影の心臓〜中編〜
銃声が、二度、三度と夜を裂いた。
シャムスは震える手でトリガーを引き続けていた。
右肩に鋭い痛みが走っていたが、動きを止める余裕などない。黒い影は咆哮し、彼らを呑みこもうとするかのように巨大な体を揺らして迫ってくる。
「当たれ……っ!」
引き金と同時に銃口が跳ねた。弾丸が影の胸元にわずかに命中した。中心に脈打つ赤い核が、一瞬だけ明滅する。
「効いた……今のは、効いたんだ……!」
そう呟いた直後、シャムスの視界が回転した。
巨大な腕のような影が、彼を真横から薙ぎ払ったのだ。空中で一度ひねられた身体は、そのまま木の幹に叩きつけられ、骨の軋む音が鳴った。
「う……あっ……!」
喉の奥から吐息混じりの悲鳴が漏れ、意識がかき消えそうになる。背骨を砕かれたかと錯覚する衝撃。口元から血が噴き出し、呼吸がうまくできない。立ち上がろうとしても、右足に力が入らなかった。
「シャムスッ!」
クレメンタインの声が届いたが、彼の耳には遠く感じられた。
「ダメ……動かないで!」
彼女が駆け寄ろうとした瞬間、影がその前に立ちふさがる。触手のように蠢く黒の腕が、今度はクレメンタインに向けて振り下ろされた。
「——来るな……!」
シャムスは、意識の底から絞り出すように叫んだ。左手だけで銃を構え、体を横に投げるようにして撃った。
弾丸が腕の付け根をかすめ、影の動きがわずかに止まる。クレメンタインはその隙に転がり、影の攻撃を間一髪で避けた。
「なんで……こんなに無茶するのよ……!」
彼女の目には怒りと涙が混じっていた。ナイフを抜き、鋭く息を吸い込む。
「今度は私が、あんたを守る番なんだから!」
クレメンタインは走った。影の周囲をぐるりと回りながら、胸元の赤い核を目指して跳ねる。
影が咆哮し、もう片方の腕で弾き返そうとする。
「くっ!」
彼女は腕に直撃こそ避けたが、着地でバランスを崩して転がった。すかさず立ち上がり、影の死角へと回り込む。
「リナナ、核は……!」
「中心!もっと深いところにあるの!目に見えてる赤い部分は外側……奥に本当の心臓がある!」
「なら、それをぶち抜く!」
クレメンタインはシャムスのもとへ戻った。
彼は土に伏せたまま、顔を上げるのがやっとだった。鼻血と唇の裂傷、そして明らかに内出血している右胸——折れた肋骨が肺を突き破っていてもおかしくない。
「シャムス……動かないで、お願い……」
「無理だ……もう逃げ場なんてねぇ……やるしかねぇんだよ」
彼は左手で銃を持ち、彼女の方を向けた。
「肩に乗せろ……お前が撃て」
「……!」
「クレム、お前になら任せられる……俺の最後の一発を……託す……」
彼の声はもう囁くようにか細かった。
クレメンタインは震える手で銃を受け取り、シャムスの肩越しに構えた。後ろから彼の背を支え、揺れる銃口を必死で固定する。
「お願い、これで終わらせよう。じゃないと、シャムスが……!」
リナナが再び影の懐へ走る。その小さな身体が、赤い光のすぐ手前まで迫った。
「ここ!ここに、本物の核がある!」
「シャムス、目を閉じて」
「……了解だ、撃て、クレム」
引き金を引いた瞬間、空間が裂けた。
銃声。閃光。影の核が爆ぜた。
その叫びは、空を割って消えた。