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第三話



「――というわけだ。護衛を頼む、レーヴェン隊長」

「なにが、というわけだ、ですか。そのようなことに俺を巻き込まないでいただきたい」


 帝剣城にて、ヴィルヘルムに呼び出されたのは二十代中盤の近衛騎士。

 第四近衛騎士隊を率いる近衛騎士隊長、ブルーノ・フォン・レーヴェンだった。

 綺麗に整えられた赤髪の青年。

 長身で、どこか苦労人のような雰囲気を感じさせる容姿。

 きっと頼まれたら、嫌々ながら引き受けてくれるだろうという人の良さが溢れていた。

 そんなレーヴェンだからこそ、ヴィルヘルムは護衛を依頼していた。


「第一皇子が護衛もなしに帝都の外に行くわけにはいかない」

「もちろんですが、この一件は陛下か宰相の指示を仰ぐべきです」

「いちいち討伐軍を編成していたら、待ち受ける時間を与えるだけだ。敵の予想を裏切る必要がある」


 そう言ってヴィルヘルムはレーヴェンの前で東部の地図を広げた。

 そして。


「私は内密に東部へ入り、心ある貴族を束ねて、山賊団を打ち倒す。後手に回った以上、現地の戦力で打破することが望ましい」

「言いたいことはわかりますが……東部の主要貴族であるラムブレヒト侯爵が皇国と通じている状況で、殿下を東部に送り届けるというのは……」

「私が行かないなら誰が行く?」


 ヴィルヘルムはポツリと呟いた。

 わざわざ独断で動こうとしているのは、独断で動かなければ自分の策は機能しないからだ。

 宰相に報告すれば、宰相なりに対応するだろう。

 しかし、それでは駄目だとヴィルヘルムは確信していた。


「討伐軍を編成し、名のある将軍が山賊の討伐に向かったならば、敵は東部をできるかぎり荒らしまわる。被害を受けるのは東部の貴族であり、民たちだ。そこに皇国が攻めてくれば、彼らは立ち直る間も与えられず、東部国境守備の支援を命じられる。それでは彼らの心が離れる。敵の狙いはそこにある。だからこそ……私が行く」


 ヴィルヘルムは熱くなるでもなく、しかし、淡々と告げるでもなく。

 努めて平常通りに告げた。

 必要だから行くのだ。

 行きたいから行くわけではない。


「今の帝国に現地の戦力を即興で団結させられるのは、私しかいない。敵地なのは百も承知。しかし、これは反乱だ。早急に鎮めねば、帝国に害を成す。私は――皇子としての責務を果たす。だから近衛騎士隊長として、お前も責務を果たせ。ついてこい、レーヴェン隊長」


 帝国の近衛騎士として考えるならば。

 行かないべきだ。

 なんとしても止めるべきだろう。

 けれど、レーヴェンから出たのはため息だった。


「止めても……無駄なのでしょうね」

「無論だ」

「では、お供するしかありません」

「よろしい。すぐに出るぞ」


 話はまとまった。

 ヴィルヘルムは地図を畳み、自分のポケットに入れる。


「殿下、陛下に命令違反を咎められた場合。部下は守ってくださいね?」

「問題ない。エリクがなんとかしてくれる。それに……結果を出せば父上は文句を言わない」


 そう言ってヴィルヘルムはニヤリと笑うのだった。




■■■




 いきなり出撃準備と命令された第四近衛騎士隊は、疑問に思いつつ、素早く出撃準備を整えた。

 隊長以下、百名の近衛騎士が城の外に集められた。

 そんな彼らの前にヴィルヘルムが現れる。


「良く集まってくれた。我々はこれから東部へ向かう。東部のラムブレヒト侯爵が皇国と通じているという情報が入ったからだ」


 ヴィルヘルムの傍にベッカーが控えていた。

 東部に入ったあとの案内役。そして東部貴族たちへの仲介役。

 ベッカーのやるべきことは多かった。

 それでもベッカーに不安はなかった。

 ヴィルヘルムがきっとやれると言い切ったからだ。

 ただの言葉。

 けれど、ヴィルヘルムの言葉には謎の説得力があった。

 その効果を受けたのはベッカーだけではなかった。


「諸君の中にはそのようなところに、第一皇子である私自らが行くことに不安を感じる者もいるだろう。しかし、私は行く。東部の貴族で誰が味方かはわからない。それでも……帝国を思う貴族たちを束ねるには私が必要だ。だから私は行く。私の隣にいるベッカー・フォン・グリームは、情報をもたらした者だ。彼の父、グリーム男爵は暗殺された。すでに領主まで命を落とす状況であり、予断を許さない。我々の活躍次第で、どこまで戦火が広がるか、それが決まる」


 言葉を一度切ったヴィルヘルムは集まった者たちを見つめる。

 近衛騎士たちはエリートの中のエリートだ。

 皆が国を想い、皇族に忠誠を誓う強者。

 だからこそ。


「いまだ表面化していないだけで、脅威は東部に潜んでいる。我らはそれらを取り除く。諸君らの仕事はもちろん、皇族を守ることだが、本質的には帝国を守ることこそ、その役目だ。東部の脅威は見過ごせない。帝国の中心で磨きぬいた諸君らの武技は、式典用に磨かれたものではない。助けを求める者に手を差し伸べるためのものだ。我らなら助けてくれると、そう信じて頼られた以上、期待には応える! 東部にこれ以上の血を流させるな! 文句は言わせない! ついてこい!」


 まだ十代の皇子。

 独断で動くことに眉を顰める者もいた。

 しかし、国を想う近衛騎士にとって、ヴィルヘルムの言葉は効果的だった。

 困惑はすでにない。

 士気が高揚し、いますぐにでも戦闘ができそうなほどだった。


「往くぞ! 目的地は帝国東部! その地を荒らす山賊を蹴散らし、裏切り者に制裁を加える!」


 そう言ってヴィルヘルムは馬に跨り、先頭を駆けて行ったのだった。




■■■




「聞き間違いですかな? エリク殿下」

「いえ、宰相。聞き間違いではありません」

「では……ヴィルヘルム殿下はすでに出撃した、と?」

「そのとおりです」


 皇帝不在の中、帝国を預かる宰相、フランツはエリクの報告に頭を抱えた。

 皇国は帝国最大の敵だ。

 その皇国が東部の貴族を調略し、山賊と共に暗躍している。

 それは帝国の一大事。

 本来ならば要職に就く者がしっかりと対応する案件だ。

 皇子が独断専行するなど言語道断。

 しかし。


「後手に回った以上、敵の予想を裏切る必要があります。ヴィルヘルムの策は、そういう意味では十分かと」

「あまりに危険です」

「第四近衛騎士隊が傍を固めています。ヴィルヘルムなら問題なく、東部貴族と協力して山賊を討伐するかと」

「ラムブレヒト侯爵が黙ってみていると思いますか?」

「見ているなら、山賊を討伐したあとに捕縛します。介入するならば、相応の報いを受けさせるまでのこと。宰相閣下。ヴィルヘルムの行動に許可を。そして援軍を率いる権限を私にください」


 まだ十代の少年たちが、事後承諾を求めてくる。しかもそれだけでなく、次を見越して権限をよこせとまで言ってくる。

 帝国の未来は明るい、と思いつつ、宰相は胃が痛くなるのを止められなかった。








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