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Star trail.  作者: メロ
encore episode.
38/43

track 2.(side.茜)

手を伸ばせば届く

誰だって

この手を 伸ばし続ければ

「はい。 失礼します──はぁ」

 金曜日の放課後。職員室を出てすぐ、窓から入ってくる黄金色の夕陽を浴びた瞬間に大きなため息が溢れた。

 先程担任の先生が言ったこと、クレスウェルさんは優秀だから心配はしていない。それが胸に深く突き刺さっている。

 学校では勉強が出来れば誰でも優秀な子扱い。そして、それ故によっぽどの事でなければ多少の問題は大目に見てもらえる。

 それは暗黙の階級制度と言っても過言ではなく、身も蓋もない話。だけど、そう思いながらも私はその特権を存分に利用し、未だに進路を決めていなくても放課後に少し話す程度で許してもらっていた。

「うげっ⁉︎ 茜さん、もしかしてもう?」

 教室に戻り、私と同じように居残りを命じられていたクラスメイト──金田さんの問いに『うん』と答えると、彼女の顔は瞬く間に絶望に染まってしまった。

「次、頑張ってね」

「……ゔー……ありがと……」

 彼女が教室を後にした瞬間、胸がきゅうっと苦しくなる。

 もし勉強が出来なくて今みたいに悩んでいたらどんな事を言われていたんだろう。想像しただけでゾッとした。




 ──今はやりたい事も、進みたい道もはっきりと見えている。

 それなのにいつまでもウジウジと悩んでいる。そんな事したって意味がないのも分かっているのに、私は弱いから一歩も動けないでいた。




「おかえりなさい!」

 帰宅し、リビングに入ると──何故か私服姿の結々さんがとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。それが予想外かつあまりにもタイムリーだったので心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思う程、ドキッとした。

「たっ、ただいま、です。 あの、どうして結々さんが?」

「雫にね『今日はマムがいないんデス!』って聞いたからお泊まりに来ちゃった」

 妙に楽しそうな裏声でお姉ちゃんの真似をした事には触れず。どうしてキッチンで料理をしているのか気になったので尋ねたところ。お姉ちゃんがオムライスを食べたいと言ったらしく、それで作っているとのことだった。

「すみません。 お姉ちゃんがワガママを言ったみたいで」

「え、違う違う違う! 私が好きでやってるんだよ! だから、気にしないで」

「……ところで、お姉ちゃんは?」

「雫ならお風呂掃除に行ってて。 多分そろそろ戻ってくるんじゃないかな」


 結々さんの言った通り。お姉ちゃんはすぐに戻ってきたので入れ替わるように自室へ戻り、部屋着に着替える。そして、そのまましばらく自室で過ごし、お姉ちゃんに呼ばれ食卓へ向かうと──。


「これを結々さんが」

 バターの良い香りがするふわとろのオムライス、マッシュポテトにサラダ。キャベツとベーコンが入っているこの白いスープの正式名称は分からないけど。どれもすごくおいしそうで、ただただすごいと思った。

 お姉ちゃんから結々さんは料理が上手だと何度も聞かされていたけど。想像を遥かに超えていて、お腹が早く食べたいと暴れ回っているような気さえした。

「いただき、ます」

 オムライスを一口食べると、

「ん! はむ」

 自然と二口目を食べていた。

「あ、その。 おいしいです。 すごく」

 文字通り思い出したように感想を言うと、正面に座っている結々さんは『良かった』と微笑んでくれたので、つい隣のお姉ちゃんを横目でじーっと見てしまう。

 いいなぁ、お姉ちゃんは。結々さんにお弁当やおむすびを作ってもらったりしてて。

 そう目で訴えかけずにはいられなかった。

「ん? どうかしましたか?」

「別に」

 私も白陽に入れば、たまには結々さんの手料理を食べれたりするのかな。いや、流石にそれは不純過ぎる。



 *



「……ん……」

 湯船に浸かる前に手を入れて温度を確認する。

 先にお姉ちゃんと結々さんに入ってもらったおかげで丁度いいぬるさになっていたので、そのまま湯船に入り、浴槽に背中を預けて一息つく。

「バカ」

 さっきはついあんな事を考えてしまったけど。結々さんの手料理を抜きにしても白陽に通いたい気持ちはある。

 文化祭での白陽の生徒はみんな活き活きしてて、少し話させてもらった先生方の雰囲気も良かった。それにホームページを見たところ校風も良くて過ごしやすそうだったし、古い木造校舎の匂いもちょっと好きになったし、制服がかわいいのもなくは。

「……はぁ……」

 確かに、それらも白陽に惹かれる理由には違いない。でも、一番の理由は──やっぱり、お姉ちゃんと結々さん、菊花さん、美采さん。みんながいる『A’Ste×ride(アステライド).』、その輪の中に憧れているから。

 あの日、文化祭のステージを見てからずっと目に焼きついて離れないあのキラキラした笑顔。みんながあの曲、『君を呼ぶ(call you.)』を歌ってくれたのが本当に嬉しくて、また結々さんと協力して曲を作りたいと思ってる。

 そして、


 ──ブクブクブクブク、ブクブクブック。ブクブクブ……ブクブク……。


 口元を湯船につけ、息を吐く。もちろん、それはこの気持ちをまだ言葉にする自信がないから。

「……っ、はぁ……」

 あくまで私は協力しただけで、まだ見ている側。

 あの輪の中に入りたいなら、覚悟を決めて一歩踏み出す。それだけでいい。たったそれだけで。

 でも、


『やりたいことを見つけれたから結果オーライかな』


 私もそんな風に思えるくらい強かったら良かったのに。



 *



 お風呂から上がり、自室に戻ってスマホを開くとSNSのメッセージが届いていた。すぐさま確認すると、送り主は相互フォローをしているノッポさんだった。

『今さらながら新曲聴かせていただきました。 初の共同制作、お疲れ様でした。 しばらく受験勉強で活動を休止すると聞いていたので、新曲を聴けた事がいつも以上に嬉しかったです。 今回もとても良かったです』

 いつもノッポさんは感想と一緒にイラストも送ってきてくれる。本人曰く、曲から得たイメージをそのまま形にしたもの。だから、絵柄は毎回違う。

 今回は色んな色が入り乱れ、小さな少女が不可思議な世界に迷い込むというのか、何というか……アートな感じなので私にはよく分からない。だけど、恐らく歌詞の解釈を散りばめてくれたであろう細部のこだわりから曲を聴き込んでくれた事は伝わってきた。

『感想と素敵なイラスト、ありがとうございます。 すごく嬉しいです』

 私の返信も人の事は言えない。だけど、ノッポさんとのやり取りはこの感じ──近過ぎず、遠過ぎずが落ち着く。


 ──コン、コン、コン。


 ノックの音が聞こえ、それに対して『どうぞ』と返すと半分程ドアが開き、その隙間からお姉ちゃんが顔を覗かせた。そして、何かを企んでるかのような意味深な表情で一緒に映画を見ないかと誘ってきた。

 時刻は八時過ぎ。いつもはこの時間帯に勉強をしているので、そうするつもりだったけど。今日は結々さんがいるので話は別。お姉ちゃんの誘いを受ける事にした。




 お姉ちゃんの部屋で見るのかと思いきや今日はマムが不在で、映画を見るならテレビは大きい方がいいとの事で。リビングで見る事になった。

「ッ‼︎ あ、茜ちゃん。 ごめんね、勉強中に」

「いえ。 息抜きも必要なので大丈夫です」

「そう? なら、良かったぁ。 あはは」

 リビングに入った時、結々さんの様子が少し変な気がしたけど。特に気に留めずソファーへ座る。

「ふふー。 楽しみデスネー」

 私の左隣には結々さん、その隣にはお姉ちゃんと。私達姉妹で結々さんを挟み、映画の観賞会をスタート。

 今から見る『i's(アイズ)』は昔の映画だけど。SNSではようやく配信が解禁されたと話題になっていた。

 話の大まかな流れは、事故で最愛の息子を亡くした科学者の母親が息子のクローンを作り、幸せだったあの頃を取り戻そうとするもの。内容自体は然程珍しくはないけど。演出がとてもエグいそうで一部の地域では放映が禁止される程だったとか。でも、結末自体はとても良いらしく、ネットには『絶対に見て損はない』という感想が溢れていたのでちょっと楽しみ。


 ──なんて思っていた時が懐かしい。


 幸せな親子の描写から入り、突然の別れ。それを受け入れられない母親は秘密裏に息子の脳を摘出し、クローンを生み出す事を決意。

 危ない橋を何度も渡り、多くの犠牲を払ってようやく息子のクローンを生み出した母親はこれで元通りになると思っていた。しかし、あくまでクローンはクローン。本物じゃない。母親はクローンと息子の齟齬に戸惑い、より本物に近づけようと本当の息子の脳から記憶を抜き取り、それをクローンにダウンロードした。

 しかし、それはさらなる悲劇の始まりで……。

 デタラメで都合のいい設定ばかりでフィクションだと鼻で笑うのは簡単だけれど。俳優さんの演技、カメラワーク、映像の演出等、真に迫るものがあり、嘘と分かっているのに本当かもしれない。そんな奇妙な感覚に襲われ、さらに濃度の高い人間の業のようなものまで伝わってきて、すごく怖くなってきた。

 しかし、今さら怖くて見るのをやめたいなんて言えないし、続きも気になるし……こういう時……て……。

「ッ‼︎」

 その時、ギュッと左手を握ってもらえた。

 恐る恐る隣に目をやると、握ってくれていたのは当然結々さん。私の不安がバレてしまったのかと思った。だけど、そうじゃなくて──二人とも大惨事だった。

 瞳が潤み、か弱い小動物のように身を寄せ合い、怯えるお姉ちゃんと結々さん。どうやらこの手はそれだけではまだ安心出来なかったからみたいだった。

「……ふふ……」

 つい口元が緩んでしまった。

 お姉ちゃんが話してくれた事と私の見てきた姿から結々さんは何でも出来て前向きな完璧超人のように感じていた。でも、そんな事はなくて結々さんにも普通な一面がある。それを知れて何故かホッとした。


 ──しかし、そんな風にほっこりしていたのも束の間で……。


『ねぇ、ママ変だよ。 ボクの中に知らない子がいるよ。 ねぇ、ママ。 なんで。 こんな。 ねぇ。 ボクは、いらない子なの?』


 画面の凄惨な光景を前に身体が震える。悲鳴を上げてしまいそうだったのを何とか堪え、結々さんの手をギュッと握り返す。

 お姉ちゃん程じゃないけど。私もほんの少しだけ隣に身を寄せた。




「ま、まぁまぁ、デシタネ」

「そ、そだね」

「すごく良かったです」

 中盤以降は親子の関係が拗れに拗れて、クローンの精神が崩壊寸前になってしまい、母親も最悪の結末を覚悟する程の絶望的な展開。こんなのどうやってもバッドエンドにしかならないとヒヤヒヤしたけど。終盤のまさかのどんでん返しから親子三人での幸せの形を見つけ、そこから良い意味で期待を裏切る事なく前評判通りのハッピーエンド。確かにこれは『絶対に見て損はない』。いや、『見ると豊かになれる』良い作品だった。

「あ。 ご、ごめんね! えっと。 あはは」

「い、いえ。 こちらこそ。 その。 はい」

 サッと離した手はまだじんわり暖かい。

 途中から映画に夢中になってたからうっかり忘れていたけど。ずっと結々さんと手を握ったままだった。我ながら何てマヌケな事を……。

「ほほー。 あかねはよっぽど怖かったのデスネ」

「むぅ。 お姉ちゃんだって結々さんにべったりくっついてたくせに」

「うぎっ⁉︎ な、何故それを⁉︎」 

「見たから」

「うっ。 あ、あれは。 その。 そういう訳では」

「もうほんっとに怖かったよね。 私なんか怖過ぎて途中から映画のこと忘れちゃってたし。 あはは」

「怖かったのは。 同感です」

「デス。 うぅ、夢に出てきたらどうシマショウ……」

「だよね。 じゃあさ、その……今夜はみんなで一緒に寝ない?──」



 *



「……ん……?」

 朝早くに目を覚ますと、結々さんが寝ているはずの布団が綺麗に畳まれていた。もしかしてお姉ちゃんも、と思いベッドに目をやると。

「クゥ……クゥ……」

 そんな事はなく、すごく幸せそうな顔でぐっすりと眠っていた。

「どこ、行ったんだろ」

 最初はお手洗いもしくは水でも飲みに行ったのかもしれないと思った。けど、それなら布団を畳む必要はないから違う。

 どうしても気になったのでお姉ちゃんの部屋を出て一階に降りると、玄関で今まさに外へ出て行こうとしている結々さんと鉢合わせた。

「ごめん。 起こしちゃった?」

「いえ。 結々さん、その格好」

 恐らくそのトレーニングウェアはいつも部活の時に着ているもの。

「ついいつものクセで目が覚めちゃって。 ちょっと走ろうかなって」

「あの、少し待っててもらえませんか? 私も一緒に行きたいです」

 それは頭で考えるよりも先に口が動いていた。

 すぐさま自室に戻り、慌てて学校のジャージに着替え、急いで向かう。玄関で待ってくれている結々さんの元へ──



「はぁ……はぁ……。 うぅ、ごめんなさい」

 自分から一緒にランニングをしたいと申し出ておきながら、ほんの十分でダウンし、公園のベンチで休憩する事になってしまった。私は普段から運動をしていないし、結々さんについていける訳がないのは初めから分かっていたのに……。

「ううん、大丈夫だよ。 単に落ち着かないから走ろうと思っただけだし、こういうのもちょっと懐かしいしね──」

 どうしてそう思うのか尋ねたら、結々さんは笑顔でお姉ちゃんの話をしてくれた。一緒に同好会を始めた頃は全然体力がなかったこと。それでも諦めず、笑顔を絶やさないで努力し続けたこと。そして、最高のパートナーになってくれたこと。

 その話を聞いて、やっぱりお姉ちゃんはすごいと思った。あの時も、一人で立ち上がっていたし。

「私もお姉ちゃんみたいに頑張れたら良かったんですけどね」

「そう? 私は大丈夫だと思うけどな」

「え。 大丈夫って」

「さ、休憩おしまい! いこっ!」

「わわっ」


 ──結々さんに手を取られ、再び走り出す。


「あ、あの」

「大丈夫! 何度休憩してもまた走り出せばいいんだよ」

「ッ‼︎ ……結々さん……」


 一歩を踏み出すってこういう事なんだ。

 強い、弱いじゃなくて。

 つまづいてもいい。休んでもいい。少しずつでもいい。

 ただ求める明日みらいに向かって前へ。



 私は──。



 *



「本当にいいの? 貴方の成績ならもっと上の学校も狙えるのに」

「はい。 白陽でどうしてもやりたい事があるので」

「そう。 分かりました」

「ありがとうございます。 それでは失礼します」

 週明けの月曜日。朝の職員室を後にして、教室へ戻る。

 ようやく肩の荷を下ろせたおかげか、廊下を進む足が軽い。あまりにも軽くて、今ならどこへだって飛んでいけそうな気がする──今日帰ったらすぐ結々さんに連絡しよう。もう一歩、踏み出す為に。




 To be continued.

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