誰かの“心”か、“記憶”みたいなものが詰まってる。だから、こんなに守ろうとするんだ」


クレメンタインの声が震えた。

そのとき、別の壁画がシャムスの視界に入った。

黒く塗りつぶされた“母”の影が、白い子供を抱いている。

子供の足元から黒がにじみ出し、次第に全身を染め上げていく。


「……お前のことだな、リナナ」


「……うん。私、“育てられてた”んだと思う」


「新しい核に?」


「たぶん。でも、そうなるには、私自身が“望まなきゃ”ならなかった。完全に“あの人”を母だと信じてしまったら、私は……」


「影になってた、ってことか」


クレメンタインの手が、リナナの肩に置かれた。


「でも、ならなかった。あなたはちゃんと、拒んだのよ。もう、その証明は済んでる」


リナナは目を伏せたまま、小さく息を吐いた。


「ねえ」


その静けさの中で、リナナが口を開いた。


「この核って、きっと──“願い”なんだと思う」


「願い?」


「誰かがどうしても叶えたかったこと。戻したかった時間、手放せなかった人。それが“核”になって、影の形をして残ってる」


シャムスとクレメンタインが黙った。


「だから、核を壊すってことは──“誰かの想い”を壊すってことでもある。だから苦しんでるの。あの人も、あの影たちも」


「……でも、そいつらの想いのために、どれだけ人が飲まれたか分かってるか?」


シャムスが静かに言った。


「だったら、壊すしかない。どれだけ美しい願いでも、それが他人を巻き込んでまで存在していい理由にはならない」


リナナは小さく頷いた。


「うん。分かってる。だから、行こう。……終わらせるの」


そのとき、洞窟の奥から、低い振動音が聞こえてきた。

生き物のような、あるいは呼吸のような……不気味なうねりが、岩壁の奥から滲み出してくる。


「来たな……」


シャムスが銃を構える。片腕をかばいながら、それでも狙いはぶれなかった。

クレメンタインが懐中電灯を消す。


「これより奥は、光に反応するかもしれない。足音に注意して」


「リナナ、道は?」


「まっすぐ。でも分岐もある。ここから先は私も記憶があいまい」


「じゃあ……迷っても戻るな。進むしかねぇ」


クレメンタインが短く笑った。


「また無茶言って……でも、同感。これ以上、失うわけにはいかない」


三人は静かに歩を進めた。

その先に、“影の核の根”が息をひそめている──。


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