影の記憶
三人は礼拝堂跡の地下から這い出すように地上へ戻った。
月は雲に隠れ、夜の森は息をひそめているように静まり返っていた。
「ひとまず、戻ろう」
クレメンタインが静かに言う。
リナナは疲れた体を引きずりながら、でも何かを考えているように沈黙を保っていた。シャムスは背後を警戒しながら、手にした銃の重みを確かめる。
小屋に戻ると、三人はほとんど無言のまま、それぞれ眠りについた。だが、闇が完全に去ったわけではなかった。
翌朝、リナナが一番早く目を覚ました。顔を洗いに外へ出た彼女は、冷たい朝露の中に立ち尽くす石像を見つめていた。
それは人間の女性の像──だが、今は苔とひび割れで、表情さえ読み取れない。
シャムスが肩越しに声をかけた。
「またあの女のこと、考えてるのか?」
リナナはこくりと頷いた。
「ねえ、シャムス。私、あの女に守られてた気がする。あの礼拝堂の壁にいた女の人……あれは“ママ”じゃない。でも、私に“ママみたいに”してくれた誰かなんだと思う」
「じゃあ……」
シャムスが言いかけたとき、リナナはポケットから一冊の小さいノートを取り出した。
表紙には、泥や焦げ跡が付いていたが、中身は丁寧な文字と図で埋め尽くされていた。
「このノート……私が昔、村の奥の家で拾ったの。字はまだ読めないのが多いけど、絵は描いてあって。影のこと、たくさん書いてあった」
彼女がページを開くと、ひとつの図が目に入った。
黒い人影の中心に、赤い点──『核』らしきものが描かれていた。さらにその周囲に、小さな文字でこう記されていた。
“姿に惑わされるな。影は虚像。核を見よ”
シャムスが息を呑む。
「だからあの時……俺の銃が効いたのか」
「でも一発外しただけで、あれだけ暴れたわ。今度はもっと上手くやらないと」
クレメンタインが後ろから声をかけてきた。寝癖のまま髪を結び直しながらも、目だけは鋭く光っていた。
「……この村に残された記録を洗おう。壁画だけじゃ足りない。まだ誰かの手記がどこかに残ってるかもしれない。村役場とか、教会跡地とか……」
「行こう」
シャムスが立ち上がる。リナナもそれに続く。
しかしその時、地面の奥から『ズズ……ズズ……』という不気味な震動が走った。
小屋の外の地面に、黒い線がにじみ出てくる。
「……まさか、また来るの?」
リナナが怯えたように呟く。
シャムスは銃を握りしめ、クレメンタインはペンダントを取り出した。
彼女が冷静に言う。
「来るわ。でも今度は……“迎え撃つ”」