はじまりの部屋
石の階段を降りるたび、空気がどんどん濃くなる。
湿気とは違う、肌にまとわりつくような“思念”が、三人の身体をゆっくりと締め付けていった。
「ここ……何かが待ってる」
リナナが肩を震わせた。
クレメンタインが黙って頷く。シャムスは銃を持ち替え、何かに備えるように指に力を込めた。
最深部には、巨大な鉄扉があった。古びた封印の文様、その中心にぽっかりと空いた穴。
クレメンタインはポケットから、ソフィの十字架のペンダントを取り出した。
「合えばいいけど……」
カチリと、十字架が嵌まる。次の瞬間、地響きが低く鳴り響き、鉄扉がゆっくりと左右に開いた。
中は広い石の間。天井の高いその部屋には、壁一面に古代文字と絵画が刻まれていた。
そして中央には、黒くうねる“心臓”のような塊が脈打っていた。
「これが……“核”?」
リナナが呟く。
「違う。これは……器よ」
クレメンタインが指差す壁には、ひとりの女性が描かれていた。黒髪を結い、静かに祈る姿。周囲に笑顔の子どもたち、村人たち。
しかし次の絵では、女性はひとり、泣いていた。村人たちは背を向けて立ち去っている。
そして三枚目。彼女の胸から、黒い“何か”が溢れ出していた。
「……この人、私のママじゃない。でも、似てるの。前に住んでた家で、この人の絵を見たことがあるの。私、助けられたのかも……」
リナナが呟いた。シャムスとクレメンタインが顔を見合わせる。
「つまり、影の根源は……この女ってわけか」
シャムスの言葉に応えるかのように、“心臓”が不気味に跳ねた。空気が震え、壁が裂けるような音が響いた。
黒い影が立ち現れた。
その姿は“女”──壁画の女性そのものだった。
だがその目は空洞で、口元は歪みきり、心が完全に壊れた“模倣体”だった。
《……返して。私の子を……》
頭の中に、直接声が流れ込んできた。
「ちっ……来るぞ!」
女の影が、地を滑るように突進してきた。シャムスは咄嗟にリナナを抱えて跳び退る。床が粉砕され、岩の破片が炸裂した。
クレメンタインがペンダントを掲げて突進する。
「引きつけるから、シャムスは“核”を探って!」
影の女が長い腕を振りかざす。クレメンタインは地を転がってかわし、石柱を蹴って反対側へ跳んだ。
シャムスが回り込むように移動し、狙いを定めようとした瞬間、黒い蔦のような触手が足元から伸びてきた。
「っ……!」
跳躍して避けるも、触手が足を掴み、空中で振り回される。
石壁に叩きつけられる寸前で銃を乱射し、無理やり距離を取った。
「核が見えねぇ……!」
クレメンタインが影の女の胸元に斬りかかる。
ペンダントが赤く光り、わずかに黒の中に“赤い点”が浮かび上がった。
「今よ、シャムス!」
「任せろ!」
シャムスが構えた瞬間──。
影が叫び声を上げ、リナナの方へと手を伸ばした。
「来ないで!」
リナナがノートを突き出す。影の女の動きが、ぴたりと止まった。
「この人……あなた、守ろうとしてたんでしょ?これを、見て!」
ノートに記された壁画の写し、断片的な古文字。影の女の体が揺れる。クレメンタインのペンダントが再び赤く光る。
シャムスが心臓を狙い、引き金を引いた。
銃声──炸裂する閃光。
だが。
影は、崩れなかった。
「……嘘だろ」
影の胸の赤い点が、わずかにずれていた。
「外した……!」
影の女が咆哮を上げる。天井が崩れ、石の破片が降り注ぐ。
「逃げるぞ!」
シャムスがリナナを抱え、クレメンタインと共に走り出す。黒い波が後方から追いかけてくる。床が崩れ、通路がねじれ、影が壁のように迫る。
ギリギリで鉄扉を飛び出し、シャムスが振り返る。黒い腕が扉の隙間から伸びかけたが、十字架が再び光り、扉が激しく閉じられた。
ドン、と何かが扉にぶつかる音が鳴り、静寂が訪れる。
シャムスは荒い息を吐いた。
「……まだだな。終わってねぇ」
クレメンタインが頷く。
「でも、見たでしょ。“核”は存在する。今度こそ、仕留める」
リナナが震える声で言った。
「……ママじゃないけど、きっと……誰かを守りたかったんだよ……」
誰もそれを否定しなかった。
地下に響く心臓の鼓動は、まだ止んでいなかった。
何やらランクインしたようです。
ありがとうございます٩( 'ω' )و