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朝のルーティン

 朝、目が覚めたらまずは井戸に向かう。


 持参した桶を使い適当に顔を洗ったあと、もう一杯水を汲んでそれを抱えて帰る。


 玄関前まで戻ったらジョーロを用意し、花壇に水やりをする。


 どんなに寝不足でも、鳥のさえずりに耳を澄ましこうして花と向かい合って朝日を浴びれば、水やりが終わるころには眠気も吹き飛んでくれる。


「ふぅー……いい朝だ……」


 そして水やりを終える頃には、家主兼雇い主が窓から顔を覗かせる。


「エドラ、朝食ができたよ」


「今いく~……」


 彼の名はシューバ、ふわふわの青髪が特徴的な若い魔法使いだ。

 今はこの自宅でポーション屋を営んでいるが、元々は冒険者だったとか。


 朝食が済んだら、工房で作業中のシューバの代わりに開店準備を始める。

 店内を掃除して在庫をチェック、商品を補充する。


「よし……完了。シューバ~、店開けていいか~?」


「うん、お願い」


「あいよ~」


 そして外へ出て玄関のかけ看板をひっくり返せば、いよいよポーション屋の開店だ。


 今日も穏やかな一日が始まる————


 ここカナフ村は人の数こそ多いが、この店にやってくる客は数えるほどしかいない。

 ポーションとは魔法の薬、物によっては大病すら一瞬にして治してしまう言わば高級品。

 村のポーション屋にそんなものを買いに来るのは、体を張って魔物と戦う地元の腕利き冒険者くらいだ。


 だから、開店作業が終わったあとの俺の仕事は——店先の掃除だ。


「おはようお兄さん、良い朝ね」


「ペブルさん。おはよ」


 掃き掃除をしていると、毎朝散歩中の村のおばあさんと出会う。

 こうしてペブルさんと話すのもひとつの日課と言える。


「もうここには慣れた?」


「ん~、まだちょっと……落ち着かない時があるかもな」


「お兄さんはよっぽど賑やかな場所で暮らしていたのね。今度村の子供たちを紹介してあげるわ、遊び相手になってあげればお兄さんも元気を分けてもらえるはずよ」


「自慢じゃねーけど、子守は苦手だぞ?」


「心配いらないわよ、お兄さんも子供に戻ればいいの」


 ペブルさんは得意げな顔でそう言うと、そよ風に流されるように去っていった。


「無茶言うなって……」


 店の扉が開き中からシューバが出てくる。

「エドラ、店番頼んでいい?」


「あ、配達? 了解」


「日が暮れるまでには帰ってくるから」


「あいよ、気を付けて~」


 シューバは重そうな鞄を肩にかけ、魔法の杖を片手に出かけて行った。

 ペブルさんいわく、彼の作るポーションは質が良くて町の方では評判なんだとか。


 店番中はそこそこ退屈ではあるものの、カウンターから洒落た店内を眺めながらじっと客を待つのも悪くはない。

「ふぁ~……ねむ……」

 睡魔が襲ってきた時はすぐに椅子から立ち、店内を軽く掃除していく。


 それから間もなくして——常連客の冒険者パーティー四人組が店にやってきた。


「やっほ~シューバさ~ん、来たよ~」

 弓を背負った明るい少女がこちらに向かって手を振ってくる。

「シューバなら出かけてるぞ」

「そっか……残念」

 彼女の名はバニリア。見た感じかなりシューバに懐いている様子だ。


「エドラさん、治癒とスタミナのポーションを四つずつお願いします」

 パーティーのリーダー、剣士のシェーンからポーションの注文が入る。

「治癒とスタミナ……ポーチは要らねーだろ?」

「大丈夫です、自分のものがあるので」


 注文されたポーションをカウンターに並べている間に、シェーンが代金を支払い自前のポーチを取り出す。

「そういえば、こうしてエドラさんと話すのは初めてでしたね」

「普段はシューバが対応してるからな」

「失礼ですがエドラさん、ここに来る前はどこで暮らしていたんですか? ()()の多い最寄りの港町でもここからかなりの距離があると思いますが……」


「旅の途中でシューバに拾われただけだからなー……そういう質問には答えようがねーかもな」


「そうですか……。でしたら今度、旅の面白い話でも聞かせてください」


「気が向いたらな」


「はい、気が向いたらぜひ」

 彼はそう言って俺に微笑むと、ポーションを抱え仲間と共に店を出て行った。


「ふぅ……」

 店内が静まり返り一息ついた直後、閉まったばかりの扉が勢いよく開き外からバニリアの顔が覗く。

「シューバさんによろしく~」

「はいはい……」

 俺が返事を返すと彼女は笑みを浮かべながら顔を引っ込めた。


 扉が閉まり再び店内が静まり返る。


()()か……まぁ、()()()がこんなところにいるなんて思わねーよな……」


 竜人族——通常の人間種とは異なり、体のあちこちに竜の鱗を纏う亜人種だ。

 しかし獣の耳や尻尾を持つ獣人族や、ヒレや鱗を持つ魚人族などの他の亜人種とは決定的に違う部分が竜人族にはある。

 それは、種族のルーツが竜にあるということ。

 獣人や魚人はあくまで()()。その獣や魚の特徴は単に似ているだけに過ぎない。彼らの祖先はどこまで辿ろうと人間だ。

 だが竜人族は違う——その血を辿るといつか竜に行きつく。


 ”かつて人間の知恵を手に入れた竜王はその身を人の姿に変え、更なる進化を遂げた”


 これが人々から最強種族と言われる所以だ……。


 竜人族は他種族と比べても数が極めて少なく、そのほとんどが『竜人の隠れ里』と呼ばれる秘境で暮らしている。

 来る日も来る日も修行を重ね、同族相手に力比べをする毎日……。

 彼らは”進化を続けることこそ竜人族の誉れ”というが、誰のために振るうわけでもない自己満足の強さに一体何の意味があるのか……。


 俺はそんな修行の日々が嫌になって、里を出た。


 二週間前————


 誰にも言わず里を離れた俺は、当てもなく旅をしながら外の世界を満喫していた。


「森を抜けたら一休みするか……」


 旅を始めて既に一か月が過ぎていた。所持金にはまだ余裕があるものの、そろそろ定住先と仕事を探さないと後々困りそうだ。


「……ん?」

 丘の上から戦闘音がする……それに、嫌な気配だな。


 並みの人間が()()を相手にするのは困難を極める。

 俺はひとまず状況を確認するため丘の上へ登った。


「ちくしょー! なんでこんなとこに()()()()がいるんだ!」

「落ち着いて! 冷静に対処すれば追い払うくらいはできるはずだよ!」


 三人組の冒険者がドラゴンと対峙している。

 戦士の一人は負傷、後ろの魔法使いは魔力切れが近い。


「手を貸そうか?」

 彼らの背後、少し離れた場所から声を張って尋ねる。


「お、おぅ……! とにかくこいつを追い払うの手伝ってくれ——って、あんた武器も何も持ってねーじゃねーか! どうやって戦うつもりだ!」


 里を出るとき荷物は最低限に抑えたからな。


「無駄口叩く余裕があるなら早くドラゴンの前から退け、ひき殺され————」


 次の瞬間、突然激昂したドラゴンが咆哮を上げ俺に向かって飛びかかってきた。


 頭上から前足が叩きつけられ地面が陥没して土煙が上がる。


「おおおおい……! 大丈夫かぁ!!」


 土煙の外から冒険者の声が響く。


 竜人族にはひとつ難点がある。それは、同族に等しいドラゴンから酷く嫌われていること。


「竜王顕現!」


 土煙の中から飛び出し竜の力を解放する。

 背中に翼が生え、体中の鱗の面積が広がり黄金の輝きを放つ。


 魔法の力で光の双剣を生み出し、宙を蹴ってドラゴンの両翼を斬り落とす。


「あれはっ、竜人族……!?」

「何がどうなってるんだ……!!」


 痛みに悶えるドラゴンの叫び声が森に響き渡る。


「|グァアアアアアアアア《おのれ、ニンゲンに成り下がった劣等種族が》!!」


「言ってろ」


 ドラゴンの頭上から高速落下しながら蹴りを繰り出し、奴の頭部を地面に叩きつける。


 頭蓋骨が砕かれたドラゴンはそのまま動かなくなり、辺りは静寂に包まれた。


 竜化を解き元の姿に戻ると、冒険者たちは歓喜しながら俺の元に駆け寄ってきた。


「勝った勝ったー! 勝ったぞー!!」

「す、すげーぜあんた! よく分かんねーけどおかげで死なずに済んだ!!」

「竜人族に会えるなんて光栄だよ。よかったらこの後お礼させてくれない?」


「あー……えっと、すまん急いでるから……」 


「そっか……。またどこかで会えたら、その時は」


「あぁ」


 あまり竜人族のことを根掘り葉掘り聞かれても困る……ここはさっさと別れよう。


 その後、森を抜けた先にあった町を訪れた俺は、大通りで今晩の宿を探していた。


「高いな……この町の宿。野宿する代わりに酒場でうまいものでも食べようかな……」


 その時、俺はふと財布の中の残りが気になってポケットに手を突っ込んだ。


「あといくら残ってるっけ…………ん? ん……? んっ!?」


 嫌な予感がし思わず逆のポケットや懐を手で探る。


「財布が……ない……!!」


 どうりでここに来る途中体がやけに軽いと思った……!

 あの時だ……ドラゴンの初撃を避けた時に土煙の中で落としたな……!!


「終わった…………里でするべきは戦闘じゃなくてサバイバルの訓練だったな……」


 俺はその日の夜から、空腹で大自然を彷徨い続けた。


 野宿には慣れていたが、里を出た時から買い食いや保存食の干し肉を頼り続けてきたせいもあって、料理のできない俺はその辺の果実で空腹を紛らわせるしかなかった。


「食べ物……肉……肉を…………」


 あれから何日経っただろう……ここはどこなんだろう……。


 そうして限界を迎えた俺は、どこかの山道で倒れてしまった。


 最強と謳われる種族も飢餓状態が続けばこんなものだ……。



「——きみ————きみ——大丈夫かい————」



 ぼんやりと男の声が聞こえる。



「——起きて——起きて——————エドラ!」


「はっ——!?」


 目が覚めると、カウンターの前にシューバが立っていた。


「店番中に寝ないでって言ってるのに……」


「すまんすまん……おかえり」


 どうやら店番中に寝落ちて、シューバに助けられる前の夢を見ていたらしい。


「ただいま。夕飯には早いけど、もう食べる?」

 そう言ってシューバは持っていた肉の塊を俺に見せた。


「それ、良い肉だな!?」


「ペブルさんから貰ったんだ。明日お礼言ってね?」


「おぅ!」


 俺にはきっと竜人族として気高く生きるよりも、一人の村人として穏やかな生活を送る方が、性に合っている。

 ~~鱗のお兄さんからひとこと~~


「シューバは料理上手だが、俺が野菜を残すと次の食事で極端に野菜を多くしてくる」

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