第四話
帝国東部。
多くの貴族が領地を持つそこで、真っ先にヴィルヘルムが向かったのはある貴族の下だった。
「殿下に拝謁いたします」
「礼は不要だ。ラインフェルト公爵」
今代のラインフェルト公爵は、やや病弱だが、真摯な人柄で周りから慕われている。
なにより。
「殿下、突然の来訪は山賊についてでしょうか?」
「ユルゲン、黙っていろ。子供が口を出すことではない」
「いや、いい。ユルゲンは聡いな」
父の横に控える少年、ユルゲン・フォン・ラインフェルトに微笑みつつ、ヴィルヘルムは少し申し訳なさそうな表情を見せる。
「というわけで、今日はリーゼはいない。すまないな」
「お構いなく。手紙のやり取りだけで僕は満足です!」
「ユルゲンは素直だな」
父の人柄の良さを受け継ぎつつ、聡明なユルゲンをヴィルヘルムは気に入っていた。
だから、この場にやってきた。
東部での拠点にするためだ。
「ラインフェルト公爵。さっそくだが、ラインフェルト公爵家の騎士たちを貸してほしい」
「殿下のご命令とあれば」
「そして東部の諸侯に伝令を送ってくれ。私自ら、東部の騎士たちを率いて山賊団を討伐する。恐れぬ領主は自ら参戦せよ、と」
「かしこまりました。しかし、突然ですね。陛下からは何も聞かされておりませんが……」
「もちろんだ。なにせ独断だからな」
ラインフェルト公爵の表情が固まる。
いくら第一皇子といえど、皇帝の権力には遠く及ばない。
各地の貴族に動員を促し、軍団を形成するのは反乱と言われてもしかたない。
その片棒を担ぐことに、ラインフェルト公爵は及び腰となった。
「で、殿下……勅命がなければ動けません」
「中央から討伐軍を組織したら、山賊は手段を選ばない。東部の戦力で討伐するべきだ。そのために私は来た。安心しろ。今は勅命ではないが、そのうち勅命で動いたということになる」
「し、しかし……」
ラインフェルト公爵としては皇帝に睨まれたくはなかった。
公爵家とはいえ、ラインフェルト公爵家は新参。
元々、東部に根を張っていたわけでもないため、公爵家でありながら東部の筆頭でもない。
皇帝がその気になれば取り潰しも可能な家なのだ。
けれど。
「殿下。一つ聞いてもよろしいですか?」
「なにかな? ユルゲン」
「真っ先に我が家を頼ってくれたということは、先鋒は我が家の騎士団ということでよろしいでしょうか?」
「ユルゲンは抜け目ないな。ああ、かまわない」
苦笑しながらヴィルヘルムは頷く。
それを見て、ユルゲンは父の方を見た。
「父上、ヴィルヘルム殿下が自ら来た時点で、断る選択肢はありません。参戦せず、山賊討伐が成功すれば、裏切り者扱いですし、参戦せず、山賊討伐が失敗すれば、我々の責任になります。ヴィルヘルム殿下を信頼し、すべてお任せするべきかと」
「はぁ……殿下は困ったお方だ」
「迷惑をかける」
そうは言いつつ、ヴィルヘルムは悪びれた様子はない。
「ベッカー。少し嘘をついてもらうことになる。構わないか?」
「どのような嘘でしょうか?」
「君のご両親は山賊たちの手にかかった。そういうことにしてほしい」
「なるほど……あながち間違ってはいませんし、わかりました」
黒幕はわかっている。
けれど、まずは山賊を討伐することが先決。
そのためには山賊は領主すら手にかける存在だと示したほうが手っ取りはやい。
「では、使者についていき、各領主に山賊の脅威を喧伝してほしい。できるな?」
「お任せください」
「よろしい。では、各自、やることをやるとしよう」
■■■
「殿下、続々と騎士が参戦しています。現時点で四千を超えています」
「四千じゃ少ないな」
レーヴェンの言葉にヴィルヘルムは呟く。
その目は地図に向かっていた。
山賊は山を根城としている。
しかもその山は要塞化されている。
そこにこもる山賊は装備の充実した三千。
基本的に、馬に乗ってあちこちを襲っているが、軍勢が集結していることを知れば、山にこもるだろう。
「騎士の消耗を気にしておいでなら、近衛騎士隊で無力化することも可能です」
「駄目だ。これは東部の貴族の問題であり、それゆえに彼らは集まった。それなのに戦が始まったら近衛騎士ばかり活躍する状況は、彼らのメンツをつぶす。私は号令をかけた身として、彼らを信じて用いる義務がある」
「しかし、この数ではなかなか力攻めは……」
レーヴェンの言葉にヴィルヘルムは頷く。
せめて相手の倍は欲しい。
欲を言えば三倍。
ヴィルヘルムとしては、なるべく近衛騎士を温存したかった。
山賊を倒して終わりというわけではないからだ。
これから参戦してくる騎士の数次第。
それ次第では戦略の見直しが必要になる。
そんな中、いきなり笛が鳴った。
角笛だ。
鳴らしているのは味方。
警戒を伝えるためのものだ。
「報告!! 北西方向より大量の騎馬隊。およそ三千! こちらへ接近中です!」
「山賊か!?」
「詳細は不明です!」
「殿下、どうされますか?」
「笛を止めさせろ。味方だ」
屋敷から遠くを見ていたヴィルヘルムは、先頭を走る少年を見て、フッと微笑む。
そのまま屋敷を出て、ヴィルヘルムはその騎馬隊の出迎えへ出た。
「殿下!」
「良く戻った、ベッカー」
「はい!」
ヴィルヘルムはベッカーを労うと、騎士たちの中から歩み出てきた者たちに目を向けた。
ベッカーが説得に出向いていた小領主たちだ。
その中の一人、ガタイの良い領主が一歩前に出てきた。
「ウルムの領主、フォルカーと申します! 五百の騎士と共に殿下の下に参陣いたしました!」
フォルカーの後に続いて、領主たちが名乗りをあげる。
どれも率いた数は大したことはない。
けれど、それも数が揃えば大きな力となる。
「皆、よく来てくれた。感謝する」
「感謝ならば……グリーム男爵のご次男にされるべきでしょう。領内の安定に固執する我らに、山賊の脅威を説いてくれました。我らは彼の説得でここにおります」
「そうか……長旅ご苦労だった。今日は休んでくれ」
ヴィルヘルムは労いの言葉をかけると、踵を返す。
そんなヴィルヘルムの背に付き従うベッカーに、ヴィルヘルムは声をかけた。
「ベッカー」
「はい」
「よくやった」
ヴィルヘルムはそれだけ言うと、すでに合流している騎士たちの下へ走っていく。
そのまま剣を抜き、高らかに告げた。
「騎士たちよ! 時は満ちた! 我らは明後日! この東部を荒らす山賊を討伐に向かう! 皇帝陛下は国境より急いで帝都へ戻られていることだろう! だが! 帝都に戻る頃には、勝報が帝都に届いている頃だろう! 我らは勝つ! 恐れるな!」
ヴィルヘルムの言葉を受けて、騎士たちは大いに沸いたのだった。