表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

影の心臓〜後編〜

銃声の余韻が消えると、空気が、重く、変わった。

影の中心に撃ち込まれた弾はたしかに命中した。だが、それで終わりではなかった。黒い巨影は激しく身を震わせ、耳を裂くような叫び声を放つと、その姿をさらに禍々しく変貌させていった。

黒い肉塊が裂け、中から幾本もの骨のような腕が飛び出す。そのすべてが、憎悪と怒りだけで動いているように見えた。


「やば……っ!」


クレメンタインがシャムスを引きずるようにして距離を取る。だが、その背後から飛んできた影の触手が、シャムスの腹を深くえぐった。


「——っ!」


彼は声をあげなかった。あげられなかった。

息が、できない。


「シャムス!」


クレメンタインが彼を抱きかかえると、シャツの下から大量の血が溢れ出ていた。刺さった骨が内臓を貫いたのか、彼の口からも赤い泡がこぼれる。


「大丈夫、すぐに……!」


「クレム……」


シャムスの瞳はどこか遠くを見ていた。焦点が合っていない。腕に力が入らない。彼の指が、ぽとりと銃を落とす。


「やめて……死なないで……!」


リナナが涙声で叫んだ。


「お願い……まだ終わってないよ!立ってよ!」


シャムスの意識はもう限界だった。

燃えるように痛む腹部。肺が焼けるように苦しい。音が遠い。視界が霞む。


(……もう無理か……俺、ここまでか)


暗闇が静かに広がっていく。だが、その中で——


「シャムス、私は絶対に諦めない……!」


クレメンタインの声がした。揺るぎない、まっすぐな声だった。


「私がこの影をぶっ倒す!だから、もう少しだけ踏ん張って!」


彼女はシャムスから銃を拾い上げると、もう一度立ち上がった。

影の身体の中で、まるで胎児のように蠢く赤黒い「心臓」が見えた。


「見えた……本当の核!」


「私が……やる!」


クレメンタインはその場から跳び出した。影が再び腕を振り下ろす。

だが、その直前、リナナが石を投げて注意を逸らした。


「こっち見なさいよ、バケモノ!」


ほんの一瞬の隙。それだけで十分だった。

クレメンタインは全身を使って銃を構え、跳躍しながら撃った。


——カチリ。


空虚な音が鳴った。


「……弾切れ!?」


彼女の心臓が凍りつく。

影の心臓が脈打ち、こちらに気づいたように動きを止めた。


(まずい、間に合わない……!)


そのとき——血まみれのシャムスが、這っていた。

右手に弾丸、左手に銃。ぼろぼろの身体をずるずると引きずりながら、彼女の足元にたどり着いた。


「お前が……仕留めろ……クレム……」


指先が、銃に弾を込める。だが、動きが震えている。血で滑ってうまく入らない。


「貸して、私がやる」


彼女が手早く弾を装填し、再び構えた。


「次こそ——終わらせる!」


クレメンタインは跳んだ。影の正面から、真正面から、死を恐れずに突っ込んだ。

そして引き金を、引いた。


——爆音。


——閃光。


——崩壊する心臓。


影の本体が、悲鳴と共に砕け散る。

黒い肉塊は煙のように散り、風に溶けるようにして消えていった。

あたりには、静寂が戻った。

シャムスはその場に倒れ込み、もう二度と起き上がらないかのように動かなくなった。


「シャムス!」


クレメンタインが駆け寄り、血まみれの彼を抱きかかえる。


「しっかりして……!」


彼の胸は、わずかに上下していた。


「……お前の……勝ち、だな……クレム……」


「バカ……!誰が勝ち負けの話をしてるのよ!」


涙が止まらなかった。

リナナは、二人のそばで膝をつき、手を合わせて何かを祈っていた。


「お願い……神さま、シャムスを連れていかないで……お願い……!」


そして、朝が、来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ