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第二話




「第一皇子……?」


 ベッカーは訝し気にヴィルヘルムを見つめる。

 いきなり皇子と言われても信じられるわけがない。

 なにせベッカーは第一皇子の顔を知らない。皇帝の顔すら知らない。

 田舎の少年だ。

 親切にしたふりをして、騙そうとしている。

 そう判断して、ベッカーは短刀をしまわなかった。

 追手に追われ、命からがら帝都にたどり着いたベッカーは、そう簡単に人を信用しないようになっていた。

 そんなベッカーを見て、ヴィルヘルムは苦笑する。


「信じてくれないか?」

「皇子が俺みたいなやつに手を差し伸べるもんか。それになぜ皇子がこんなところに?」

「お忍びで街に出るのが日課なんだ。民の話には耳を貸す価値がある」


 言いながらヴィルヘルムはフッと微笑んだ。

 他人を安心させるような笑み。

 その笑みに思わずベッカーの気が緩んだ。

 その瞬間。

 ベッカーが手に持っていた短刀は、ヴィルヘルムに奪われていた。


「なっ!?」

「危ないからこれは没収だ」

「だ、騙したな!?」

「騙してない。いつも注意をしているんだが、どうも近衛騎士たちは加減というモノを知らないらしい。私に刃物を向けた者に対して、穏便に対処するということをしてくれないんだ」


 だから奪った。

 ヴィルヘルムがそう告げると同時に、ベッカーは複数の近衛騎士によって囲まれていた。


「拘束、ということでよろしいですね?」

「彼から手を離せ。私が城に招待するんだ」

「殿下への無礼は見逃せません」

「酒を飲み交わした友だ。手を離せ。私は友への無礼を許さない」


 毅然と言い放ったヴィルヘルムの圧に負けて、近衛騎士たちはベッカーから距離を取った。

 そしてヴィルヘルムはベッカーに短刀を返した。


「非礼を詫びよう。追手は奴らだけじゃないはずだ。城へ行かないか?」

「ほ、本当に殿下……?」

「そう言っている。信用できないなら、とりあえず城についてくるといい」


 手招きしながらヴィルヘルムはベッカーを誘う。

 そんなヴィルヘルムを見て、ベッカーは膝をつく。


「ご、ご無礼をお許しください! 皇子殿下! じ、自分は帝国東部に領地を持つグリーム男爵家の次男、ベッカー・フォン・グリームと申します!」

「そうか。よく来てくれた、ベッカー。事情は知らないが、大変だったのはわかる。ついてくるんだ。我らアードラーは頼ってきた臣下を無碍には扱わない」


 そう言うとヴィルヘルムはベッカーに手を差し伸べるのだった。




■■■




 帝剣城。

 皇帝の居城に入るのはなかなかできることじゃない。

 ましてや地方の貴族にとっては夢のまた夢だ。

 そこにベッカーはいた。


「適当に座っていてくれ」


 部屋に案内されたベッカーは、広い部屋に圧倒されていた。

 これほど広い部屋ははじめてみた。

 しかも調度品は皆、質がよい。煌びやかだ。

 自分なんかが座ってよいのだろうか、と椅子にすら遠慮してしまう。

 そんなベッカーを見て、ヴィルヘルムは苦笑した。


「どれだけ汚しても構わない。そのために城に仕える者たちがいるし、物が汚れるのは当然だ。長旅の疲れをいやすために風呂でも入って来いと言いたいけれど、緊急なのだろう?」

「は、はい!」

「それじゃあ座ろう。立ち話は疲れる」


 ヴィルヘルムに促され、ベッカーは恐る恐る椅子に腰かけた。

 久々に警戒せず椅子に座ることができて、強い睡魔に襲われるが、それに耐えて、ベッカーは深く息を吐いた。

 まだ目的を果たしていないからだ。


「殿下……この手紙を陛下に渡していただきたいのです」


 そう言ってベッカーは父から預かった手紙を差し出す。

 血のついたその手紙を見て、ヴィルヘルムは目を細めた。

 だが。


「残念だが、その願いはかなわない」


 ヴィルヘルムが何か言う前に部屋に入ってきた者が、ばっさりとベッカーの願いを斬り捨てた。

 青い髪の少年。

 ヴィルヘルムと同じく帝国の紋章が描かれたマントを羽織っている。


「エリク、言い方を考えろ」

「事実だ」

「まったく……ベッカー。弟のエリクだ」

「第二皇子のエリクだ。急ぎの要件ということだが、現在、皇帝陛下は王国との国境に視察へ出向いている。帰ってくるのはまだ当分先だ」

「そ、そんな……」


 殿下への挨拶。

 それすら忘れて、ベッカーは肩を落とした。

 皇帝に手紙を渡す。 

 それだけを心に決めて、ここまでやってきた。

 それが叶わないと言われて、気持ちが切れてしまったのだ。


「留守を預かる宰相は、多忙だ。手が空くことはないだろう。どんな問題であれ、すぐに対処するのは不可能だ」


 エリクは淡々と告げる。

 事実を積み重ねられ、ベッカーは肩を落とす。

 だが、ヴィルヘルムはそんなベッカーの肩に手を置いた。


「私たちを、除いてな」

「殿下……?」

「本来なら宰相に話を通すべきだが、通してしまったら私たちが事に対処するのは不可能だ。だから、通す前に話を聞こう。もちろん極秘裏にだ」

「やれやれ」


 自分たちならすぐに動ける。

 だからルールを破る。

 そうヴィルヘルムは言っていた。

 帝国の第一皇子と第二皇子。

 自分にとっては雲の上のような人物たちが、わざわざ自分のために動いてくれる。

 そのことにベッカーは涙が浮かんできた。


「感謝します……」

「では、手紙を読んでも?」

「はい……父はその手紙を託して亡くなりました。最後に……ラムブレヒト侯爵が皇国と通じていると言い残して……」


 ラムブレヒト侯爵。

 思った以上に大物の名を聞き、ヴィルヘルムとエリクの顔色が変わる。

 より真剣なものに。

 二人とも大きな陰謀を感じ取ったのだ。


「王国との関係が不鮮明な今。皇国と通じる貴族が出てくるのはまずい。ましてや東部で力を持つラムブレヒト侯爵」

「事実ならすぐに対処しなければならないぞ?」

「とりあえず手紙を読んでみよう」


 そう言ってヴィルヘルムは手紙の封を解いた。

 そこに書かれていた事実にヴィルヘルムは眉を顰め、その手紙をエリクに手渡した。

 エリクは表情を変えず、手紙を読み進めると、ベッカーを一瞥した。


「君はこれを読んだのか?」

「い、いえ……」

「では、読むべきだ」


 そう言ってエリクは手紙をベッカーに渡した。

 そしてベッカーは手紙を読み進めていき、その体を震わせた。


「う、嘘だ……ち、父上が……そんな……」

「その手紙の内容が本当だとしたら……グリーム男爵は騙され、利用された。しかし、それでも帝国の秩序を乱す一手に加担してしまったことになる」


 ヴィルヘルムは目を瞑る。

 手紙に書かれていたのは、ラムブレヒト侯爵とグリーム男爵の策謀についてだった。

 東部には筆頭とよべる大貴族がいない。

 ラムブレヒト侯爵は東部筆頭にのし上がるため、グリーム男爵に話を持ち掛けた。

 内容はラムブレヒト侯爵が軍事力を強化して、東部筆頭の座に上り詰める手伝いをしろ、というものだった。

 しかし、ラムブレヒト侯爵が大々的に軍事力の強化に乗り出せば、ライバルたちが負けじと強化に乗り出す。

 それでは出し抜けない。

 ゆえに軍馬や武具の調達をグリーム男爵に依頼したのだ。

 ラムブレヒト侯爵を信用し、そして将来的にはグリーム男爵家が東部で重要な地位を占めることになるという野心を抑えきれなかったグリーム男爵はその話を了承。

 軍馬や武具の調達に乗り出した。

 周りの貴族には武具を買い替えるため、と説明し、自分の領地では扱いきれないほどの軍馬と武具を購入し、余った部分を侯爵へと流した。

 あくまで侯爵の軍事力を強化するため、と信じて。

 しかし、グリーム男爵は知ってしまった。

 ラムブレヒト侯爵が皇国と通じており、グリーム男爵が手配した軍馬や武具は、すべてラムブレヒト侯爵と裏でつながる山賊団に流れていたことを。

 東部を荒らすことは、東部国境守備軍の背後を脅かすということだ。

 なるべくその脅威は大きいほうがいい。

 山賊団はみるみるうちに強大になった。付近の領主では、とても対抗できないほどに。

 嵌められたと悟ったグリーム男爵は、皇帝にすべてを明かすために手紙を書き、そして始末された。


「どうする? ヴィルヘルム。これは……明確な反乱だぞ?」

「もちろん反乱は鎮圧する。しかし……それをするのは私たちじゃない」


 そう言うとヴィルヘルムは真っすぐベッカーを見つめた。

 そして。


「お父上は命をかけて、この事実を私たちに知らせた。東部のためを思った行動が、東部を害するものだと気づいたからだ。ベッカー、お前はどうする? どうしたい?」

「……父の無念を晴らしたいです……このまま……見過ごすことはできません」

「では、協力してもらおう。私に策がある」


 そう言ってヴィルヘルムはニヤリと笑うのだった。



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