第一話
配信で書いたヴィルヘルムの外伝ですm(__)m
十三年前。
帝国は東西の大国の動きによって、揺れていた。
西には王国、東には皇国。
挟み撃ちにされる形となっている帝国は、どうしても後手となっていた。
そんな帝国の東部。
多くの貴族が治めるこの地は、筆頭と呼べるような貴族が存在しなかった。
大小の貴族が入り混じっており、大貴族が存在しない地域なのだ。
しかし、それでも優劣はつく。
東部の小領主の次男、ベッカー・フォン・グリームは、青みがかった黒髪の少年だった。
年は十六歳。
家は兄が継ぐ。
次男である自分は何ができるのか?
なんとなく流れに任せながら生きていたベッカーだったが、やりたいことがないわけではなかった。
大物になりたい。
漠然とそう思っていた。
何か大きなことをやりたかった。
皇帝になることは無理でも、皇帝の傍で大国である帝国を動かす。
今の帝国に生きる若者は、皆、それを夢見る。
なぜなら現皇帝の傍で辣腕を振るう宰相は、元は平民。宿屋の息子だからだ。
成り上がれる。
それが帝国なのだ。
とはいえ。
「地方小領主の息子じゃ帝都に行く機会もないしな……」
領地の草原で横たわり、ただ流れる雲を見ながらベッカーは呟く。
チャンスはある。しかし、それを掴める場所にいない。
貴族とはいえ、ただの男爵家。
帝都にいる宿屋の息子のほうが、チャンスには近い。
きっと、そのうち軍に入って、軍人として生涯を終えるんだろう。
小領主の次男にはそこまで選択の自由はない。
金でもあれば別だが、グリーム男爵家は貧乏だ。
「やれやれ……」
何か大きく世が乱れてくれれば、出世のチャンスも降ってくるんだが。
埒もないことを考えながら、ベッカーは体を起こす。
最近、家にはいづらい。
家を継ぐ兄がいるグリーム男爵家にとって、ベッカーは邪魔者なのだ。
はやく軍に入れと言われる。
それが嫌で、最近、ベッカーは家には帰りたくなかった。
けれど、腹は減る。
悪友たちの家に泊まるのも迷惑を考えれば、何度もはできない。
仕方ない。家に帰るか。
おもむろに立ち上がり、ベッカーは馬に跨った。
何もない領地だから、馬を走らせることに関してはそれなりの腕前と自負していた。
だから。
向かう先。
自分の屋敷がある方向から煙が上がっているのを見た時。
知らず知らずのうちにベッカーは馬の腹を蹴っていた。
早く早く、と。
ベッカーが屋敷に到着した時。
屋敷は火に包まれていた。
「ベッカー様!? ご無事でしたか!?」
「父上や母上は!? 兄上は!?」
火の手を見つめる家臣に問うと、家臣は視線を伏せた。
まだ屋敷の中にいるのだ、と察したベッカーは近くの井戸から急いで水を汲んだ。
「ベッカー様!? なにをなさるつもりですか!?」
「助けにいく!」
そういうとベッカーは水をかぶり、そのまま屋敷へと単身突入した。
■■■
火は屋敷全体に回り、煙が充満していた。
そんな中、ベッカーは家族を探して屋敷の中を進んでいた。
「父上! 母上! 兄上!!」
居心地は悪かった。
それでも大切な家族だ。
無事だけを祈り、ベッカーは探し回る。
そして。
「父上!?」
倒れる父を見つけた。
どうにか這ってきたのだろう。
床には血の跡がある。
そして腹部には大きな傷があった。
「べ、ベッカーか……?」
「父上!? しっかりしてください!」
「よせ……」
父を担ぎ、運び出そうとするベッカーに対して、ベッカーの父、グリーム男爵はそれを止める。
そのまま、体を震わせながらベッカーに一枚の手紙を渡した。
「これを……陛下に……」
「これは……?」
「ラムブレヒト侯爵は……皇国と通じている……私は……まんまと利用されていた……」
「父上……?」
「行け……グリーム男爵家の者が生きていると知れば……奴らは引き返してくる……」
そういうとグリーム男爵はベッカーを突き飛ばした。
そして最後の力を振り絞り、風の魔法を使う。
一陣の風がベッカーに逃げ道を作り出した。
「許せ……ベッカー……」
「父上!!!!」
屋敷の倒壊が始まり、グリーム男爵もその倒壊に巻き込まれる。
ベッカーはその様子を茫然と見つめたあと、静かに父が作り出した道を走り出したのだった。
■■■
帝都・酒場。
騒がしいそこにフードを被った人物がいた。
「兄ちゃん! 何を飲む!?」
「葡萄酒をくれ。冷えているやつで頼む」
「贅沢だね?」
「臨時収入があってね」
フードの奥で軽くウィンクすると、その人物は金貨を差し出した。
それを見て、酒場の店主は顔を明るくして、上機嫌で告げた。
「冷えた葡萄酒だね! ちょっと待っててくれ! キンキンに冷えた奴を持ってくる!」
「頼むよ」
店主の上機嫌さに苦笑しながら、フードの人物は店で飛び交う話に耳を傾ける。
その大半はたいしたことのない話だ。
この前、犬に嚙まれたとか、最近は戦争ばかりで参るとか。
そんな中、一つの噂話が耳に入ってくる。
「聞いたか? 東部が何やら荒れているらしいぞ?」
「荒れてる? 荒れてるってなんだよ?」
「山賊が暴れてるらしいんだよ。しかも魔導師もいるみたいで、貴族も襲撃されたらしい」
「山賊が? そりゃあ一大事だな。討伐はどこがするんだ?」
「それがなぁ、東部国境守備軍は皇国を警戒して身動きが取れず、周りの領主たちも自分の領地を守ることで精一杯らしい」
「おいおい、それじゃあどうするんだよ?」
「陛下は王国への対応で忙しいからな。皇国が退くまでは放置じゃないか?」
「勘弁してくれよ、東部で商談があるんだが……」
喋っているのは二人とも商人。
一人は他人事のように説明し、一人は近々行われる商談について頭を抱えている。
もう少し詳しく聞きたい。
フードの人物が少しだけそちらに意識を割いた時。
酒場に客が来た。
同じようにフードを被っている。
しかし、薄汚れており、見るからに帝都の外からやってきたことがわかった。
「……」
「お客さん! 冷えた葡萄酒さ!」
「ありがとう」
礼を言いながらフードの人物は葡萄酒を受け取った。
その横の席についた薄汚れた客は、店主に告げる。
「なにか……飲む物を……」
「お客さん、金はあるのかい?」
「……あとで払う……」
「先払いじゃないと困るよ」
飲んだ後に金がないと言われてはかなわない。
そんな様子の店主を見て、フードの人物はコップを二つ用意して、その一つを客に渡した。
「奢りだ」
「……いいのか?」
「同じフードの誼さ」
「感謝する……」
よほど喉が渇いていたんだろう。
勢いよく葡萄酒を飲み干した客は、そのあとに激しく咳き込んだ。
水でも頼んでやるか、とフードの人物が思った時。
酒場の前で人が騒ぎ始めた。
空気が変わる。
何か様子が変だと思った時。
「必ず礼をする! すまん!」
横にいた客は酒場の中へと走っていってしまった。
きっと裏口を使う気なんだろう。
そんなことを思いつつ、フードの人物は表口を振り返った。
黒づくめの男が二人。
酒場の入り口に立っていた。
立ち振る舞いでわかる。
普通じゃない。
「ここに客がきたはずだ。薄汚れたフードの客だ。どこにいった?」
酒場の店主が答えようとした時。
機先をフードの人物が制した。
「知らないなぁ」
「……コップが二つあるが?」
「店主と飲んでたのさ。君らもどうだい?」
「こちらは仕事中だ。言っている意味がわかるか?」
「わからないな」
小馬鹿にしたようにフードの人物が笑う。
黒づくめの男たちは顔を見合わせる。
そして一人が前に出てきた。
「ここは帝都だ。殺しはするな」
「わかっている」
「その立ち振る舞い。おそらく暗殺者かなにかか? なぜ彼を追う? 帝都でも執拗に追うのはなぜだ?」
「どこにいった?」
「質問しているのは〝私〟だ」
黒づくめの男は埒が明かないと判断したのか、右手をフードの人物に伸ばす。
首でも絞めれば吐くだろう。
そんな風に思っていた黒づくめの男は、すぐに天井をみつめることになった。
投げられた。
そのことに気づいたとき。
黒づくめの男は空いている手で隠し持っていた短刀を抜こうとする。
けれど。
「物騒なものはしまってくれ」
「くっ……!」
短刀を抜いた瞬間、蹴り飛ばされてしまう。
そのまま床に組み伏せられる。
刃物を取り出そうとした相手に対しても、フードの人物はいたって冷静だった。
「さて、彼を追う理由を説明してもらおうか?」
「舐めるな! やってしまえ!」
押さえつけられている黒づくめの男は、相方に告げる。
心得たとばかりに相方は短刀を抜き、フードの人物に近づく。
しかし。
「殺さないでくれよ?」
「命乞いか?」
「君らには言ってない」
瞬間。
相方は三人によって取り押さえられた。
酒場の客たちだ。
鮮やかな手際で、黒づくめの男は布をかまされ、自害を封じられる。
手慣れた捕縛だった。
「代わってくれるかな?」
「はっ!」
三人のうちの一人が、フードの人物が取り押さえていた男を代わりに押さえる。
「あとで取り調べをする。連行しておいてくれ」
「かしこまりました」
「私は彼を追う。店主、酒は美味しかったよ。これは騒がせた代だ」
呆気に取られる店主に対して、フードの人物は金貨を数枚差し出す。
そしてさっさと裏口へと向かってしまう。
そんなフードの人物の後ろ姿に対して、護衛をしていた三名が声をかける。
「お待ちください!? 殿下!!」
■■■
「はぁはぁ……」
帝都の路地裏。
まるで迷路のようなそこで、薄汚れた客、ベッカーは荒い息をついていた。
最近、まともに食事もしていない。
とにかく追手を撒きながら、どうにか帝都までこれた。
あとは城へ向かうだけ。
けれど、追手は帝都の中まで入りこんでいる。
「急がないと……」
「急ぐわけを聞いてもいいかい?」
背後からの声。
咄嗟にベッカーは持っていた短刀を引き抜き、それを向ける。
しかし、そこにいたのは酒場で酒を飲ましてくれたフードの人物だった。
「どうやって追いついた……?」
「帝都はよく散歩するんでね。知り尽くしているんだよ」
「そうじゃない。どうやって俺の場所がわかった?」
「別に大したことはないさ。君が熱心に酒を飲んでいる間に、魔法をかけておいた。害はない。追跡用だから」
フードの人物が指を振ると、その指からベッカーの服へと半透明の魔法の糸が見え始めた。
わざと可視化させたのだ。
ただものではない。
ベッカーは舌打ちをして、腰を落とす。
「俺は何としても陛下に会う……邪魔をするなら容赦はしない」
荒んだ眼をベッカーは向ける。
そんなベッカーを見て、フードの人物はフッと笑う。
そしてフードを脱いだ。
金髪碧眼の少年がそこにいた。
見る者を惹きつける不思議な魅力にあふれたその少年は、ニヤリと笑うと告げた。
「私はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・レークス・アードラー。この帝国の第一皇子さ。父に会いたいと言うなら……協力しよう」