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第1話『世界を少しだけ幸せにする活動』

 世界を少しだけ幸せにする活動。

 それは俺こと和倉和希が数年前から始めた活動のこと。


 内容は簡単に言えば慈善活動。落し物を拾えば交番に届け、道に迷っている人には声をかけて道案内。道端に落ちているゴミは拾ってゴミ箱へ。

 そんな活動だ。

 世界を少しだけ幸せにする活動というのは、例えば漫画アニメのヒーローのように世界を救ったり、町を救ったりすることは出来ないけれど、小さな人助けは普通の人間にも出来る。

 それがこの活動名の由来。その言葉は以前に妹が制作していた絵本のタイトルでもある。内容はもう思い出せない。一度しか読んでいないのだから当たり前の話だ。


 今日も今日とて、俺は道端のゴミを手に取り手持ちの袋に入れながら目的地へと向かう。この地域は数年前からイベントをよく行うようになり、観光客も増えた。その影響もあってかゴミも落ちていることが増えた。

 誰も拾わないのなら自分が拾って綺麗にするしかない。

 ゴミが落ちている道と落ちていない道、どちらを歩きたいかと言われれば後者だろう。

 

 さらに言えば観光客が来るということは土地勘のない人が行きかうということ。つまりは道に迷う人をちらほらと見かける。今もああやってスマホ片手に周囲の道とスマホの画面を交互に見ている人がいる。


「どこかお探しですか?」

「あ、ええ。お店を探していて」

「どこですか? ああ、あのお店だったら」


 相手のスマホを触らせてもらいつつ、道を案内する。

 人によってはスマホの地図だけではわからないという人もいて、その時は自分も着いていくこともある。

「ありがとうございます」と礼をして去っていく観光客を見送り、俺はまた歩き出す。


 何か落ちているのを視界の端に捉える。それはキーホルダーだった。イベントで売られている看板キャラクターのイラストのアクリルキーホルダー。

 きっと誰かが落としていったのだろう。


 俺が先に向けたのは公園の事務所。

 この町には大きな公園があり、様々な人の憩いの場となっている。最近ではイベントもこの公園で行われるようになっており、観光スポットのひとつにもなっている。


「おはよう、凪」


 事務所に入るといくつもの画面に向かって座る一人の男性。名は神凪睦。俺の高校の時からの友人で、この公園の管理会社で働いている。数年前から知り合いの紹介でバイトしていたが、今年正社員として働くことが決まったらしい。


「おはよう」


 覇気のない声で凪は挨拶を返す。


「公園のゴミ、いつものところに入れておくね」


 「ん」と返事を返しつつこちらを振り向かない。


「何か異常はありませんか? 凪睦君」

「ないよ。この公園はいたって平和です」

「そうか、それはよかった」


 凪睦はようやく俺に視線を向けた。


「今日も面接?」

「そ、前のところ辞めることになっちゃってさ」


 凪睦は俺の来ているスーツ姿を上から下に舐めるようにして見た。

 退職について色々事情があるものの一番の理由は俺自身にある。

 人助けをしていて遅れました、だなんて言い訳は一度や二度ならいざしらず、何度も通用するわけがない。

 俺はいつもの活動をやめる気はない。それはよくないことだというのはわかっている。でも、やめたくはない。


「ねえ、今回もダメだったら会社の人に紹介してくれない?」

「そんな提案できる人に見える?」

「だよね」


 ダメもとで聞いたものの平坦な声で返される。確かにこの男は自称コミュ障で人と会話が得意ではない。ましてや「友達が職に困っていて雇ってくれませんか?」なんて言えるはずもない。


「姫廻さんは?今日は来たの?」

「……」


 姫廻詩。近くの高校に通う高校一年生。数年前凪睦と知り合い、よく公園に顔を出すようになった子。凪睦と会話しているところに出くわし、俺とも友達になった。


「おはようございます~」

「お、噂をすれば。おはよう」

「おはようございます、和倉さん」


 入ってきた少女は丁寧に頭を下げて挨拶をした。


「じゃあ、俺行くわ」

「……待って」

「待ちませんー。面接があるから!」

「面接がんばってくださいっ!」

「ありがとう!」


 そう言い残し、逃げるように去る。俺は人の恋路を邪魔するような男ではないのだ。いつ叶うかわからない恋だろうけど、頑張ってくれ! お姫様。

 次に向かったのは落とし物を届けるべく、公園に併設された交番。


「おはようございます~」

「またお前か、今度は何だ? 人でも拾ってきたか?」

「ご冗談を。キーホルダーですよ」


 俺は先程拾ったキーホルダーを手渡す。


「はい、いつも通り書いて」


 俺は誘導されるまでもなく、椅子に座り手渡された書類に必要事項を記入していく。


「このキーホルダー昨日のやっていたイベントのグッズだなあ」

「知っているんですか」


 警察官はキーホルダーを眼前に持ち上げて見つめる。その視線はキーホルダーではなく昨日のイベントの様子を見ているかのようだった。


「ここはどこだと思ってる?」

「公園です」

「目と鼻の先。わかってる?」


 ちょっと呆れ気味に自分と公園の方を指さされる。そのぐらいは知っている。


「スーツってことは今日面接? 何時」

「ええ、あっ!」


 時計を見るべく顔を上げると壁掛け時計が示していたのは面接時間の数分前だった。俺は思わず立ち上がり、交番を後にする。


「気を付けていけよ~!」

「ありがとうございます!」


 警察官の声に手を振りつつ、急ぎ面接の行われる会社へと向かった。


 スマホの地図を頼りに辿り着いた会社はとてもこぢんまりとしていて、一見事務所というよりただの一軒家のようなたたずまい出会った。

 チャイムは外についていないようで、扉を開けて中に入るしかないようだ。


「こんにちは~……」


 中は暗く、しかしお店のように広い空間が広がっていた。

 周りに置かれているのは壺?

 そこらに置かれているのは壺や彫刻、人形やぬいぐるみ。壁には本棚に様々な本が並べられていた。その中に絵本も並べられていた。


 初めに思い浮かんだのは、骨董品を取り扱っているお店なのではないかという疑問だった。だが、店員は見当たらない。

 室内は本当に暗く、遅刻したから呆れられて別の仕事に向かったのだろうか。そうだとするのならば扉が閉められていないのは不用心だ。


 そうこう考えていると奥から黒い衣装に身を包んだ男が姿を現した。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件……」


 男は俺を見るなり、眉間にしわを寄せた。俺を見たのではない。俺の服装を見たのだ。


「今日面接に来るというのはお前か?」

「はい、遅刻しまして申し訳ありません」

「帰れ」


 深々と頭を下げたのとほぼ同時に投げかけられる言葉。その男の刺々しい言葉は見ず知らずの人物に向けられるには失礼にあたる物言いだったが、非はこちらにある。


「本当に申し訳ありませんでした。失礼します」

「……待て」

「はい?」


 足早に去ろうとする俺を呼び止める黒ずくめの男。訝しむような表情のままこちらを見ている。


「なぜすぐ帰ろうとする」


 自分で帰れと言っておいて何を言っているのだと思ったが、あっさりと引いて帰ろうとしたことを疑問に思ったらしい。


「俺が悪いので、いつものことなので」


 睨みつけるような視線を向けられて居た堪れない気持ちになった俺は足早と去るためにドアを開こうとすると向こうから扉が開いた。

 現れたのは女性だった。スーツに身を包んだその姿はとても綺麗に写った。仕事の出来る人というのはこういう格好をしている。そんな感想を抱くほどに纏っている雰囲気が違っていた。


「どうも」

「今日面接予定の和倉和希さん?」

「はい…」


 引き気味に頷くと、女性は名刺を取り出した。


「水越萌奈美と申します。この会社の上で働いている者で、あ、でも、この会社にも籍を置いていて、お手伝いとかもしてます」

「和倉です」


 ささ、と手で奥を指して誘導する水越。それに戸惑っていると、不思議そうな顔でこちらを見た。

 その様子に黒服の男は口を挟んだ。


「そいつは不採用だ。遅刻するやつは要らない」

「えっ。あー、ごめんなさい。この人何か言ったんでしょう」


 さながら母と子のように、黒服の男を無視し俺に話しかける水越。


「彼は中村彰人。この会社『drifting memories』の代表です」


 それまた母親が自分の息子を紹介するように彼の肩に手を置いてこちらに笑みを向けた。中村は不服そうに睨みつけている。


「話を聞け」

「人手が足りないんでしょ。面接ぐらいしたら?」

「いらん。今までも俺ひとりでやってきた」

「私の助けが無かったら潰れてるわよ、この会社」


 水越はこちらを見て、手招きをした。中村も水越の様子を見て深くため息をつきつつ建物の奥の方へと向かっていった。


「ごめんなさいね、ああいう人で。ちょっと前に採用した人あの態度に嫌気さしてやめちゃったの」

「はあ」


 生返事で返しつつ、そんな話をしてもいいのだろうかと考えていた。

 会社の奥の方にはパソコンが置かれた机とソファと机が並べられた応接スペースがひとつになった空間が広がっていた。他にも様々なインテリアが飾られている。

 この部屋には窓からの光が入っていて、程よく明るく感じられた。

 中村はそのままパソコンに向かって、素知らぬ顔で作業を始めていた。


 パソコン机の前には面接用に使用していたと思われる椅子が置かれていたが、水越が案内したのは応接スペースの方だった。

 水越はそのまま俺にソファに座るように促した。


「まずは…この会社のことは知っていますか?」


 その質問にちょっと気まずく思いつつも「実はちゃんと見ていないんですよ」と返した。ただ仕事の内容だけは確認している。

 来客対応、外回り。そんな内容のことだ。


「では、改めて説明させていただきます。この会社は亡くなった方が遺した創作物から、その想いを紐解くお仕事です」


 水越は会話について、説明を開始した。

 この会社『drifting memories』は遺品からその想いを読み解くのが仕事であるとのことだった。読み解くと言っても降霊術のように死者を呼び出して聞くようなオカルトの話ではない。

 単純に様々な情報を遺族等から聴取し、推測するというもの。

 依頼してくる人の多くは亡くなった人が誰かに向けて遺した創作物を持ち込む。「なぜこの人はこんなものを遺したのか」という疑問に対して依頼者と共に向き合う仕事ということだ。

 会社の入り口前に置かれていた壺や人形、本などは遺品ということになる。

 彼らはその遺品たちを依頼後も「預かって」いるらしい。


「……」


 その話を聞いていて、俺にはひとつのことで頭がいっぱいになっていた。

 

「それではひと通り説明も終わったので、面接を」

「不採用だ」


 説明中黙ってパソコンを操作していた中村が口を挟んできた。


「遅刻した時点で社会人としてどうかと思う」


 事実であるがため、俺は反論しない。だが、水越は説得するように中村と話し始める。

 俺は二人が話しているのを尻目に、カバンから一冊の絵本を取り出した。


「不採用で良いです。でもひとつお願いがあります」


 目の前の机にその絵本を置いた。

 その絵本の表紙にはつたない絵だけが描かれていた。タイトルも入ってはいないし、そもそも本屋で売られているようなしっかりとした装丁のものでもない。

 紙を仮止めしているだけのまだ本と呼べるかもわからない状態の本。


「この本を置いていただけませんか」

「この本は?」


 水越はその本を手に取り、表紙や裏表紙そして中身に目を通す。


「妹の遺品です」


 その言葉に水越だけでなく中村も驚いた表情をしていた。しかし、中村の表情は一瞬で元の無表情へと戻った。


「ここは遺品を預かる場所じゃない。会社にあるのも預かっているにすぎない」

「だったら依頼品にすればいいじゃない」


 即座に返したのは水越だった。ケロッとした様子で絵本の表紙を中村に見せつける。

 中村が険しい表情で絵本を見つめていた。


「じゃあ、不採用でいいです。客として依頼させてください」

「先程説明されていただろう。別に死者の声を聞くわけじゃない」

「それでもいいんです。ずっと……ずっと心のうちに引っかかっていて、でもその理由を見つけようとする勇気もなくて」


 俺の言葉に中村の顔がゆがむ。


「つらいのならなぜ持ち歩いている。面接には必要ないだろう」


 それは家の奥にしまっておけばいいじゃないか、と言わんばかり。


「この絵本は、亡くなる直前俺にだけ見せた絵本なんです。両親も知らない。これを知ったら母はまた悲しんじゃう」

「……」


 妹が亡くなってからの母はずっと泣き続けて、仕事も手がつかなくなり、今では毎日のように妹の遺影を眺め続けている。妹が好きだったぬいぐるみを撫でて。

 そんな母にこんなものが見つかってしまえばあの日に逆戻りだろう。

 だから家には置いておけなかった。あれから自分の持ち歩くカバンに保管し続けていた。使うカバンが変われば新しいカバンに移す。そうやって持ち歩いていた。


「お前の納得する答えは見つからないかもしれない。それでもいいか」

「いいです」

「わかった。まず書類の準備だ」


 中村が頷くと同時に動き出す水越。言われずともと言った様子で、準備を始めた。

 これは、妹が亡くなったあの日、俺にだけ手渡してきた絵本の謎――いや、妹の想いを探すための話である。

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