お祭り準備
「掃き掃除おわり~」
「お疲れ様」
玄関の壁にほうきを立てかけてカウンターへと向かい、椅子に腰かけて小休憩に入る。
「なぁシューバ、今日朝からやけに人の通りが多いけど」
「来月『幻竜祭』だから、皆そろそろ準備に入ってるんじゃない?」
倉庫部屋のシューバから初めて聞く単語が出てきた。
「げんりゅう、さい?」
「カナフ村の伝統的な祭りで、毎年この時期になると会場とか出し物の準備で村が賑わい始めるんだよ」
「普段見ない顔の奴とかちらほら居たのもその影響?」
「近くの村や遠方の町からも観光客や商人が集まるからね。今はよそ者が出入りしてても不思議じゃないよ」
「なるほどなー。シューバは何か出し物とかやらねーのか?」
その問いに彼は数秒ほどその場で考え込んだあと、倉庫部屋を出て工房へと入っていった。
「ちょっと待ってて」
「お、おぅ」
何か案があるのか……?
程なくして浅い木箱を片手に工房から出てきたシューバは、それをカウンターに居る俺の目の前に置いた。
「ポーション? 新作?」
木箱の中に並べてられていたのは、子供が片手で握られるほどの小瓶に入った色とりどりのポーションだった。
「去年まで祭りで出してた『舌の色が変わるポーション』を今年は少しアレンジしてみたんだ。試してみない?」
「いいのか?」
「もちろん。好きなものを選んでいいよ」
勧められるがままに右端にある赤い小瓶を手に取ろうとしたその時————頭の中である記憶が呼び起こされた。
「……シューバ」
小瓶を手に取る直前で停止した俺をシューバは横から不思議そうに見つめている。
「どうしたの?」
「これ飲んだらあの時のペブルさんみたいにツヤツヤのスライムになるなんてこと、ないよな?」
「ないない……! 普通に飲めば効果の心配はしなくて大丈夫だから……!」
「……信じるぞー?」
「うん……」
俺は苦笑いするシューバを横目に小瓶を手に取り、その中身を一気に飲み干した。
「…………あぁ、うまい」
「子供でも飲めるように普通のポーションよりも甘めに作ってあるんだ」
彼はそう言いながらカウンターの引き出しから鏡を取り出し俺へと向けた。
「へぇー」
舌の色が変わる様子はない。
「おい、何も起きないぞ?」
「魔法への耐性が強いからかな……でも効果はすぐ出ると思うよ」
すると数秒後、鏡に映っていた俺の首元の鱗がゆっくりと赤く変色した。
「おぉ~赤くなった!」
「舌に限らず、体のどこかが変色するようにアレンジしてみたんだ」
「腕の鱗まで赤だ、おもしろいなこれ。シューバも飲んでみよーぜ」
「僕はもう試してるからいいよ」
「シューバがどう変わるか見てみたいんだって、ほら」
木箱から小瓶を適当に一本取ってシューバの胸に押し付ける。
「分かったよ……飲むけど笑わないでね?」
「効果次第だな」
シューバは白い歯を見せる俺から渋々小瓶を受け取ると、静かにポーションを口に入れた。
その結果……彼のふわふわの青い髪はピンク色へと変わり、服装も相まって女魔法使いにしか見えなくなってしまった。
「ぷっ————ぷぁっはははははは!!」
「笑わないでって言ったのに!」
あのシューバが珍しく顔を赤くして取り乱している。
「あっはははは——だって……! そんなに女っぽくなると思わないだろフツー!」
「飲まなきゃよかった……前回サンプルを飲んだ時もこんな感じだったんだよ」
「ちょっと着替えて村を歩いてみよーぜ。シューバだって絶対バレねーから」
「嫌だよそんなの!」
彼はそう言い木箱を抱えて工房へと逃げていく。
「その変貌っぷりを秘密にするのはもったいなくないか!?」
「店番よろしくね、僕は髪色が元に戻るまで工房から出ないから……!」
「おいそれはズルいぞ! 俺だって鱗赤いままなのに!」
その後、シューバが工房から出てくる昼過ぎまで俺は空腹と闘いながら店番をすることになった————
~~鱗のお兄さんからひとこと~~
『お祭りで売るあのポーションは工房の余った材料で簡単に作れるらしい』