終わらぬ夜
影の核が剥き出しになったことで、周囲の空気は一層ひどく歪んだ。
腐敗と焼けた血の匂いが混じり合い、空間そのものが呻いているようだった。
「くそ……やっぱり核か。あそこを壊せば終わる……!」
シャムスは吐血しながらも、片膝で踏みとどまり、核を見据えていた。
だが、銃はすでに弾切れ。背中に刻まれた傷は深く、立ち上がるたびに全身が軋んだ。
それでも、奴はまだ動いていた。
核の脈動に呼応するように、黒い触手が蠢き、シャムスに向かって襲いかかる。
そのとき、別の影が飛び込んできた。
「どきなさいッ!」
クレメンタインが鋭い叫びとともに、横合いから跳び出した。
手にした金属片で触手を切り裂き、シャムスの進路を確保する。
「シャムス! 今よ!」
「助かった……!」
彼は再び銃を構える——が、指が止まった。
引き金を引こうとして、空っぽの感触に気づく。
「……ッ!」
銃を下ろし、呻くように笑った。
そのときだった。
「シャムス!」
リナナの声がした。
振り向くと、瓦礫の陰から彼女が飛び出してきた。
小さな手には、あの折れたポケットナイフがしっかり握られていた。
「あなたは、私を守ってくれた。今度は、私が信じる」
彼女はそれを胸に抱きしめた。
まるで、折れた刃に願いを込めるように。
シャムスは、それを見て微かに笑った。
「……リナナ、それはお守りだ。絶対に手放すなよ。俺と親父の魂が入ってる」
リナナは力強くうなずいた。
「うん。大丈夫、ずっと持ってる。あなたの分まで」
その言葉に、シャムスの胸が一瞬だけ熱くなった。
砕けそうな意識を振り絞り、立ち上がる。
「だったら、見てろよ。最後まで、カッコつけてやるからな」
彼は銃を逆手に持ち、グリップを握り締めた。
残された最後の武器——そのまま、走り出す。
クレメンタインが、もう一度彼の進路を拓く。
火花が散る中、ふたりの間に言葉はなかった。ただ、信頼だけがあった。
「うおおおおおッ!!」
シャムスは跳躍し、黒く脈打つ核に銃のグリップを叩きつけた。
バキィッ!!という破砕音が響く。
核が割れた。
ひびが入り、波紋のように闇に広がっていく。
呻き声。悲鳴。揺れる世界。
崩れていく影の中、シャムスはその場に崩れ落ちた。
「シャムス!」
クレメンタインが駆け寄り、彼の体を抱きとめる。
「生きてる、よね……!? ねえ、シャムス!」
彼は血の混じった笑みを浮かべた。
「……へへ……どうよ……カッコよかったろ……?」
「バカ!」
彼女の声は怒りと涙に震えていた。だが、その頬には微かな安堵も混じっていた。
リナナがそっと駆け寄ってきた。
ポケットナイフを胸に抱き、彼の側に膝をつく。
「……シャムス。ありがとう」
彼はかすかに笑い、目を閉じた。
——夜はまだ終わらない。
けれど、確かな一歩が、闇を切り裂いた。