使わない部屋
ポーション屋の開店準備中に俺を訪ねて山を下りてきた魔女エスピナ。
俺はシューバに事情を話し、開店を遅らせて魔女を店の中に招き入れた。
二階のリビング、テーブルで向かい合う俺とエスピナにシューバがお茶を出す。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとう。いただくわ」
エスピナは俺がお茶を飲んだことを確認すると、軽く目を瞑ってゆっくりとお茶を口にした。
「で? 話ってなんだ?」
エスピナがそっとティーカップを置き、暗い顔で俺を見つめる。
「単刀直入に言うわね。半月……長くてひと月、コーネインとパレアの二人に魔法を教えてあげてほしいの、私の代わりに」
「んー、なんで俺?」
「あなた竜人でしょ? 私に扱えないような高度な魔法を見せてあげるだけでも、あの子たちにとっては良い経験になる。別に教えるのが下手だったとしも構わないわ」
こんなことだろうと思った……外で話さなくて正解だったな。
「付きっ切りで教えるつもりはない。身の丈に合わない魔法を教えるつもりもない。それと、教えるのが無意味だと思ったら初日でもやめる。この条件を呑めるなら協力してもいい」
「問題ないわ。あとはシューバさんの了承を得るだけね」
エスピナが俺の後ろに立つシューバに視線を移すと彼は少し困った表情をしてみせた。
「明日と明後日は配達の関係で帰りが遅くなるから、できればエドラには店に居てほしいかな……。それ以降なら全然大丈夫なんだけど」
「それも問題ないわ。普段使わない部屋はある? 扉をしばらく借りたいの」
「使わない部屋? 奥の書斎かな……狭いから使ってないんだ。物置状態だから換気の時くらいしか扉を開けることはないよ」
静かに椅子から立ち上がったエスピナがシューバの指差した書斎の扉へと向かう。
そして扉の前に立った彼女は右手に黒い水晶の杖を創り出し、扉に向かって魔法をかける。
「なにしてんだ?」
「開けてみて」
「あー、分かったぞ。空間魔法でこの店とお前の家を繋いだな?」
椅子から立ち上がりエスピナを指差しながら扉の前に向かう。
「すぐそこの山なんだから飛べばいい話だろ……人間にも竜人族みたいな高度で無駄な魔法ってあるんだな。扉を開けたらあら不思議、そこはジメジメした書斎ではなく魔女の家に繋がってましたぁ————」
エスピナを小馬鹿にしながらドアノブを握り、勢いよく扉を開ける。
その瞬間、冷たい風が頬を刺し目の前に見知らぬ雪原が現れた。
開けたばかりの扉を思い切り引っ張って閉め、窓から差し込む暖かい日の光を全身で感じながらエスピナに尋ねる。
「どこどこどこどこ——今のどこ? 寒すぎだろふさげてんのか?」
「ふざけてないわ、私の別荘よ。コーネインたちに魔法を教える時はここを使って」
「馬鹿言うな、人が生活できるような寒さじゃないぞ!?」
「あなたの言う通り、あの一帯は普通の人間が暮らすような場所じゃないわ。だから魔女たちが別荘を構えて公にできない魔法の実験をするにはうってつけの場所なの。その代わり耐寒魔法は必須よ」
——今さらっとヤバいこと言ったよな?
こいつ、自分の弟子をそんなブラックな場所に送り込んで魔法の練習させるつもりか……?
もしかしてパレアもヤバい側の人間だったりするのか……?
仮にそうだったとしたら俺……これからペブルさんとどうやって話せばいい!
孫がヤバい魔法の修行してたよ~とか言えねーぞ……どうしよう、やっぱりこの話断ろうかな……。
~~鱗のお兄さんからひとこと~~
『竜人の隠れ里はかなり暖かい気候の場所にあるため、ほとんどの竜人族が寒さにだけは弱い……』




