side.茜&side.美采
・side.茜
どうして。どうして上手く出来ないんだろ。
結々さんの歌詞を見て、あんなにもイメージが膨らんで。ずっと順調だったのに。
なんでなの。どれも違う気がする。作り直せば、作り直す程、どんどん悪くなっていってる。もう時間がないのに。
やっぱり、私なんかじゃ──
「ッ‼︎」
その時、スマホの通知音が鳴り響いた。
すぐさま確認すると、やはり結々さんからのメッセージだった。
「……っ……」
見るのが怖い。もしかしなくても作曲の事を聞かれる。現状を話せば、間違いなく私は。
「……ぅ……」
でも、それから逃げる事は出来ない。そんな無責任な事をしてはいけない。
恐る恐るメッセージを開くと、今から通話が出来るかと聞かれていた。それに対して『はい。 大丈夫です』と返すと、すぐに電話がかかってきたので応答のボタンをタップした。
『ごめんね。 急に』
「いえ。 どうしたんですか?」
我ながら白々しいと思った。
何を聞かれるのか分かりきっているのに、もしかしたら作曲の事じゃないかもだなんて淡い期待を。
『あのね──』
「はい。 へ──」
*
「あれ」
曇った空、冷たい風におおよそ冬に踏む機会は少ないであろうさらさらな砂の感触。そして、目前に広がる海は見ているだけで身体が凍えてしまいそうだった。
「海だーっ! きゃーっ」
「海デースっ! ひゃーっ」
結々さんとお姉ちゃんはどうしてあんなにも無邪気に波打際を走り回ってるんだろ。夏ならともかく冬の海ってそんなに楽しいものじゃない気が。
「ちょっと結々! 雫! 遊んでないで手伝いなさいよっ!」
「あ。 私やります」
美采さんの元へ駆け寄り、菊花さんとも協力してテントを張る。そして、車から荷物を運び出した。
──結々さん、美采さん、菊花さん、菊花さんの親戚の毱花さん、そしてお姉ちゃんと私。どうしてこのメンバーで冬の海に行く事になったのか。その経緯は分からないけど。今日は一日ここで遊ぶとのこと。
「んじゃ、あたしはここにいるから」
ここまでの運転で疲れている毱花さんは寝袋に入り、ベンチシートに寝転がるとそのまま眠ってしまった。
テントで寝るより車で寝た方がいいんじゃ、と思ったその時。菊花さんが『マリちゃんはこういうの慣れてるから大丈夫』と言った。どうして慣れているのかは少し気になるけど、菊花さんがそう言うならまぁ。
「まずはビーチバレーをしまショー!」
ビーチボールを片手に、にこにこ顔で拳を突き上げるお姉ちゃん。さっき荷物を運んでいる時に必死になってビーチボールを膨らませている姿を見かけたし、今日は動きやすい服にしてと言われていたので何となく察してはいたけど。まさか本当にやるとは──。
「よしっ! じゃ、始めよっか」
伸縮ポール、ホームセンターで買ってきたであろうロープ•ネット等を使い、簡易のバレーボールネットを設置。じゃんけんの結果、結々さんが審判。菊花さんとお姉ちゃん、美采さんと私のチームに別れ、試合をする事に。
「ふふふ。 これが必殺の」
試合はお姉ちゃんのサーブからスタート。自信満々な顔で軽く助走をつけながらトスを上げ、ジャンプ。
そして、そのまま大きく振りかぶって、
「イナズマサーブデスッ‼︎──……れ……?」
ボールはお姉ちゃんの頭にこつんとぶつかり、地面に転がった。私が覚えている限りお姉ちゃんはスポーツが得意じゃなかったのでそうなる気はしていたけど。見事過ぎる空振りだった。
「い、今のは練習デスッ。 大体掴めました!」
そう言ってさっきと同じようにジャンプサーブをするも結果は変わらず、ボールはまた地面に転がった。
最近お姉ちゃんと一緒に朝練をしていて、体力がすごくついてる事に驚き、以前とは別人みたいに感じていたけど。やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままだった。
「な、何故出来ないのデスかぁ……⁉︎」
「しず。 無理せずアンダーでいいよ」
「うぅ……。 デス」
素直にアンダーで打ったお姉ちゃんのサーブはふわふわと弧を描き、こちらのコートへ。それを美采さんが難なくレシーブし、ふわりと上がったボールをトスで返すと、
──バシッ。
ビニール製とは思えない程良い音が鳴り、ボールはお姉ちゃん達のコート内へと突き刺さっていた。
すごい、美采さん。スポーツに詳しくない素人の私でも分かるくらい綺麗で力強いスパイクで、つい見惚れてしまった。
「……くっ……」
あれ。今一瞬菊花さんが怖い顔つきになったような。
「ナイストス」
「あ、ありがとうございます」
「この調子でいきましょ」
「です」
先程の件は一旦忘れ、サーブに集中。学校で習ったように膝を曲げて、ボールを掬い上げるように──何とかサーブは相手コート内へ届き、ほっと一安心。
「いきマスヨ! 秘技、エンジェル•レシィィィブッ‼︎ てゃっ!」
何か叫んでいたのはともかく。お姉ちゃんはレシーブが妙に上手でボールは空高く上がっていった。そして、それは、
「ハッ‼︎」
菊花さんのスパイクで私達のコートへ落とされた。
あまりにも早くて何も見えなかった。あれこそイナズマなんじゃ、と思う程。もしかして菊花さんってバレー経験者だったりするのかな。
「全く、たかが遊びで本気になって。 フ、フフフ」
「み、美采さん?」
「ん? 何かしら?」
「い、いえ。 何も」
どうしてかは分からないけど。突然背筋がゾワっとして美采さんを怖いと感じた。うっかりミスをしようものなら、とんでもない事になるかもしれない。だから、絶対にミスはしないようにしなきゃ──と心がけていたにも関わらず、菊花さんのサーブの勢いがあまりにも強かった為に上手くレシーブ出来ず弾いてしまった。
けど、
「え。 嘘」
美采さんはそれをスパイクして強引に相手コートへねじ込んだ。
「ふふん。 まぁまぁね」
その時の勝ち誇った顔はまさに『神姫命』だった。普段の様子から周りをよく見てる大人、優しいお姉さん、そういうイメージを抱いていたけど。エンジンのついたというか、胸に火が灯ったというか、本気になった美采さんってステージの上と同じでこんなにもかっこいいんだ。
「ひっ」
ギラリとこちらを睨む菊花さん。私のイメージでは菊花さんはクールであまり感情を表に出さないタイプだった。なのに、今は感情を剥き出しで……すごい敵意を感じる……。一体、どうし──あ、もしかして。チラッと美采さんを見ると、彼女の視線の先には菊花さんがいて、あの表情を見れてとても嬉しそうだった。
二人って犬猿的な仲でお互いにライバル視……してるよね、絶対。
「どんまいデス、菊花さん! 次は決めてやりマショー!」
「うん。 絶対、撃ち抜く」
「出来るものならやってみなさいよ」
「あ、あはは……」
のんきなお姉ちゃんは気づいていないのか。分かったうえで楽しんでいるのか。どちらかは分からないけど。とんでもないビーチバレーに巻き込まれちゃったな……──
「本当に良かったのでしょうか?」
「いいのよ。 敗者は勝者に従う。 勝負ってそういうものよ」
「はぁ」
ビーチバレーは僅差で私と美采さんの勝ち。それで罰ゲームとして負けたお姉ちゃんと菊花さんはみんなの分のジュースを買いに行く事になった。だけど、今までにこういう事をした経験がないので何だか悪いような気がしてしまう。
「まぁ、美采の言い分はともかくとして。 そんなに気にしなくても大丈夫だよ」
結々さんにそう言われても、やっぱり引っかかるもの引っかかる訳で……。けど、私が気にし過ぎているのは間違いないと思う。
「それにしても面白い試合だったね」
「で、ですね」
外から見る分には一進一退の面白い試合だったのは紛れもない事実だけど。コート内にいる私からすれば大怪獣の決戦に巻き込まれてしまったようなもので、正直途中から審判の結々さんが羨ましかった。
「お待たせしましたー!」
戻ってきたお姉ちゃんと菊花さんはジュースだけでなく、たこ焼き、焼きそば、お好み焼きも買ってきていた。どうやらジュースを買いに行ったらソースの良い匂いがして、それに釣られて買ってしまったそう。ビーチバレーで激しく動いて、丁度小腹が空いていたから少し嬉しい。
「ささぁ、召し上がれデス〜」
何故か、たこ焼きを勧めてくるお姉ちゃん。よく分からないけど。とりあえず、一つ食べてみると──
「んぐっ⁉︎ ん、んんっ……‼︎」
「ふふ、飲むがいいデス。 楽になりマスヨ」
「んっ、んっ、ぷはぁっ」
お姉ちゃんから受け取った飲料ヨーグルトを勢いよく飲む。そして、口いっぱいに広がっていた辛さが和らいだところで話を聞くと、ロシアンルーレットをする為に店員さんに頼み、激辛たこ焼きを仕込んでもらっていたらしい。
「そういう事は先に言ってよ、もう」
「それではつまらないじゃないデスカ」
「むぅ、卑怯だよ」
「恨むならいきなりハズレを引いた自分を恨んでクダサーイ。 はむ──んぐっ‼︎ んん、んんぅ……ッ‼︎」
「え、お姉ちゃん?」
さっきの口振りからもうハズレはないはずなのに、何故かたこ焼きを食べたお姉ちゃんは苦悶に満ちた顔へ変わってしまった。すぐさま手に持っていた飲料ヨーグルトを渡すと、お姉ちゃんは一気に飲み干し、生気のない顔で空を見上げながら『死ぬかと思いました……』と呟いた。
「あっはは。 ハズレがもう一個入ってただなんて雫もツイてないね。 はむ──んぐっ⁉︎ んひゃっ‼︎ か、かぁーあぁー、らぁーっ‼︎‼︎」
結々さんもお姉ちゃんと同じ轍を踏んでしまった。
あれ、これもしかして……店員さんが話を聞き間違えて全部激辛たこ焼きなんじゃ。
「…………」
「…………」
恐らくそれを察したであろう美采さん、菊花さんの手は完全に止まっていた。残りのたこ焼きは三つ、手違いとはいえこのまま食べないのはすごく申し訳ない。かといって、進んで激辛たこ焼きを食べる勇気もなくて……。
「ちょっと、どうするのよこれ。 貴方にも責任があると思うのだけれど」
「これは……マリちゃんなら喜んで食べるよ。 多分」
「ッ‼︎ あ、あの、私食べますっ! はむっ」
「なっ、別に無理しなくても」
「茜。 これ飲んで」
「あれ。 辛くない。 普通のたこ焼きです」
「え。 そ、そうなの」
「じゃあ、たまたま二つ余分にハズレが入ってたんだ」
美采さんと菊花さんは私の反応を見て安心し、ほぼ同時にたこ焼きを食べた。すると、二人の顔は瞬く間に苦痛に歪んでいった。
「……あ……」
とんだ思い違いをしてしまった。このロシアンルーレット、間違ってハズレが増えていた訳じゃなくて、元々一人しか助からないようになってたんだ。
「ぷ、あは、あははは! 私達、みんな激辛たこ焼き食べちゃいましたね」
どうしてだろう。五人みんなで激辛たこ焼き食べてしまった事が本当におかしくて、楽しくて仕方なかった。
──それからスイカの代わりにビーチボールを使ったスイカ割り……いや、ビーチボール叩きをしたり。結々さんが作ってきてくれたお弁当を食べたり。近くの岩礁を散策したり。毱花さんにダンスの稽古をつけてもらったりと、充実した時間を過ごす事が出来た。
すっかり日が沈み、テントや荷物は全て車に積み込み、いつでも帰れるのにまだ帰らず。突然どこかへいなくなってしまった毱花さんを除く五人で砂浜に座り込んでいた。
「あの、結々さん。 聞きたい事があるんですけど。 いいですか?」
「ん? 何かな?」
「その……どうして、今日は……」
「あ! 一番星!」
「へ」
つい空を見上げると、真っ暗で何も見えなかった。
「って言えたら良かったんだけどね。 んー、夜には晴れるって予報だったのになぁ」
「え。 えーと」
「ここ、星が綺麗なんだって。 だから、みんなで見たかったんだよね」
「そう。 だったんですね」
「んふふ。 なら、こういうのはどうだい?」
振り向くと、いつの間にか戻っていた毱花さんが手持ち花火セットを片手に、にっこり笑っていた。
「にひっ。 そこに売ってたから買ってきちゃった」
「マリちゃんにしては気が利くね」
「ぜひやりまショー!」
「ま、いいんじゃない」
「うん。 やろう、やろう! ね、茜ちゃん」
「結々さん。 はい、やりましょう──」
*
──海からの帰り道。運悪く交通渋滞に遭ってしまい、その結果終電を逃してしまった。毱花さんは家まで直接送ろうかと言ってくれたけど。夜も遅く、これ以上お世話になるのは心苦しい。そう思っていた時、美采さんの厚意でお姉ちゃんと一緒に彼女の家にお泊まりさせてもらう事になった。
「ほら、雫。 立って。 そんな汗まみれで寝ないで」
「うー、レぇす」
「はぁ。 茜。 悪いけど、雫と一緒にシャワーに入ってもらっていいかしら?」
「です。 ほら、いこ。 お姉ちゃん」
ほぼ意識のないお姉ちゃんの背中に手を回し、途中で転ばないように支えながらシャワーへ──。
「すぅ……すぅ……」
お姉ちゃんの身体を洗うのも、着替えさせるのも大変だったけど。どちらも何とか済ませ、リビングのソファーへ寝かせるとすぐに寝息を立てた。その様子はまさに遊び疲れた無邪気な子ども……いや、一日ずっとはしゃいでいたし、前日からも今日の事を楽しみにしていたし、比喩ではなく文字通りそうだった。
あんなにも楽しそうなお姉ちゃんを見れて、
「じゃあ、私はシャワーを浴びてくるから。 あとはよろしくね」
「で、ですっ!」
美采さんはシャワーへ向かい、お姉ちゃんは眠ってしまったのでリビングは実質私一人になってしまった。
「……ぅ……」
ソワソワする。この広い部屋で一人だと心細いのもあるけど。一番の理由は、この服。美采さんから借りた白陽のジャージのせい。
多分、学年毎に微妙にデザインが違うはずだから全く同じものを着る事はない。でも、来年の春からはこの校章の入ったジャージを着ている。結々さん達のいる学校に通って、一緒に……していると……思うと……。
「んぅ」
ジャージの袖の匂いを嗅いでみると、ほんの少しだけ白陽の校舎の匂いがする。そんな気がしたけど、きっとそれはただの気のせい。
「ンッ‼︎‼︎」
突然のインターホンに心臓が飛び跳ねる。
慌ててモニターを確認すると、インターホンを鳴らしたのは──すぐさま玄関に向かい、ドアを開け、結々さんを迎え入れた。
「結々さん一人ですか?」
「あー、菊花は家に帰ったらやっぱり出るのが面倒になっちゃったみたいで。 明日、起きたら来るって」
結々さんがどうせならみんなでお泊まり会をしたいと持ちかけ、家が近い二人は一旦帰ってから合流する話になっていたけども。別に家が近いならわざわざ泊まらなくてもいいし、集まってもこの後寝るだけなら。
「まぁ、そうなりますよね」
「残念だけど。 みんなでお泊まり会はまた今度だね」
あ。また今度でもするのは絶対なんだ。
「雫。 もう寝ちゃったんだね」
「です。 だいぶ疲れてたみたいで」
「ふふ。 そっか」
ソファーでぐっすり眠るお姉ちゃんの顔を覗き込む結々さん。その顔はすごく優しい。まるでお母さんみたい。
「そういえば、美采は?」
「え、えと。 さっきシャワーを浴びてくると」
「なら、もう少し起きてないとね」
結々さんは荷物を置くと、美采さんが用意してくれていたマットレスに座り込んだ。なので、私もその隣へ。
「結々さん。 今日はありがとうございました」
「こっちこそ急だったのに。 ありがとうね」
「…………。 ごめんなさい、気を使わせてしまって」
「茜ちゃん、今日楽しかった? 私はすごく楽しかったよ」
「私も。 楽しかったです」
「今ならきっと良い歌詞が書けるよ」
「歌詞を。 それって……私は……」
「へ。 あ、違う違う! 茜ちゃんに送ったやつを書き直そうと思ってて!」
「え。 どうして」
「えーと、端的に言うと。 その。 き、今日! 今日楽しく遊んでもっとこう、私達にもっとピッタリな歌詞があるんじゃないかなって! あは、あははは」
「結々さん」
「だから、ほんの少し待っててくれるかな?」
「……私も。 私も一から作り直します! 結々さんと同じで、みんなの事もっと分かって。 私達にピッタリなもの、見えたので」
「そっか。 じゃあ、お互いに頑張ろう!」
「です──」
* * *
•side.美采
『お互いに頑張ろう!』
『です』
結々がどこまで考えていたのか。
それは分からないけれど。丸く収まったのなら。
「あら、貴方一人なのね」
「あ、美采。 菊花はやっぱり面倒になっちゃったみたいで」
「まぁ、別にいいわよ。 それより二人とも夜更かしせず早く寝る事ね」
「えー。 美采のこと待ってたのに」
「いいからさっさと寝なさい──」
リビングを後にして寝室へ行き、スマホを確認すると一件のメッセージが届いていたので、仕方なく返信してからベッドに入った。
『茜はどう?』
『気になるなら貴方もこっちに来てタヌキ寝入りでもすれば良かったじゃない。 バカ』




