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Star trail.  作者: メロ
encore episode.
37/43

track 1.(side.美采)

目を離さないで


あらゆる暗闇を退け照らす まばゆい星の光を


その名は「しるべ

「ただいま」

 玄関を開け、中に入ってもそこに広がるのは真っ暗な闇だけ。当然返事はなかった。

 別に一人暮らしを始めた事を後悔している訳じゃない。ただ家に帰っても誰もいないと、こんなにも虚しい気持ちになるとは思ってもみなかったし、未だに慣れない。

 電気をつけるのも億劫でスマホのライトで照らそうと鞄から取り出した時、何件かメッセージが入っている事に気づいた。でも、それは仕事ではなくプライベートのものだったので返事は後回しにして寝室へと向かう。

「……はぁ……」

 着替えを取りに来たはずが寝室に着くや否やベッドに倒れ込んでしまい、すぐに瞼が重くなった。でも、そのまま眠るのは絶対に嫌なので何とか身体を起こし、着替えを持ってお風呂場へ。

「…………」

 暖かいシャワーを浴びていると、ついこのまま眠ってもいいかもしれないと思ってしまう。どうせ明日は休み、だし──

「…………。 …………。 ……ッ、あーもう」

 外はもう長袖でなければ過ごせない程寒い季節。うっかりお風呂場で寝落ちして風邪を引きました、なんて笑い話にもならない。

 両頬を力いっぱい叩く。

 シャキッとしなさい、巳樹みき美采みこと。私はこの程度でつまづいたりしない。"神姫みきみこと"はそんなにヤワじゃないでしょ。



 *



 気がつくとリビングにいた。

『あ、おはよー! みこと!』

 お姉ちゃん? なんで、お姉ちゃんがここに……。あぁ、夢か。そうでなければ、お姉ちゃんが私の前に現れるはずがない。

 けど、

『今日も最っ高にかわいいよぉ〜!』

 ぎゅっと私を抱きしめる温もりが。この感触が。お日様のような優しい匂いが。心が言っている。例え、夢であろうと目の前にいるのは紛れもなく私のお姉ちゃんだと。

『最近お疲れみたいだね』

 別に、疲れてなんか。

『んふふ。 お姉ちゃんにはお見通しだぞ〜』

 うん。仕事も、レッスンも増えてちょっと疲れてる。

 でも、

『ほら、座って。 座って』

 え。ちょ、お姉ちゃん、何を。

『ちょっと待っててね。 すぐ出来るから』

 私を強引にリビングの椅子に座らせると、お姉ちゃんはキッチンへ立った。それは幼い頃に何度も隣で見ていた姿。そして、もう見る事の出来ない光景。

『ふー、ふー、ふふふーん』

 笑顔で料理をするお姉ちゃんをただ見ている事しか出来なかった。本当はその隣に立って、一緒に作りたいのに。

 夢だと自覚しているせいか、私には現実の記憶がある。私は冷たくなってしまったお姉ちゃんを知っている。あの冷たさは食材と同じで、まだ乗り越えれていない。だから、私はお姉ちゃんと一緒に料理をする事が。

『ラ、ラララー』

 突然お姉ちゃんは歌い出し、その歌声で胸が熱くなっていく。

 本当に気の利いた夢だ。私の願いをこうも的確に突いてくるとは。

 今ならお姉ちゃんの隣に立ち、一緒に歌える。ずっと望んでいた願いを叶えられる──けど、やめておく。

 もう一度お姉ちゃんと一緒に歌うのはステージの上。ここじゃない。

 そして、それを叶えられるのはきっと彼女だけなのだから。


「ありがとう。 お姉ちゃん」



 *



「──んぅ」

 良い匂いがする。おまけにキッチンから何かを焼いているような音も。

「……一体、誰が……」

 瞼が重く、出来れば身体を起こしたくはなかった。しかし、部屋に私以外の人間がいる以上、このまま悠長にソファーで横になっている訳にはいかない。なので、疲れの抜け切っていない身体を無理矢理起こし、キッチンへ目をやると。

「あ、起きたんだ。 おっはよー、美采!」

 何故かそこにはエプロン姿の宇佐美結々がいた。しかも、いつもより二割増しぐらいの眩しい笑顔で。

 どうして彼女がさも当たり前のように私の家にいるのか。まだ少しボーッとする頭で考え、導き出された答えは。

「あぁ、不法侵入」

「なっ⁉︎ 違うよ! ちゃんと美采が入れてくれたんだからね」

「私が? 貴方を?」

 そんなはずはない──と思ったけど、言われてみればそうだったような気が……。朝から電話がかかってきたからテキトーに返事をして、しばらくしたらインターホンが鳴って、一々相手をするのも面倒で中に入れて……。

 はぁ、と大きなため息が出た。

「ちょっと、貴方何しに来たのよ。 事と次第によっては」

 ソファーから立ち上がり、キッチンへ向かう。そして、結々を問い詰めようとしたその時、目を疑った。

「どうして、チャーハンを」

「朝ごはん、まだなんでしょ?」

「そうじゃなくて」

「好きなんだよね。 チャーハン」

「それは、そうだけど」

「ほら、冷めないうちに食べようよ」

「……そうね──」




 テーブルに着き、出来立てほかほかのあんかけチャーハンに『ふぅー』と息をかけてから口へと運ぶ。

「あむ。 ん、おいしい」

 ついうっかり口にしてしまった本音。『しまったッ⁉︎』と思った時にはすでに手遅れで、対面に座っている結々は嬉しい気持ちを微塵も隠す気のないユルユルな顔になっていた。

「でしょ〜。 まぁ、教えてもらったレシピ通りに作っただけなんだけどねぇ。 美采が素直に褒めてくれて嬉しいよ」

「バカ。 素直には余計よ」

「えぇー。 でも、前作った時は」

「早く食べないと冷めるんじゃなかったかしら」

「はーい」

 結々から目を逸らし、余りもので作ったであろう中華スープを飲む。やはりそちらもおいしくて……相変わらず彼女は料理が上手だと思った。

「で、何しに来たのよ。 あむ」

「その、この間ね。 同好会のことでちょっとした問題が起きちゃって。 はむ。 あのね──」



 アイドル同好会の活動は大きく分けて三つある。

 一つはめは言うまでもないけど。SNS•動画配信や歌の投稿、学校行事でのライブ等のいわゆるアイドル的活動。

 二つめは応援団としての活動。まぁ、これは単にお人好しの結々が運動部の応援を引き受けてくるだけで正式なものではない。

 そして、三つめは地域への貢献活動。やはり、学校でアイドル活動をするだけでは世間体があまり良くない。そこで街の清掃活動やイベントの手伝い等をして、少しでも世間体を良くするために学校側から義務付けられたもの。と、表向きはそうなっているけれど。結局のところは運動部の応援と同じ。結々の人間性によるもので喜んで引き受けている。

 その同好会で問題が起きたとなると余程の事があったに違いない。何せ休みの日の朝から私の家へ押しかけてきたのだから。

 しかし、



「は? グループ名」

「うん。 まだ決めてなかったなぁって」

 私は仕事の都合で参加出来ていなかったけど。先日、結々達は近所の幼稚園に頼まれて歌を披露しに行っていた。それ自体は何の問題もなく無事に終えれたそうだが、その時に子ども達にグループ名を聞かれて困ったとのこと。

 だから、今になって決めようと……まさか、その相談の為に朝から来るなんて……。

「一応、聞くのだけれど。 必要なの?」

「名は体を表すって言うし。 それに名前がないのは、寂しいなって」

「はぁ、だからってわざわざ私に相談しなくても。 あむ」

「そういうわけにはいかないよっ! だって、私達のグループなんだよっ! みんなで考えなきゃ!」

「んぐっ」

 口からチャーハンを噴き出さないようグッとこらえる。

 危なかった。突然身を乗り出して大声でそんな事を言うものだから、結々をご飯粒まみれにしてしまうところだった。全く、『私達、みんな』って。

 とりあえずお茶を飲み、一旦気持ちを落ち着けてから話を再開する。

「大袈裟なのよ、バカ」

「うっ、ごめん」

「……で、どんな感じなの?」

「え」

「雫や菊花ともう話し合ったんでしょ、グループ名のこと。 その時どんな案が出たのかって聞いてるのよ」

「まだだけど」

「は?」

「えーと。 今日ね、みんなで話し合って決めるつもりで」

「……は? 今日。 みんなで。 それってまさか」

「うん、あとから雫達も来るよ。 一応、メッセも送ってて。 その、電話でも言ったんだけど」

 申し訳なさそうに苦笑いをする結々を前に言葉が出てこない。

 なるべく手短に話を終わらせて彼女を帰らせるつもりだったのに、まさかもうすでに私の穏やかな休日が終了していただなんて……──




「いつもお姉ちゃんがお世話になっています」

「ささやかなものですが、どうぞお受け取りクダサイ」

 玄関で二人揃って丁寧にお辞儀をし、焼き菓子の詰め合わせを渡してくれた雫と茜。わざわざお土産を用意してくるなんて。律儀な姉妹だと思った。

 とりあえず、次からはそんな気の使い方をしなくても大丈夫な事とお菓子のお礼をきちんと伝えておく。すると、二人の後ろにいた菊花は『私は用意してないから』と聞いてもいないのに余計な事を言ってきた。この女、相変わらず変なところでムカつく。

「別に期待してる訳じゃな」

「あ、みんな入って、入ってぇ──うぐっ⁉︎⁉︎」

 人の言葉を遮り、自分の家でもないのに家主の如く振る舞う結々に少しイラッとしたので彼女の腹部を軽く肘で小突き、黙らせてからみんなをリビングへ案内した。

「ほわぁー、ここがミコトサマ。 あ、ミコトさんの部屋」

「お姉ちゃん。 そうまじまじと見るのはちょっと」

「広い」

「だよね。 ホント綺麗に片づけてるよね」

 各々のリアクションはさておき。親から一人暮らしは『1LDK』が良いだろうと言われて住んでいたものの、私一人では広過ぎると思っていた。だけど、こうやって人が集まるとこれくらいの広さがちょうどいいかもしれない。と、思わなくもない。

「まぁ、何もないけど」

「うるさい。 別にいいでしょ」

 全く、この菊花おんなはどうしてこうも一々癇に障る事を……。

 部屋なんて最低限生活に必要なものがあればいいし、出ていく時の事を考えたら荷物は少ない方がいいに決まっている。だから、何もなくたって。

「あ、ミコトさんも飾っているのデスネ! 文化祭の写真!」

「うっ‼︎ それは……結々に押しつけられて、仕方なく。 仕方なく飾ってるだけだから」

「こっちには一緒に動物園に行った時の写真も! くぅ〜、懐かしいデス〜」

「雫。 今はそれよりもやるべき事があるんじゃないかしら?」

「アッ、そうでした。 スミマセン」

 雫の見ていた写真立てをそっと倒し、そのまま彼女をソファーへ誘導。そして、本日の本題であるグループ名の話を始める。何やら結々がニヤニヤしながら、こちらを見てくるけど。当然そんなのは無視。

「で、どういう名前にしたいの?」

「ハイ! ハイ! 星にまつわる名前がいいデス!」

「私はこうポジティブな願いのある名前がいいかな」

「結々に同意」

 雫と結々の案は何を意識しているのかはなんとなく分かるからいいとして。この場合の同意ってありなのかしら。話が逸れてしまいそうだから目を瞑るけど。全く、この菊花おんなは。

「貴方はどう?」

「えっ⁉︎ わ、私ですかっ。 あ、その。 えっと、私はお姉ちゃんに強引に連れてこられただけで……そもそもメンバーじゃないですし……部外者が口を出すべきではないかと……」

 茜の事は結々から聞いている。文化祭で披露したあの曲は彼女の協力があって完成したと。だから、彼女を部外者とは思わないし、それに今日は自らの意思で参加したものとばかり。

 とりあえず、彼女は立場を弁えるような存在じゃない。その旨を伝えようとしたその時。突然、雫が立ち上がり、力強く真剣な顔で『茜は部外者ではなく名誉メンバーデス!』と言い放った。

「だそうよ」

「いや、それはお姉ちゃんが勝手に言ってるだけで。 私は」

「まぁ、メンバー云々は一旦置いといて。 貴方には私達がどういう風に見えているのか。 それだけでも教えてもらえないかしら?」

「私が……みなさんを……。 え、えーと。 その。 少し時間をください」

 考え込む事およそ三分。やや頬の赤い茜は視線を落とし、緊張を誤魔化すように指をモジモジさせながら話してくれた。

「ぱ、パフォーマンス中は笑顔がキラキラしてて。 すごく、楽しそうで。 見ているとこう……いいなぁ、という気持ちになりました」

「そう。 聞かせてくれてありがとう」

 文化祭でのステージを終え、初めて茜と顔を合わせた時。結々達に向ける瞳に熱がこもっていて、それに見覚えがあったから何となく分かっていた。

 やはり、彼女は部外者などではなく私なんかより。

「ねぇ、美采はどんな名前がいい?」

 結々からの問い。朝から私の家に来て、みんなで考えたいと言っていたので雫達が来るまでの間に一応考えてはいた。

 けれど、

「私は──」




「みんなと帰ってよかったのに」

「私が使ったんだし、自分で洗わなきゃ。 ほら、立つ鳥跡を濁さずってね!」

「これくらい私一人で大丈夫なのだけれど」

「まぁまぁそう言わずに」

 一緒にキッチンに立ち、半ば強引に洗い物を手伝う結々。それは建前で別の思惑があるのは見え透いていた。わざわざ一人だけ残って、こうして私と話す時間を作ったのは恐らく。

「名前、決まらなかったね」

 洗い物をしながら横目に見る彼女は思った通り悲しげで、機械的に『そうね』と返すしかなかった。

 多少の休憩や間食を挟みつつも日が暮れるまで話し合いをして、いくつか良さそうな案は出ていた。でも、結局決めるまでには至らず、仕方なく今日は解散する事に。

 一応、また機会がある時に話し合いたいらしいけれど。

「んー、あともう少しって感じなんだけどなぁ」

「急いでる訳じゃないんでしょ。 なら、ゆっくり時間をかけて考えればいいじゃない」

「そうなんだけど。 何だかムズムズするんだよね。 もう殆どそこまで来てるのに〜って」

「そう。 それは大変ね」

「もう他人事みたいに言って」

 笑みを浮かべる結々。でも、恐らくその裏側には。

 きっと言い方の問題なのだと思う。わざわざ出すような案はないから結々達で好きに決めればいいなんて言わず、菊花のように賛同していれば彼女がこんなにも私を気にする事はなかったはず。でも、私は真剣な相手に心にもない事を言える程大人ではなく、そんな言い方しか出来ない子どもだった。

「あ、そうだ。 リクエストってある?」

「何よ、急に」

「何か食べたいものがあったら作るよ」

「はぁ。 なんで急にそんな話に」

「ね、どう? ある?」

「……別に。 ないわよ」



 *



 ──あの話し合いから、およそ一週間。

 あれから全く音沙汰がない訳ではなく、部活の時間を使って話し合ったり、時折雫がグループチャットでアイディアを出してくれたけど。やはりどれも決め手に欠けていて、未だにグループ名は名無しのままだった。



「聞いたよ。 今ゆーちゃん達と一緒にグループ名を考えてるんだってね」

 さも当たり前のように話しかけてきた五月女さつきめ織音しおん。ただでさえ仕事現場で会うのが嫌なのに今一番聞かれたくない事まで聞いてきて、本当に厄介な女だと思った。

 正直無視したいところけど。流石に目上の相手にそれは出来ないので『そうですね』と返して目を逸らす。しかし、その程度では彼女の勢いを止められる訳はなく、『どんな名前になるか楽しみ』だの、『きっと名前を聞くだけで幸せになれる』だの、何だのと……相変わらずのマシンガントークにうんざりする羽目に。

 もうじき仕事が始まる。それまでの我慢、と思っていたその時。何故か、彼女は私が羨ましいと言ってきた。

「どういう意味ですか? それ」

「そのままだよ。 私も君達みたいにグループを組めたら楽しそうだと思ってね」

「なら、組めばいいと思いますよ。 あと私は別に結々達とグループを組んでる訳じゃないです」

 私は自分の目的の為に白陽に転入した。アイドル同好会に入ったのはスカウトを断った結々の真意を確かめ、本当のアイドルへと続く道を踏み外さないよう見張っているだけ。学生らしく楽しんで部活動をする気もなければ、いつも行動を共にしている訳でもない。

「あんなにも楽しそうだったのに?」

 その言葉は否定しない。文化祭での結々達とのステージには満足している。ほんの少しは。

 だからこそ、私は彼女達との違いをはっきり理解した。私達の目指すもの、ゴールはきっとそう変わらない。しかし、その道程は全くの別。いや、正反対と言ってもいい。私は自分を信じ、行くべき道を真っ直ぐ突き進む。寄り道も、移りゆく景色を楽しむ事もせず、艱難辛苦を乗り越え、ただ前へ。そして、あの星へ辿り着くためなら何かを犠牲にするのも厭わない。

 そんな私が真剣に『自分達の道』を行く彼女達と交わる事は。

「それとこれは別です」

「ふーん。 そういうものなのかな」

「…………。 そろそろ始まるみたいですよ──」




 手を抜いたり、真摯に向き合ってなかった訳じゃない。自分で選んだ道を疎かにせず、限られた時間の中でやれる事を全部やって、納得のいく状態で結々達とのステージに臨んだ。

 それでも私は彼女達のように。そう、本気になれていないような気がした。だから、手放しに喜べないのも、彼女達と一定の距離を保ち身を引くのも。全部、全部自分のせい。




「美采ーっ‼︎」

 振り向くとそこには満面の笑みで手を振る結々がいた。

 仕事を終え、最寄駅に着いて早々彼女に出会でくわすとは。今日はよっぽど運がないらしい。今一番聞かれたくない事を聞かれた次に、今一番会いたくない相手に会うなんて。

「今帰り?」

「そうだけど」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ!」

「好きにすれば──」


 二人で一緒に帰る。と言っても顔を合わせる事もなく、ただ並んで暗い夜道を歩くだけ。

 コツ、コツ。静寂を紛らわすように鳴り響く靴の音。それをかき消すかのように結々は口を開き、今日一日どうだったかと聞いてきた。なので、『別に。 いつもと変わらない』と返したところ会話は簡単に途切れ、また静寂に戻る。

 しかし、先程とは違い妙に居心地が悪かった。なので、仕方なく、仕方なく同じように結々にも今日の出来事を聞いてみたら、待ってましたと言わんばかりの緩んだ顔で話し出した。


「お母さんの友達にすっごく料理の上手な人がいてね。 教わりに行ってたんだよね」

「へぇ」

「でねでね、今日はコロッケを作ったんだけど。 思ってたよりも上手く出来てね」

「そう。 よっぽど好きなのね。 料理が」

 それは大して考えずについポロッと口から出た言葉だった。しかし、結々にとっては衝撃的な言葉だったらしく、『え』と気の抜けた声とともに立ち止まってしまった。

「どうしたのよ。 急に」

「ご、ごめん。 そんな風に考えたことなくて」

 一瞬何を言ってるのか分からなかった。

 文化祭以降、度々人の家に来ては料理を振る舞い。雫のためにおむすびやお弁当を作ったり。果ては料理の腕前をあげようと人に教わりに行っているにも関わらず『好き』だと自覚していなかっただなんて。正直、信じられない。

「その、今までは出来るに越したことはないとか。 ちょっとした下心があったりで……」

「あぁ、オーディションで有利とか」

「うぐっ。 はっきり言わないでよ。 地味に恥ずかしいんだから」

 思わず『フッ』と鼻で笑ってしまう。すると、結々は恨めしそうな顔でこちらを見てきたものの、すぐに破顔してどういう気持ちで料理をしていたのか話してくれた。

 彼女曰く、最初は雫が自分の料理を食べた時に幸せそうな反応をしてくれたのがただ嬉しかった。それでもっとおいしいものを、色んな料理を食べてほしいという気持ちが芽生え、今に至るとのこと。だから、『好き』というよりは『"友達"の笑顔が見たかった』らしい。

「…………」

「美采? どうしたの?」

「いえ。 私も貴方みたいになれたら楽だったかもしれないわね」

「へ。 私みたいにって」

「おかげでバカにならずに済んだわ」

「なっ、バカぁ⁉︎⁉︎ ちょ、それどういう意味!」

「さぁ、どういう意味かしらね」

 前を向き、歩き出す。もちろん彼女とは顔を合わせずに。

「ねぇ、美采! ねぇってば!」

「チンジャオロース」

「え? チンジャオ?」

「リクエスト、作ってくれるんでしょ。 今すぐ食べたいわ」

「美采。 うん! ちょっと待ってて、お母さんに電話するから!」

 母親と電話をしている結々を横目に『はぁ』と吐いた息はうっすら白く、自分の鈍感さに少しうんざりした。こんなにも寒くなってから気づくだなんて。


 ──私は"巳樹みき美采みこと"で、神姫みきみことだと。


 電話を終えた結々がにっこりと微笑んだので、進路を変え歩き出す。もちろん、それはスーパーに向かう為に。

「ねぇ、美采。 明日休みだし、泊まっていいかな?」

「別にいいけど。 着替えはどうするのよ」

「美采の貸して!」

「嫌よ。 絶対に」

「えぇー。 じゃあ、一旦家に取りに帰る」

「よろしい」

 少し寄り道が増えたけれど。今はそれが丁度いいかもしれない。

 あの時、素直に言えなかった事──グループ名には、お姉ちゃんの好きだった言葉。『どんな時でも明日に向かって進む』という願いを込めたい。それを打ち明ける心の準備をするのに。



 *



「あー、あー。 私の声、聞こえてる? カメラも大丈夫?」

『ハイ! バッチリデス!』

『結々。 家じゃないの?』

「うん、今日は美采の家にお泊まり! 菊花も来る?」

「ちょっと! 貴方何勝手に」

『面倒だから行かない』

「あはは、だよねー。 ねぇ、雫。 茜ちゃんは?」

『ちゃんといますヨ! ほら!』

『お、お姉ちゃん! 別に映さなくても。 あ、こ、こんばんは、です』

「うん。 こんばんは、茜ちゃん。 みんなごめんね。 急に呼び出しちゃって」

『別に問題なし』

『私も大丈夫ダイジョブデス! それより話とは?』

「さっきね、美采と話して私達にぴったりなグループ名を思いついたからみんなにも聞いてほしくて」

本当ホントーデスカッ‼︎ ぜひっ‼︎ ぜひお聞かせクダサイッ‼︎』

『勿体ぶらず早く』

「それはね── A’Ste×ride(アステライド). スペルは、えーと……。 ごめん、美采! 打ってもらっていいかな?」

「それくらい自分でやりなさいよ」

「や、私いつもタブレットだから……PCは苦手で……」

「全く、しょうがないわね。 ……………………。 はい、送ったわよ」

A’Ste×ride(アステライド). これが私たちの。 茜! どう思いマスカ!』

『えっ⁉︎⁉︎ 急にそんなこと聞かれても……』

『結々。 これ、どういう意味なの?』

「ステラ、星形のアステロイド、明日あす、ライドを組み合わせた造語で。 憧れの人達が示してくれた光、夢を叶えたいみんなが作ってくれた道っていうのかな。 それに乗って、明日に向かって進んでいけばいつかはあの星と交差する。 って感じの願いを込めてるんだけど。 どうかな?」

『くぅ〜、最高サイッコーだと思いマスッ‼︎ 私たちにピッタリデスッ‼︎』

『結々さん。 私もすごく素敵だと思いました』

『結々。 決まりだね』

「うん! 今日から私達は──」



『『『『『A’Ste×ride(アステライド)!』』』』』



「良かったわね。 みんなに気に入ってもらえて」

「ありがとう、美采」

「……やめてよ。 バカ」




 fin.

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