第八話
「小賢しい小僧だ」
山頂に追いつめられた皇国特殊部隊の隊長、ヴァジムは、眼下で包囲を続ける帝国軍を見つめていた。
ラムブレヒト侯爵はおそらく失敗した。
元から頼みにしていたわけではないが、それにしても使えない男だ。
それとも相手が悪すぎたか。
「士気の高さにかまけて、前線に出てくるような皇子なら暗殺の機会もあっただろうに」
指揮を執るヴィルヘルムは、決して前線に出てこなかった。
理由は二つ。
一つは東部貴族の手柄を取らないため。
もう一つは自らの安全を確保するため。
このような場所で皇子が討たれるようなことはあってはならない。
だから、ヴィルヘルムは前に出るようなことはしなかった。
もちろん、相手側に暗殺者がいるというのを想定しての行動だった。
付け入る隙がない。
とても十代とは思えない采配ぶりにヴァジムは舌を巻くしかなかった。
「皇国の魔導師だな?」
「つくづく……小賢しいな」
闇の中からゆらりと現れたのは白いマントの騎士。
レーヴェンだった。
常々、自分が出ましょうか? とヴィルヘルムに問いかけていたレーヴェンにとって、ようやくやってきた働き所。
これまで近衛騎士を前面に押し出したりはしなかったのに、勝負所で一気に使ってきた。
本当に小賢しい。
そんなことを思いつつ、ヴァジムは剣を抜いた。
「近衛騎士隊長が暗殺者のように動くとは、な」
「殿下の命なのでな。悪く思うな」
ヴァジムはレーヴェンが動きだした瞬間、魔法を使おうとした。
一撃ならば剣で受け止められると思ったからだ。
しかし、結果は違った。
受け止めたはずの剣が折れ、レーヴェンの剣は音もなくヴァジムの首を刎ねたのだった。
「これで最後か」
魔導師らしき者を探して斬っていたが、目ぼしい者はもういない。
その気になれば、山頂にこもる山賊を壊滅させることもできるが。
それは指示されていない。
だから、レーヴェンはスッと闇に紛れて、消え去ったのだった。
■■■
後日。
全軍により山頂の山賊を壊滅させたヴィルヘルムは、エリクと共に帝都へ戻っていた。
そんなヴィルヘルムとエリクを待ち受けていたのは、皇帝ヨハネスだった。
「なにかワシに言うことはあるか?」
「東部の反乱を鎮めてまいりました。皇帝陛下」
「勝手をして申し訳ありませんでした」
自信満々に告げるヴィルヘルムの横で、エリクは静かに頭を下げる。
どうして兄弟でこうまで違うのか。
ヨハネスはため息を吐きつつ、横に控えるフランツに告げる。
「なぜ好きにやらせた?」
「気づいたときにはすでに動いていらしたので」
「まったく……独断で動いたことは問題だが、功績に免じて不問とする。だが、後始末までしっかりとやれ」
そういうとヨハネスは地図をヴィルヘルムに投げ渡した。
慌ててそれを受け取ったヴィルヘルムは、それを開く。
それは東部の地図だった。しかし、空白がある。
ラムブレヒト侯爵の領地だ。
「東部貴族には恩賞が必要だ。そしてラムブレヒト侯爵の領地をそのまま空白地にするわけにもいかん。好きに割り振れ」
「よろしいのですか?」
領地を与える特権は皇帝だけのものだ。
それを皇子に任せるのは異例中の異例だった。
「よい。東部の貴族に恩を売っておけ」
そういうと、ヨハネスはヴィルヘルムたちを下がらせた。
「よろしいのですか? 陛下」
「決めたことだ」
フランツの言葉にヨハネスは返す。
まだ十代の皇子に過度な権限を渡すのは危険だ。
しかし。
「ヴィルヘルムは非凡だ。対抗できそうなエリクすら、心服している。ワシは常々思っていた。我が子たちには帝位争いを行ってほしくはない、と」
「ヴィルヘルム皇子という絶対的な存在がいれば、起こらないと?」
「それはわからん。だが、有能な皇子がいるのに帝位争いをするのは無駄とは思わんか?」
言いながらヨハネスはフッと笑う。
徐々にヴィルヘルムに経験を積ませ、ゆっくりと権力を移譲させる。
そうなればヴィルヘルムにとって代わろうという兄弟もいなくなる。
「皇帝になったときから思っておった。早めに隠居したい、とな。後継者がいるなら夢ではあるまい?」
「優雅な夢ですが、まだまだ先の話かと」
「つまらん奴だな」
「つまらなくて結構です。皇国の動きがきな臭くなってきました。東部貴族を調略したのは、何か動く前段階でしょう」
「わかっているが……王国のほうがもっと厄介だ。向こうは戦争をする気だぞ?」
「なるべく外交で解決したいところですが……」
「弱腰だと思われたらうまくもいかぬか」
やれやれ。
前途多難だな、と思いながらヨハネスは政務に取り掛かるのだった。
■■■
「エリク、街に出るが一緒に来るか?」
「私は用がある」
「レーアの機嫌をとりにいくのか? ご苦労なことだ」
「誰のせいで機嫌を損ねたと思っている?」
「人のせいにするな」
自分は関係ないと主張するヴィルヘルムを睨みつつ、エリクはその場をあとにした。
口論している時間ももったいないという様子だった。
弟の微笑ましい姿に苦笑しつつ、ヴィルヘルムは歩き出す。
そんなヴィルヘルムの前に小さな刺客が現れた。
「やぁぁぁぁ!」
「やぁぁぁぁ!」
「甘い」
紙を丸めて作った剣。
それで襲い掛かってきたのは小さな弟たちだった。
ヴィルヘルムはそんな弟たちの攻撃をあっさり回避すると、二人を脇に抱えた。
「まだまだ精進が足りないな? アル、レオ」
「えい」
脇に抱えられたレオは諦め、アルはその状態でも剣を振るう。
だが、ヴィルヘルムはそれすら避ける。
それを見て、アルは悔しそうに呟く。
「当たったらお菓子なのに……」
「お菓子はまた今度ということだな。いつでも挑んでこい」
ニヤリと笑いながら、ヴィルヘルムは二人を下ろし、歩いていく。
「今日もまちへいくんですか? ヴィルヘルム兄上」
「民の生活をこの目で見るのは皇子として大切だからな」
「遊んでるのまちがいでは……?」
「遊んでいるように見えるなら、まだまだ修行が足りないな。アルも大人になればわかるさ」
笑みを浮かべながらヴィルヘルムは手を振り、颯爽と城を出ていったのだった。




