第六話
帝剣城。
そこではいくつかの近衛騎士隊が出撃準備に取り掛かっていた。
「急げ! 東部へ出撃だ!」
「エリク殿下が出陣するぞ!」
援軍に向かうのは三つの近衛騎士隊。
軍を編成するより、そちらのほうが確実で、かつ早い。
そういう判断での派遣だった。
ただし、その分、城は手薄になる。
だから。
「城の留守をお願いします、勇爵」
「お任せを。殿下」
エリクは城に勇爵を呼び寄せていた。
皇帝不在の帝剣城。そこから近衛騎士隊が四隊も離れる。
万が一、城に何かあれば皇帝は帰る場所を失う。
そんなことはあってはならない。
それゆえの措置だった。
「申し訳ありません。ご令嬢の傍にいたい時期だというのに」
「たまには勇爵としての仕事をしなければ。お気になさらず」
娘が生まれてから、勇爵は公務から一時離れていた。
跡取りを育てることは、勇爵にとって最も大事なことだからだ。
「では、お任せします」
エリクは勇爵に頭を下げると、自分も出陣のためにその場を後にした。
そして、部屋で鎧を着こんでいると……。
「エリク! 出陣ってどういうこと!?」
「レーア……これは機密で……」
「教えてくれないってわけ? 私に隠し事なんて、エリクも偉くなったわね?」
「いや……」
水色の髪をポニーテールにした活発な少女。
幼馴染のレーアに問い詰められ、エリクは答えに困ってしまう。
しばらく考えたあと、ため息を吐いて告げた。
「東部にヴィルヘルムが出陣したから、援軍に行くんだ」
「それなら私も行くわ!」
「無茶を言わないでくれ……君は強いが……近衛騎士たちが行くんだ。申し訳ないけれど……」
足手まとい。
その言葉をなるべくマイルドに伝えるには、どうすればいいか。
エリクはしばし考えこむ。
だが、良い言葉が生まれなかった。
レーアは剣に長けた少女だが、今の段階では近衛騎士には及ばない。
もう少し鍛錬すれば匹敵するかもしれないが、まだそのレベルではないのだ。
ゆえに。
「危険な場所には連れていけない」
「自分はいいの?」
「私は……皇族だ。責務がある」
「私だって貴族よ」
「レーア、困らせないでくれ……」
押しの強い幼馴染にエリクは困り果てて、そういうしかなかった。
「……もういい! 将来、私が近衛騎士になってもついていってあげないから!」
「やれやれ……」
レーアは嵐のように去っていく。
そんなレーアを見送ったエリクは、帰ったら機嫌を取らないと、と思いつつ、腰に剣を差したのだった。
■■■
「突撃ぃぃぃぃ!!!!」
山の攻略は順調だった。
しかし、それでも前線では激しい争いがあった。
「来たぞ! 撃て!!」
一気に攻略する方法はないため、ヴィルヘルム率いる討伐軍は、山の各地に作られた拠点を地道に攻略していた。
その一つ。
騎士が前に出て突撃し、山賊が矢を降らす。
だが、盾を構えた騎士の前では矢は効果的ではない。
「くそっ! 旦那! お願いします!」
「魔導師が出てきたぞ!!」
そこはヴィルヘルムが指定していた場所の一つだった。
そこには魔導師がおり、魔導師は巨大な火球で騎士たちを吹き飛ばそうとする。
だが、魔導師がいることに気づいた騎士たちは、すぐに撤退した。
代わりに進軍を開始したのは重装歩兵だった。
とても山に登るのに適した装備とはいえない彼らだが、対魔導師用の部隊として同行させられていた。
「進め!」
「ちっ!」
大きな盾と全身を鎧で包んだ重装歩兵。
それが隊列を組んで進んでくる。
火球をぶつけるが、盾が壁の役割を果たして、攻撃が通らない。
火力が足りないのだ。
とはいえ、この場にいる魔導師は皇国の特殊部隊。
直接的な魔法が通用しないなら、それ相応の対応策を持っていた。
「な、なんだ!? 地面が!?」
「た、隊列を崩すな!」
「盛り上がってるぞ!?」
「こっちはへこんでる!」
重装歩兵に対して、魔導師は地面の形を変化させることで対応した。
重い鎧を着た重装歩兵は、機動力に欠ける。
隆起した地面によって転倒すれば立ち上がれないし、くぼみで転んでも立ち上がれない。
隊列が乱れたところを狙って、山賊たちが矢を放ったり、石を落としたりしていく。
だが、それでも重装歩兵をすべて無力化したわけではない。
着々と重装歩兵たちは拠点に近づいていた。
小手先の魔法では足止めが限界だった。
「ちっ! 撤退だ」
魔導師は埒が明かないと判断し、拠点を放棄した。
まだまだ山には拠点がある。
ここに固執しても仕方ない。
こうして討伐軍は山賊の重要拠点をまた一つ陥落させたのだった。
■■■
「殿下、山の中腹まで攻略が完了したとのことです」
「よろしい。では進軍停止。野営して、明日に備えろと通達しろ」
「よろしいのですか? 攻略は順調ですが……」
朝に始まった攻撃。
今は昼過ぎ。
頑張れば今日中にでも山は落ちそうだった。
しかし。
「無理をしても意味はない。前線で戦う兵士たちには休息が必要だ。前線を入れ替え、監視を厳に。敵は山賊。夜襲に警戒しろと伝えろ」
「かしこまりました」
後方で指揮を執るヴィルヘルムは奇をてらった作戦を使わなかった。
各領主の軍を一部隊として扱い、地道に拠点を攻略し続けた。
それぞれの領主たちに活躍の場を与えつつ、必要な助言は近衛騎士たちを派遣して、しっかりと伝える。
やったことはそれだけだ。
そしてそれだけでよかった。
何も急いで落とす必要はない。
じっくりと締め上げれば、どんどん逃げ場のない山頂に山賊は逃げていく。
無理に追い詰めて、逃げられると被害が増える。
「さて、こちらは順調だが……」
ヴィルヘルムはチラリと用意された地図に目を向ける。
そこに配置された駒の中で、不自然な駒が一つあった。
大駒だが、なぜかヴィルヘルムの本陣のさらに後ろにあった。
そこには敵も味方もいない。
「早く来て欲しいものだな」
呟きつつ、ヴィルヘルムは新たな駒をその駒の後ろに出現させる。
まるで大きな駒を挟み込むようにして。