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不毛の大地

 竜人の隠れ里とは、ある不毛の大地に魔法で創造された盆地のオアシスを指す。

 人や獣、そしてドラゴンすらも恐れる灼熱地獄の中、竜人族たちは枯れた広大な土地で思う存分に力を振るい日々修行を行っている。


 里に居た頃のエドラを除いて————


「またサボりぃ?」


「違う。休憩だ休憩」


 あの頃のエドラは、アタシが街での買い物から戻るとだいたい水場のパラソルの下に寝転がっていた。


「あっそぉ」


「お前こそいいのかー? 修行もせず服ばっかり買ってー」


「アタシはいつも資金調達のついでに強化魔法で超強めにした魔物を狩ってるから修行は足りてるのぉ。いくら竜人族が強いって言ったってぇ、毎日同じ相手と戦っても練習にならないじゃん?」


「そういう変な修行してるのお前くらいだぞ……」


「どうせ一戦交えるなら夜の方が良いとかエドラが言うからぁ、仕方ないじゃん?」


「言ってねぇよそんなこと! ったくなんで選べるはずの竜姫がお前一人しかいないんだよ……」


「運命ってやつぅ?」


「気色悪い運命だなおい……」


 丘の向こう側から聞こえる戦闘音を聞きながらこうして他愛もない会話をしていると最後には決まって、ある男が大声をあげながら空から降ってくる。


「クソガキィィィィ!!!!」


「げっ、師匠だ……!」


 危険を察知したエドラはすぐにオアシスを飛び出し丘に向かって全力疾走する。


「ばいばぁい」


「今日こそ逃げ切ってやる!」


「待てゴラァァァ!!」

 エドラの師匠はこのとき容赦をしない。

 黒く厚い鱗を纏う彼の鍛えられた肉体から放たれる魔法は、いつも弟子だけでなく正面に見える丘もろとも吹き飛ばしてしまう。


「三日連続で稽古サボった罰だ——素っ裸にしてドラゴンの口にねじ込んでやらぁ!!」


「ひぃぃぃ!!!」


 今日もエドラの叫び声と共に丘が吹き飛んだ……。


 しかし数日後、彼はまた同じ場所に寝転がっていた。


「懲りないねぇ」

「休憩だ休憩」

「そんなに稽古イヤなのぉ?」

「イヤだね」

「即答ぉ」


「なにが”進化を続けることこそ竜人族の誉れ”だ……本の物語みたいに魔王やボスを倒すとかそういう誰かのために強くなるならまだしも、最強種族のくせに進化とかいう化け物一直線の目標を無理やり追わされても、俺はモチベなんて保てないぞ……」


「でもエドラって既に族長より強いよねぇ? 化け物じゃん」


「はぁ? だったら血筋が違うのに俺より強い師匠どうすんだよ、余計にバケモンだぞ」


「そだねぇ」


「とはいえ、戦闘狂の師匠よりお前の方が正直凄いと思う」


「ん? なんでぇ」


「俺や他の竜人族と違ってお前には買い物っていう趣味があるだろ。そのうえ趣味と修行を両立させて竜姫の試練まで突破した。散々自分のことを変人だってバカにしてた奴らをお前は自分のスタイルを曲げずに結果で黙らせたんだぞ、素直にすげーよ」


 いつも好意的な態度で接してくれないエドラが、この時初めてアタシのことを褒めてくれた。

 今まで経験したことがないほど心臓の高鳴る中アタシは必死に平常心を装った。


「……実はエドラってぇ、アタシにベタ惚れだったりする?」


「それはない」


「ひっどぉ」


 次期族長の婚約者候補である竜姫の価値は基本的に戦闘能力で決まる。

 別にエドラがアタシに惚れていなくても、婚約者にアタシを選んでくれるならそれで良かった。

 彼の隣に立つに相応しい強ささえあれば、この先アタシたちの関係が壊れることなんてない。


 そう思っていたのに——エドラは突然里から居なくなってしまった。


「聞いたか? エドラのやつ里を出ていったってよ」


 ある日、オアシスの端からそんな台詞が聞こえた。


「ねぇ、彼がどこに行ったか知らない?」


 声の聞こえた場所に向かいそこにいた二人組に尋ねると、男の一人が呆れた様子でこう答えた。

「さぁな。族長はあいつが里からどんどん離れてるとしか教えてくれなかった」

「これで竜人族も安泰だな、目障りなやつが自分から消え——」

 もう一人の男が笑い混じりに話し始めた時、アタシは反射的に魔法で剣を創り出していた。


 それに気付いた男は咄嗟に防護障壁を展開したが、その壁はあまりにも脆くアタシの剣は鱗ごと彼の左肩を貫いた。


「ぐっ——」

 防護障壁が砕け散り、剣に付与した魔力掌握と痺れ効果によって男はいとも簡単に地面に跪く。

「あんた、竜姫の前でよくそんなことが言えるね。死にたいの?」


 すると最初に話した男が仲裁に入ろうとアタシの肩に手を伸ばした。

「おいテメェやりすぎ——」

 左手にもう一振りの剣を創り出し、視認できない速度で彼の首に剣を振るう。


「うぐっ——!?」

 男の首に深く入った刃には吸着効果があり、無理に引き剥がそうとすれば更に傷は深くなる。


「触んないで。ねぇ、アタシに手も足も出ないくせにエドラを馬鹿にする資格があると思う? あんたたちみたいな雑魚こそ里から消えるべきなんじゃない?」


「——ビネイラ、そんくらいにしとけ」

 気配もなくアタシの背後に現れたのはエドラの師匠だった。

「バカだなーおめーら、メンタルまでズタボロにされてんじゃねーか」


 彼は二人の男を我が子のように両脇に抱えアタシに言う。


「追うのか?」


「エドラ以外の男に選ばれたくないし」


「そーか。だが里はお前にエドラの位置を教えるつもりはないらしい。そのうち本気で隠れるかもしれねー、あいつの後を追うなら急いだほうがいいだろーな」


「知ってる。自分で探すから」


 エドラはあの日の再会を知らない……。


 雪原に降り注ぐ一筋の黄金の光と全てを焼き尽くした圧倒的な炎、あの感動はアタシのちょっとした秘密

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