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第五話






 ニクラス・フォン・ラムブレヒト侯爵は四十二歳の貴族だった。

 東部では最高クラスの動員兵力を持ち、現在も二千人近い騎士を動かせる準備をしていた。

 それを支えるのは豊富な経済力。

 だが、その経済力もニクラスの代で手に入れたものであり、成り上がりとみなされることもあった。

 それがニクラスにとっては屈辱だった。

 軍事力もある、経済力もある。しかし、東部筆頭と呼ばれない。

 周りが認めないのだ。

 どうすれば認めさせることができるのか?

 そのことにニクラスは苦心し続け、そこを皇国につけこまれた。


「一体、なにをやっている!?」


 ニクラスは屋敷で声を荒げた。

 その先には黒づくめの男。

 ニヤリと笑いながら、黒づくめの男は告げる。


「部下に始末を命じたが……ガキが逃げたらしいな」

「他人事のように言うな! その子供が第一皇子を連れてきてしまった! 計画は狂ったぞ!?」


 ニクラスはそう言って机を強くたたいた。

 本来ならばこのタイミングで山賊を討伐する軍が興るはずがなかった。

 東部は小領主が点在するため、なかなか一致団結しない。筆頭がいないからだ。

 唯一、山賊討伐の中心になれそうなニクラスは皇国と繋がっている。

 だから、山賊団はまだまだ大きくなるはずだった。

 そして中央から討伐軍が派遣される頃には、相当な規模の山賊団になるはずだった。

 各地の山賊を吸収していけば、それなりの規模にはなる。

 だが、それで討伐軍に勝つつもりはなかった。

 討伐軍が派遣されたタイミングで、山賊団は東部に散り、各地を荒らしまわる。ゲリラ戦を展開する予定だった。

 それによって東部の民と貴族の帝国への忠誠心を落とす。

 東部国境は堅牢だが、兵糧や武具が尽きないのは東部貴族の協力があればこそ。

 そこに亀裂をいれて、東部国境攻略への足掛かりとする。

 それが皇国の計画であり、ニクラスはその計画に沿って動いていた。

 見返りは東部一帯。

 帝国はニクラスを東部の筆頭とは認めなかった。

 ならば皇国に認めてもらうまでのこと。

 だからニクラスはこの計画に全力を注いでいた。


「貴様の失態だぞ! ヴァジム! 皇国の特殊部隊が聞いてあきれる!」


 ニクラスはそう言って、黒づくめの男、ヴァジムを叱責した。

 計画のため、皇国は少数精鋭の魔導師や暗殺者で構成された部隊を派遣していた。

 その隊長がヴァジムだった。

 所詮は山賊。彼らを利用するには、彼らを都合よく動かせる力が必要だったからだ。

 ヴァジムの部隊は山賊と共に行動し、山賊団が大きくなるために手を尽くした。


「おいおい、失態というならそっちが先だろ? 男爵にバレたのはそっちだ。こっちは尻ぬぐいで部下を派遣したってのに、あんまりじゃないか?」


 ヴァジムは余裕の表情を崩さない。

 ニクラスにとっては一世一代の賭けだが、ヴァジムにとっては本国から命令された任務でしかない。

 駄目なら本国に帰るだけ。

 元々、これはいくつかある対帝国作戦の一つ。

 成功すれば幸いだし、失敗したとしても皇国には大して痛手はない。

 元々、帝国と皇国は反目しあっている。

 なにより、帝国東部において重要な存在であるニクラスを皇国側に調略できた時点で、皇国にとっては成功といえる。

 東部さえ乱れれば、それでいいからだ。


「いつまでも隠し通すのは無理だと言っておいたはずだ! バレた時用の暗殺者のはず! 矢面に立っているのは私なんだぞ!!」


 ニクラスはそう言って再度、机をたたいた。

 どうしても声を荒げてしまう。

 ヴァジムの態度が原因だった。

 すべてを賭けているニクラスにとって、ヴァジムの態度は看過できなかった。


「こうなったら、味方のフリをして第一皇子を襲うしかあるまい! 手伝ってもらうぞ!」

「それは任せてもらおう。だが、上手くいくか?」

「何もしなければ捕まるだけだ! 子供の証言とはいえ、私は調べられたら言い逃れできないのだからな!」


 微かに震える右手をニクラスは抑える。

 こんなに早くすべてを賭けて戦うことになるとは。

 あくまで水面下で、山賊を支援して、皇国からの援助が十分受けられる状況で裏切るはずだった。

 もはや生き残るには第一皇子をどうにかするしかない。


「討伐軍が来たら、二日持ちこたえろ。なるべく敵の戦力を損耗させてな」

「お安い御用だが、味方のフリなんか通用するか?」

「混乱を避けるため、グリーム男爵の暗殺は山賊の仕業と喧伝されている。警戒はしているだろうが、末端にまで話は伝わっていない。夜の闇に紛れて、味方として接近する。そして……第一皇子を殺すか、捕える。いや、捕えるのが望ましい。そうすれば皇国に逃げることもできるだろう」


 現在、皇国と帝国の間には東部国境守備軍がいる。

 それを突破して皇国に逃げるのは至難の業だが、人質がいれば別だ。


「作戦はわかった。こちらもできる限りのことをしよう」

「死力を尽くせ! 私はすべてを賭けているんだぞ!」

「もちろん尽くすさ。だが、すべてを賭けたのはあんたの判断だ。あまりこっちをあてにせず、自分で道を切り開くんだな」


 そう言ってヴァジムはニヤリと笑いながら姿を消した。

 それを怒りの表情で見送ったニクラスは、これまで以上の力で机を殴りつけるのだった。




■■■




「なかなかの要塞ぶりだな」

 

 ヴィルヘルムは宣言どおり、明後日の朝。山賊の本拠地となっている山の前にいた。

 あちこちに拠点が作られており、柵も置かれていて、登るのは一苦労しそうだ。


「殿下、どうなさいますか? 山賊の中には魔導師もいるという話ですが」


 レーヴェンはヴィルヘルムの傍に控えながら、腰の剣に手をかけた。

 自分が始末するという意思表示だったが、ヴィルヘルムはそれを却下した。


「おそらく皇国から派遣された魔導師だろう。脅威だが、数がいないならどうにかなる。それに――」


 ヴィルヘルムは山の見取り図を見ながら、おもむろにいくつかに円を描き始めた。

 三つの円。

 それを指さしながらヴィルヘルムは告げる。


「効率よく登ってくる敵を迎え撃ちたいなら、魔導師が配置される場所はこの三つのどこか、だ」

「その根拠を伺っても?」

「弓矢と違って、魔法は放った者が消耗する。無駄撃ちは避けたいだろう。そうなると、周りに木々のない開けた場所が望ましい。だからこの三つに絞られる。ここなら登ってくる敵をしっかりと見下ろすことができるからな」


 限られた戦力ならば、効果が最大に発揮されるような場所を配置場所に選ぶ。

 そして。


「戦場で危険な魔導師は二つだ。一つは集団でいる時。もう一つは規格外な場合。後者の場合、どうしようもないが、前者の場合は対策のしようがある。単体での火力は想像の範囲内だからな」


 そう言うとヴィルヘルムは各部隊に伝令を発した。

 そして。


「全軍、攻撃開始!!」


 ヴィルヘルムの号令と共に攻撃が開始されたのだった。


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