side.雫
・side.雫
「雫はどうだった?」
私も結々とおなじ気持ち。なのに、返事が出来ない。
あの時から私も、結々とのステージを──
*
ともにアイドル活動をしようと結々が手を差し伸べてくれたあの日。その手を取ってから、どんなにつらくても、どんなに苦しくても、遠い存在ですぐには追いつけなくても。ただの一度も諦めようと思わなかったデス。
寧ろ、追いつく為なら何だってする。近道のない、気が遠くなる程の長い道のりだって構いませんでした。
『お疲れ様』
練習が終わる度に、その言葉を聞けて嬉しかった。
結々の笑顔を見れて、一緒に同好会を始めて良かった。
いつもそう思っていました。
──私にとって結々は憧れの少女たちと同じ【最光星】。
だから、結々の隣にいられる。恥ずかしくない自分でいたい。
過去のトラウマ。心珠と向き合えていなかった私の為に悩み、傷つかないように気づかって、寄り添ってくれた結々。
あの時、ただ心珠の想いを伝えるだけで直接的には干渉しなかったコトにどれだけ救われたのか。手を握り『ありがとう』と言ってくれたのが、どれだけ心に響いたのか。
きっと結々は知りマセン。その笑顔で心珠と向き合う勇気をくれたコトさえ。
結々が過去の挫折を乗り越えたように、私もこのトラウマを乗り越えたい。乗り越えないと、結々の隣には。
『Be brave.』
あの言葉は結々を励ますだけでなく、私自身にも言ったもの。そして、それを強く信じられるのは結々が体現してくれたから。恐怖を乗り越えて前へ進み、光り輝いてくれたから。
会って話をしよう。ちゃんと本人の口から気持ちを聞く。そして、私も言いたいコトを言う。それで私達の関係は終わり。
そう思っていたのに、
『あの時は、ごめん雫。 ごめ゛ん、うぅ、ごめ゛ん゛な゛ざぁ゛い゛ぃっ!』
号泣して謝る心珠を見ていたら幼い頃の記憶を──楽しかった時、嫌だった時。ちょっとした気遣いが嬉しかったり、些細なコトでケンカしたり。良いコトも、悪いコトもたくさんあったのを思い出し、このトラウマもその一部なのだと思えてきて。
『バカ。 今回だけデスカラネ』
『……え……。 じゃ、じゃあ』
『別に、許した訳ではありマセン。 ただもう一度友達になってみようと思っただけで。 それを忘れるなデス!』
その物言いに対して心珠は笑顔を返してくれた。不覚にもそれを見て、ホッとしてしまいました。全く、バカは一体どっちなのか。
結々にはこうなると分かっていたのでしょうか。それは分かりマセンガ。私はまた一つ、結々のおかげで前へ進めました。
──私の中でどんどん結々の存在が大きくなって。
『一緒に見ようよ! あのステージから見えるきらきらを!』
未熟な私が結々とともにステージへ立てるのか。
そんな不安は結々の笑顔でスゥーっと消えていって、前へ進む。より一層頑張る。もっと結々の隣に相応しい存在になりたいと思いました。
だって、私は結々のすぐ側にいたいから──。
『ねぇ、君はどうしてステージに立つんだい? 結々と』
突然Shion様にそう尋ねられて、咄嗟に口にしたのは仲間だから。
仲間とともにステージに立ち、一緒に歌う。一緒に踊る。
それはとても素晴らしいコト。
けれど、
『命、様が……フェスに……』
フェスの開催が迫り、詳細が発表されてほんの少しだけ怖くなりました。
大好きな命様の参加が決まり、直接会えるかもしれない。それが些細なコトと感じる程の重圧。
当然デス。結々にとって命様は因縁の相手。それ故に、このフェスは特別な意味を持ち、きっと結々は命様とのステージを望んでいる。
『あの、結々』
『ん、何?』
なのに、私が参加して。結々の隣に立っていいのデスカ?
絶対に負けられないのに。本当に、私がいても。
『今日も部活、頑張りマショー!』
分からない。
だけど、今は誘ってくれた結々の気持ちに応える為に前へ。
分からなくたって。頑張って、前へ進むしかない。
『心配かけてごめんね。 ちょっと体調崩してて。 でも、大丈夫。 病気とかじゃないから』
授業中の居眠りと嘘。きっと結々はフェスに向けて、私の知らないところでもっと努力しているに違いない。
だから、私も。もっと頑張る。
雨が降っていようと走って、走って、走って、少しでも結々に追いついて。結々の力に。
そうじゃないと。
[隣の子いるの?]
動画へのコメントに傷つかなかった訳じゃない。でも、それは事実だから受け入れられました。下手な私が悪いと。
[別にどっちもいらないよ] [素人がちょっとバズって勘違いしてしまった結果がこれ] [この子、普通に痛々しいよね] [これホントに大丈夫? 今から当日が心配] [ハッキリ言って最悪 ここで現実を突きつけてあげるのがせめてもの優しさ]
けど、どうして。どうして私が下手なだけなのに、結々までバカにされるのデスカ。私さえいなければ結々は完璧なのに。
私さえいなければ……?
現実を見て。
結々に、私は必要ない。
なら、どうして結々は私と一緒にステージに。
何の為に? 誘ってくれたのは何故?
未熟な私が結々の隣に相応しくない以上、答えは限られる。
恐らくそれは同好会の仲間だから。
『あ、ぁ……う……──わぁあああ゛あ゛ッ』
あの日の問い、Shion様の真意に気づいた時にはもう手遅れで。いくら涙を流したところで時間は巻き戻せない。
だから、せめて。
『私は……フェスには出ないデス』
これでいい。今は悲しくても、きっとこうして良かったと思える日が来るはずデス。
これから先、結々とともにステージに立つ機会は必ずある。だから、わざわざこんな大切な時じゃなくていい。
いつも通り。平静を装って過ごす。
例え、放課後に『また、明日』と言って別れるのが、どんなにつらくても、悲しくても。
考えない。そう思っても家にいると結々のコトを考えてしまう。だから、出かけて、楽しいコトで気を紛らわす。そうやって、無理にでも結々のコトを忘れる。
ふとした瞬間に結々と一緒にステージに立つ姿が頭を過っても、目を背ける。
それが結々にとって一番いい。
なのに、
*
「──楽しくなかったデス」
嘘をついて傷つけても、これが原因で嫌われたとしても、こうするコトが正しい。
結々が一人でステージに立って、全力を出し切れば、今度こそ命様のパフォーマンスに応えられマス。
だから、私を切り捨ててクダサイ。結々。
「雫」
唇を噛みしめ、覚悟を決める。
これが正しい、と自分に言い聞かせる。
どんな罵詈雑言も受け止めて、必ずや結々を一人で。
「ありがとう」
「なっ。 何故、お礼を……?」
「雫が何を考えてそう言ったのかまでは分からないけれど。 私の為に言ってくれたのは分かるよ。 だから、ありがとう」
「……なんで……」
ズルい、デス。結々は。
そんな風に言われたら。そんな優しい笑顔を向けられたら。
「雫はどんな風に歌いたい?」
「え」
「ダンスはどう表現したい? どんなライブにしたい?」
「何、言って」
「私はもう間違えない。 もう独りよがりにならない。 今度はちゃんと話し合って私たちのライブをしようよ。 そうすれば、きっと」
トクン、と。結々の真っ直ぐな瞳がこの胸を貫く。
そんな瞳で見られたら、諦められなくなって。また結々とのステージを。
それだけは、絶対に。
「だ、ダメデスッ‼︎ 結々は一人でステージに立つべきデスッ‼︎ 私と一緒では、また同じコトに」
「本当に"そうかな"」
「あ」
思わず間の抜けた声が出た。
何故なら、それは私たちの大好きなアイドルアニメの"主人公"──"皆の想いを結ぶ存在"が不安で陰る仲間たちに。私が憧れた異国の少女に、まだ真っ白な未来への希望を灯した時のセリフだったから。
「私は雫が誰よりも、何よりもアイドルが大好きだって知ってる。 つらくてもたくさん努力する雫を見てきた。 だから、分かるよ。 私たちが心を通じ合わせれば最高のライブが出来るって」
膝の上に乗せた手を握りしめ、悔しさに似た気持ちを何とか抑える。そして、不用意に傷つけないよう慎重に言葉を選んで『それでもデス』と言い放つ。
本当はニコッと微笑んでくれた結々がとても眩しくて、その輝きに心動かされそうになった。でも、私の心は動かない。いや、動けない。
「またとない機会デスヨ。 命様に応える為、負けられないのデショウ? だったら、実力のない私と……一緒じゃ、届かない……。 ダメなんデス」
いくら結々が認めてくれも、ここまで言ってくれても現実は変わらない。気持ちだけではどうやっても超えられない壁がある限り、軽々しく首を縦に振るなんて出来ない。
「分かった。 残念だけど。 雫がそこまで言うなら、もう無理強いはしない。 私一人で出るよ」
あれ。
結々と話して、彼女の気持ちを知ったからデショウカ。それとも口先だけで、覚悟が足りなかったからデショウカ。
自分に失望して、自ら『フェスに出ない』と言っておきながら。結々一人でステージに立つコトが正しいと、そうなるコトを望んでおきながら。
──それでいいのデスカ?
まだ時間はありマス。
諦めるには早いのでは。
結々を信じて、心を通じ合わせれば、より良い未来を手にするコトが出来るのでは。
結々の側にいたいのデショウ?
本当に、それでいいのデスカ。
……今さら迷うなんて。悲しいくらい意志が弱いデスネ。
「って、感じで。 どうしてもダメな時は諦めるつもりだった」
「へ」
「ごめんね。 こういう言い方はズルいし、また雫を傷つけるかもしれないって分かってるんだけど。 やっぱり、諦められないよ。 私、どうしても雫と一緒にステージに立ちたい。 今は実力がなくたって、私達なら絶対に乗り越えられるよ」
「どうしてデスカ。 どうして、こんな私と一緒に。 どうして、こんな私に……そこまで言ってくれるのデスカ」
「そんなの決まってるよ。 私は、雫も【大好き】だからだよ」
私、も。その大好きの意味は──。
「ぁ、ぁぁ」
結々の笑顔を前に、ちゃんとした言葉が出てこない。
今、私はどんな顔をしているのだろう。
どこか遠くを見つめるように。目を丸くして。ポカンと口を開けて。鼻も頬も真っ赤にして、ポロポロと大粒の涙を流しているのデショウカ。
結々のその慈しむような瞳には、そう見えていマスカ? そのニッと弧を描いた口元は、私の気持ちを分かっているというコトデスカ? その手は、私を。
「ッ‼︎ ゔぅっ」
結々に優しく抱きしめられ、今までずっと心の奥底に仕舞い込んでいた想いがドクン、ドクンと胸のドアを叩いて。叩いて。叩いて。
「私は……結々と、一緒に……ライブをしたい……」
「うん」
「……楽しく……たの、しく……ぅ…………」
「うん、やろう。 楽しく」
「……デス……」
ポツン、と一粒の涙が私の肩へ。それは言うまでもなく嬉し涙、結々の想い。
この温もりは忘れない。これから先、ずっと。ずっと。
この気持ちを信じて、結々の隣に──。
すみません、結々が信じてくれた【私】を信じれなくて。
ありがとうございマス。こんな私を見捨てず、信じてくれて。
もう二度と諦めない。もう二度と離れない。約束デス。




