第七話
突然の雨で、討伐軍は攻勢をやめざるをえなかった。
それを聞いたニクラス・フォン・ラムブレヒト侯爵は率いていた二千の軍勢を討伐軍へと向けた。
「よろしいのですか? 侯爵」
「良いも何も、今しかチャンスはない!」
討伐軍は予想以上に強かった。
早々に山賊団は山頂に追いつめられた。
とはいえ、ただで追いつめられたわけではない。
討伐軍は部隊を入れ替えながら戦っていたが、それでも山を登りながらの攻略と、しぶとい山賊団の抵抗で疲弊していた。
だが、この雨で両者ともに動けなくなった。
幸いとばかりにヴィルヘルムは少しだけ後退して、討伐軍全体に休息を命じていた。
回復されては困る。
討伐軍はおよそ七千。一方、ニクラスの軍勢は二千。
疲弊しているところに奇襲をかける。そして第一皇子ヴィルヘルムを捕まえる。
それが唯一の勝ち筋だ。
それしかニクラスに残された手はなかった。
ゆえに疲弊しているうちに合流するしかない。
そう考えて、ニクラスは二千の軍勢を走らせた。
彼らにはすでに自分が帝国を裏切ったことを伝えてある。
そして、ほぼ間違いなく自分たちも同罪になるだろうことも。
だから二千の軍勢は必死だった。
最初からすべて知っていたのは侯爵と侯爵の側近だけ。
ほかの末端は何も聞かされていなかった。なのに、反乱者に仕立て上げられてしまった。
侯爵への不満、この世の理不尽。
しかし、今更どうすることもできない現状。
すべてへの不安、不満を騎士たちは駆けることで晴らした。
そんな勢いで駆け続けたニクラスの軍勢は、雨の中、討伐軍の下へたどり着いたのだった。
■■■
いきなり突っ込んでは本陣にはたどり着けない。
雨というのは好都合。
この好機を生かし、なるべく本陣に接近しよう。
そう考えたニクラスはゆっくりと軍勢を進ませた。
そんなニクラスの軍勢を見た討伐軍の騎士たちが数騎駆け寄ってくる。
「ラムブレヒト侯爵! お待ちしておりました!」
「遅参のお詫びを殿下にしたい! 殿下はどこにおられる!?」
雨の中、声を届けるために声を張る。
それに対して、騎士たちも声を張った。
「本陣におられます! ご案内しましょう!」
「かたじけない!」
「いえ! 領主の方々も疲れておりまして、侯爵のご到着を皆、お待ちしておりました!」
「うむ! 戦況はどうか!?」
「はっ! 現在、山賊は山頂の拠点に立てこもっておりまして! 雨が止んだ後に総攻撃の予定です!」
その予定を聞き、ニクラスは冷や汗をかく。
雨が降っていなければ、自分が来る前に山は落とされていたかもしれない。
十代の皇族と侮っていたが、やはり皇族は皇族。
アードラーの血を引く者を侮るものではない。
だが、雨が降り、攻撃は中断。
こうして本陣まで怪しまれずに接近できた。
天は自分に味方している。
高揚感を覚えながら、ニクラスは笑う。
必ず成功するという全能感が体中を支配した。
だから、違和感に気づけなかった。
雨の中とはいえ、二千の軍勢が本陣に近づくことを制止する者がいなかった。
本来ならば侯爵だけと言われてもおかしくない。
だが、素通りできた。
なぜなのか?
少し疑問を覚えることができれば、ニクラスは気付けたはずだった。
「こちらです。侯爵。では、私は失礼します」
騎士の案内で、ニクラスはヴィルヘルムの天幕に案内された。
離れる騎士を見て、ニクラスは側近たちに目で合図を送り、そのまま号令をかけた。
「かかれぇ!!!!」
号令に従い、騎士たちが天幕になだれ込む。
だが、天幕はもぬけの殻だった。
ようやく〝罠〟だと気づいたニクラスは急いで、馬を翻した。
「罠だ! 撤退せよ!」
嵌められた。
気づいたときには遅かった。
間髪入れず、騎士たちが突っ込んできた。
その背には白いマント。
「こ、近衛騎士だ!?」
「ま、待ってくれ!?」
帝国最強の騎士団。
帝国の象徴ともいうべき騎士たちに襲われ、ニクラスの軍勢は一気に恐慌状態に陥った。
そんな中でも、ニクラスは一心不乱に馬を走らせていた。
とにかくこの場を離脱しなければ、という気持ちがあったからだ。
誘いこまれた。
つまり、周りの軍勢はすべて敵だ。
恐怖のあまり、ニクラスは歯をがちがちと鳴らしながら、ひたすら馬を走らせた。
ただし、ニクラスが恐れるような状況にはならなかった。
ヴィルヘルムは東部の領主たちには待機を命じており、動いたのは第四近衛騎士隊だけだった。
雨の中で同士討ちを避ける意味合いもあったし、東部の騎士同士で争わせるのをヴィルヘルムが嫌ったからだ。
だから、ニクラスは半数の一千ほどを率いて、ヴィルヘルムの本陣から抜け出すことができた。
このまま自分の領地まで撤退する。
その後のことは戻ってから考える。
そんな風に思っていたニクラスの前に数百の部隊が立ち塞がった。
「邪魔だ! 蹴散らせ!!」
雨の中、目の前の部隊がどういう部隊かわからなかった。
だが、邪魔するなら排除するのみ。
ニクラスは部下に命じて、突撃させる。
だが。
「ぎゃあ!?」
「うわぁぁぁ!!」
突撃した騎士はことごとく返り討ちにあった。
あまりの強さに、ニクラスたちの足が止まる。
そして雨で視界が悪い中、目の前に現れた部隊の全容が見えてきた。
「ニクラス・フォン・ラムブレヒト侯爵だな?」
白いマントを着た騎士たち。
帝国中に名の知れた近衛騎士。
情報では、東部に入ったのは第四近衛騎士隊だけだったはず。
なのに。
ニクラスの目の前には三つの近衛騎士隊が立ち塞がっていた。
その中央。
青い髪の皇族が問いかけてくる。
「わ、私は……」
「皇帝の名代である宰相閣下の命により、貴様を帝国への反乱の罪で逮捕する。抵抗するならば容赦はしない」
「くっ! 戦え! 戦うのだ!」
退路を断たれたニクラスは半狂乱になりながら、部下に命じる。
しかし。
「私は帝国第二皇子、エリク・レークス・アードラー。アードラーの名にかけて、抵抗しないなら命は取らない。悪いようにはしない。抵抗するな。愚かな当主のために死ぬ必要はない」
エリクの言葉を受けて、ニクラスの部下たちは次々に剣を捨てた。
「くっ! 情けない! この裏切り者どもめ! 恩を忘れたか!?」
「そっくりそのまま貴様に返そう。皇国に利用された愚か者め」
エリクは冷たい眼差しをニクラスに向ける。
そして、ニクラスは近衛騎士たちに捕縛されたのだった。
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「自分の本陣に誘い込むような策は今後、慎め」
「おかげで捕まえられただろ?」
ニクラスを捕縛したエリクは、その足でヴィルヘルムの下へ向かっていた。
「私が来なければ逃げられていたが?」
「来ることを想定して作戦を立てた。逃げられたなら、来ないエリクの問題だ」
「まったく……」
近衛騎士隊と共に最速で駆け付けたエリクだが、その存在をヴィルヘルムは知らなかった。
しかし、来るだろうと想定して作戦に組み込んだのだ。
やれやれと呟きつつ、エリクはヴィルヘルムの隣に座った。
「この後はどうする?」
「包囲をしても兵糧の無駄だ。さっさとラムブレヒト侯爵を連行する必要もあるし、明日にでも落とす」
「落とせるか?」
「落とせるか落とせないか、じゃない。落とすんだ」
決定事項。
そんな風に呟きながら、ヴィルヘルムは傍に仕える近衛騎士隊長に告げた。
「レーヴェン隊長。敵の魔導師を狩ってきてくれるか?」
「殿下の仰せのままに」
そう言ってレーヴェンは一礼すると、その場をあとにした。
それを見て、ヴィルヘルムはニヤリと笑うのだった。