Chapter 2.
とりあえず、立ち話もなんだからと駅の近くにあるコーヒーのチェーン店へ入ったものの。改めて考えると、どうして見知らぬギャルちゃんとお茶することになったのか分からない。もちろんこうなった理由に心当たりはないし、一体何の話をするのかもさっぱりだ。
「ごめん。 ちょっとレジ混んでて」
窓際のカウンターテーブルで待つこと、およそ五分。トレイを持ったギャルちゃんが戻ってきた。
「はい」
「どうも」
さも当たり前のように手渡されたのはホイップクリームの盛られたアイスコーヒー……でいいのかな。このお店、有名だけど今まで一度も来たことがないから分からない。
「……んぅ……」
これってそのままストローで飲んでいいのかな。それとも混ぜてから飲むのかな。いや、パフェみたいにスプーンで掬って食べる可能性も。
「どうかした? 難しい顔して」
「へ。 や、別に。 何でも」
「アンタ、もしかして」
ついビクッと身体が震えた。
彼女は眉間に皺を寄せ、鋭い目つきでこちらを見てくるものだから、おしゃれJK御用達のお店に来たことないのがバレた……っ‼︎⁉︎ かと思いきや『変なものは入れてないからな!』と、予想外の言葉を口にされた。
「はい?」
「だから、爪とか血とかやばいもの入れる狂ったファンとかじゃないって言ってんの!」
ファン? そもそも私にファンがいるとは一言も──ッ‼︎
その時、気づいた。
もしかして、彼女が私の名前を知っていたのはアイドル同好会の動画を見たからなんじゃ。もしそうだとしたら、先程の発言の真意は。
「それって、貴方は普通の私のファンってことっ⁉︎」
「いや、別にそういう訳じゃ」
「…………。 そう、なんかごめんなさい」
「ちがっ⁉︎⁉︎ ふぁ、ファンって言える程熱心じゃないって意味で。 その、動画見たけど。 普通に良いと思ったぞ!」
「別に、そういうフォローいいから……うん……」
タイムリーだったとはいえ、ほんの一瞬でもファンがいると自惚れた自分が恥ずかしい……。ただのJKのくせに……。穴があったら入りたい……。
「そ、そうだ! 名前! 名前まだ言ってなかったよな! アタシは今田心珠、よろしく」
「……改めまして、私は──」
今田さんに倣って私も自己紹介をしてから本題に入ると、彼女は暗い面持ちでわざわざ私に会いに来た理由を話してくれた。
「その、なんだ。 アタシ、雫とは……古い付き合いでさ。 この間、たまたまアイドル同好会の動画を見て。 元気してる、かなぁって」
「どうして、それを私に聞くの?」
見当はついている。
事情はどうあれ、彼女は雫と直接会えなくなるようなことをしたんだと思う。そうでなければ、こんな回りくどいことをする必要がない。
だからこそ、彼女自身の口から聞く。
「…………」
彼女が黙り込み、一分、二分。時間がどんどん過ぎていき、それによって雫にどれだけのことをしたのかが分かる。
さらに沈黙は続き、アイスコーヒーのホイップクリームが溶け始めた頃。ようやく彼女は重たげな口を開いた。
「アタシのせいで雫は。 引きこもりに、なったから」
「なのに気になるんだ。 雫のこと」
「出来れば、その……謝り、たくて」
「そう。 じゃあ、私帰るね」
「え。 ちょっ、まだ話は」
必死に呼び止めようとする彼女にハッキリ言う。
これ以上は聞きたくない。
二人の間に何があったのか気にならない訳じゃない。
でも、雫のプライバシーに関わることを本人の口以外から聞くつもりはない、と。
「ごめんね」
彼女の気持ちは痛い程分かる。
きっと彼女にとって雫は大切な友達だったに違いない。私だって同じように大切な友達と疎遠になってしまったら、どんな手を使っても関係を修復すると思う。例え、それがどんなに惨めでかっこ悪くても。
だから、今頃になって私に会いに来たのは。
でも、
「私は会ったばかりの貴方よりも雫を大切にしたいから」
「……ま……」
「さようなら」
彼女に背を向け、立ち去ろうとしたその時。
「んなっ⁉︎⁉︎」
突然、腰に衝撃が走った。
すぐさま振り向いて衝撃の主に目をやると、腰にすがりつく彼女の顔は涙で濡れていた。
「待ってッ‼︎ アンタしか、アンタがいないと、アタシぃ。 アタシぃ」
「やめてよ」
貴方は雫に酷いことをした。
ライブの日、本番直前に震えていた私に雫は『誰にだって怖いものはありマス』と言ってくれた。その言葉を直に感じたから分かる。雫にも何かあったんだって。
そして、恐らくその『怖いもの』は貴方が関係している。だったら、私に出来ることは何もない。
「分かってる。 けど……けどぉ……お願い、話だけでも……み……みず、見捨でな゛いてぇ゛ぇ゛ぇ゛」
顔を濡らしていた涙、さらには鼻水までも氾濫し、彼女の顔はグシャグシャになっていた。それは幼い子どもが駄々をこねるより酷く、必死さが伝わってきた。
『ねぇ、あれって』
『まぁまぁ、こんなところで』
『うわぁ、流石に引くわぁ……』
『うっさい! 静かにしろっ!』
これだけの騒ぎ。周りの目が集まらない訳がなくて、訝しげな顔でヒソヒソと、ストレートに怒りをぶつけてきたりと。もうここには居られなかった。
「あだじはぁ、じずくとぉ」
「……分かった。 分かったからぁ!」
手荷物をまとめ、泣きじゃくる彼女を連れてお店を後にする。
ダメだな。私ってば。
心を鬼にしなくちゃいけなかったのに──
場所を変え、駅前の広場へ。
辺りを照らす照明灯の真下のベンチに座ると、今田さんはお店で取り乱したことを謝ってきた。それに対して『気にしないで』と返したら、俯いたまま先程の話の続きをしていいかと尋ねられた。
「それがただの独り言なら」
我ながらズルい返事だった。
今田さんは少し間を置いてから、彼女の中で堰き止められていた感情を一気に溢れ出させた。
「本当はもっと早く謝りたかったんだ。 でも、意地になって、中々言い出せなくて。 そしたら雫のやつ、だんだん学校に来なくなって、中学になる頃にはもう。 心配で家に行ったけど、会えなくて。 しばらくしてから雫なりに頑張ってるって知ったら、邪魔したくなくて。 それで……中三の時に、たまたま駅で鉢合わせたんだけど、何も話せないまま逃げられて。 その時、アタシ達もうダメなんだ。 諦めなきゃって、思ったのに。 見ちゃったんだ、この間あげてた動画で。 アンタの隣で笑う雫を。 それが懐かしくて、さ……悔しくてさ……。 小さい頃から一緒にいて、あの笑顔を何度も向けてくれたのに、どうして今隣にいるのがアタシじゃないんだろって。 ほんと、バカだよね。 もう手遅れだって、分かってる……それでも、もう一度…………たかったんだ……」
最後の方は声が小さくて、よく聞き取れなかった。でも、彼女の想いはちゃんと理解した。
「これ、独り言なんだけど。 雫ってすごく良い子だよね」
「はぁ? 何だよ、いきなり」
「今の話を聞いちゃって改めてそう思ったの。 だから、ごめんなさい」
「……助かったよ。 これで、キッパリと。 諦めれる。 アイツの為に」
「連絡先、教えて」
「へ?」
「雫に今日のことを話すくらいなら出来るよ」
「ま、待って。 そんな事したら」
「まぁ、その後どうなるかは分からないけれど。 今すぐ諦めなくてもいいんじゃないかな」
「……いいのかよ、それで……」
「そのつもりで来たくせに。 聞かないでよ、心変わりしちゃうかも」
「あ、ぅ……あり、がとう。 本当に、ありがとう」
嬉しいような、申し訳ないような。そんな複雑な表情をした彼女は大きな一粒の涙を溢し、お礼を言ってきた。
「いいよ。 別に──ッ!」
その時、彼女は両手で私の手を包み込んだ。そこからじんわりと伝わってくる熱。
そして、
「いや、この礼は必ずする! 絶対に!」
先程まで沈んでいたのが嘘のように希望に満ちた力強い顔を見せてくれた。
それが、まるで青春ドラマの一ページみたいだったから。
「そこまで言うなら、さっきのアイスコーヒーの飲み方教えてよ。 私、ああいうおしゃれなものあんまり知らなくて」
「え? 教えるって何を? 別に好きに飲んだらいいじゃんか」
「…………。 きっと、そういうとこだよ。 心珠ちゃん」
*
帰宅後、制服のままベッドへダイブ。いつもなら柔らかくて気持ちいいベッドが今日は堅いような気がした。
「はぁ。 雫になんて言えばいいのかな」
今日あったことをありのまま話す。
それを言葉にするのはとても簡単だけど。実際に話すとなると。
「ああぁぁぁぁぁ」
枕に顔を埋め、叫んだところでどうにもならないけど。やらずにはいられなかった。
「……怒る。 のかな」
少なくとも心珠ちゃんは顔を見ただけで逃げ出す程のことをして、雫が楽しく過ごすはずだった中学時代を奪った。その相手がコソコソ私に会いに来て、謝りたいと言ってきた。世間的に見れば、そんな都合の良いことは受け入れられないし、腹が立ってもおかしくない。
私にはそういう雫をイメージ出来ないけれど。仮にそうならなくても心珠ちゃんのことを話せば、雫にとって触れてほしくない過去の傷に触れてしまう。
それは、きっと……すごく痛い。
その痛みを何となく想像出来ても、本当の意味では分からない。雫を大切にしたいなら、そんなリスクは冒すべきじゃない。
「ホント、バカ」
初めからこうなることは分かっていた。だから、見捨てようとした。今だって心珠ちゃんを裏切り、丸く収まるような嘘をつけばいい。そうしても、誰にも文句を言われないのに。
私には、出来ない。
もう仲直りは無理だと諦めていた。でも、雫の笑顔を見て諦めきれないことに気づき、再び手を伸ばした。
形は違うけれど、アイドルを諦めきれなかった私と同じ。そのつらさを、想いの強さをよく知っているから彼女を見捨てれなかった。裏切れなかった。
そんなの雫には全然関係なくて、私が良いように捉えているだけに過ぎない。
でも、周りも気にせず泣きじゃくる程、大切に想っていて。あんなにも後悔していて。このまま謝りたい気持ちすら伝えられないのは悲し過ぎる。
「……よしっ──」
「おぉ、これが結々の手作りおむすび!」
空が茜色に染まる頃。少し早めに部活動を切り上げ、昨日の約束通り雫におむすびを振るまう。だけど、部室で飲食をすると怒られそうだったので少し遠いけれど、昨日心珠ちゃんと話した駅前広場のベンチで食べることにした。
「結々の家ではアルミホイルで巻くのデスネ」
「昔テレビでその方がべちゃべちゃにならなくていいって聞いて、それ以来ずっとそうしてるよ」
「なるほどデス。 ところで、このテープは?」
「引っ張ってみたら分かるよ」
「ん……アァッ! ま、まさか」
雫はおむすびの真ん中の縦線に沿って貼られたマスキングテープを綺麗に剥がすと、次は慣れた手つきで両サイドのアルミホイルを引っ張り、中から海苔が巻かれた状態のおむすびを取り出した。
「コンビニ! コンビニのおむすびと同じデス!」
「その包み方、動画で見たやつでね。 一度やってみたかったんだ」
「ホワァ、パリパリのノリで食べられるなんてぇ〜。 ありがたくいただきマスッ‼︎」
大きな口を開けて、パクりと一口。その時の雫の嬉しそうな顔と言ったら、まさに幸せのお裾分け。見ているこちらもほっこりした。
「んぅーッ、ツナマヨ! おいしいデス! これならいくらでも食べれマスッ‼︎ はーむ!」
でも、今からその笑顔は。
「昨日、雫の友達に会ったんだ」
「んぐッ⁉︎ ンンゥ、ンクッ……はぁ。 私の友達、デスカ?」
「うん。 今田心珠ちゃんって言うんだけど」
彼女の名前を出した瞬間。雫は俯き、黙り込んでしまった。
この落差、胸が締めつけられて、息が苦しくて。すごく心が痛い。きっと、雫はこれ以上の痛みを感じ、つらい思いをしている。
そのはずなのに、
「そういうコトデシタカ」
顔を上げた雫は優しく微笑んでくれた。
「結々は何かあるとすぐ顔に出マスネ」
「え。 か、顔に?」
「今日は私でも分かりましたヨ」
「あ、あはは。 そうなんだぁ。 ……それでね──」
昨日の出来事を。
心珠ちゃんが今でも雫を大切な友達と想っていること。素直に謝れず後悔してること。出来るのなら仲直りしたいこと。
私のエゴで肩入れしたことも含め、全て話した。
「ごめんなさい。 昔のこと思い出させて雫を傷つけたのは何度でも謝る。 どんな償いもする」
もしかしたら、雫を傷つけない言い方があったかもしれない。時間を置けばもっと良い方法が見つけれたかもしれない。
でも、私は勇気を出して踏み込むと決めた。それによって涙を流すことになっても後悔しない。ちゃんと受け止める。
だから、
「知ってほしかった。 今の心珠ちゃんの気持ちを」
雫と瞳と瞳を合わせている間。ゆっくり、ゆっくりと時間が流れていく。
本当はそんなことあり得ないけど。私にはそう感じた。
「結々は──」
雫の唇が動く。
そこから紡がれる言葉はこれからの私達の関係を左右すると言っても過言じゃないのに、驚く程胸は凪いでいた。
「バカデス。 本当に大バカデス。 信じられないデス」
「……だよね」
「全く。 私は何も傷つけられてマセンヨ」
信じてなかった訳じゃない。でも、それは一方的に信じたいと思い込んでいるだけかもしれなかったから、直接聞けて良かった。
「あ、ぁ」
安心したせいか、胸に温かいものが込み上げてくる。それが溢れてしまわないようにズズっと鼻をすすって、何とか誤魔化す。
「心配し過ぎデス」
「だ、だってぇ」
「ハイ、どうぞ」
「ありがと」
雫からティッシュを受け取ると『話、聞いてもらっていいデスカ?』と尋ねられたので、しばらく間を置いてから頷く。すると、彼女は軽く深呼吸をしてから話してくれた。
「拍子抜けするかもシれマセンガ。 小学生の時、私は英語を話せマセンデシタ。 外国語活動の時、心珠にそれが『変』と言われただけなのデス。 学校に行かなくなったのも、それがきっかけでクラスメイトと溝が出来ただけで。 直接心珠に何かされた訳ではありマセン」
「英語を話すのが苦手って、言ってたのは」
「デス。 その時のコトが少し、トラウマで」
膝の上に乗せた手をギュッと握りしめる雫。
「心珠が嫌い。 絶対に許さない。 そう思っていた時もありマシタガ。 今は違いマス。 でも、話すのは少し怖いデス。 心珠と話したら、また前みたいになるのではないかと、不安で……」
その声はとても重たくて、その横顔は寂しげで。少しでも触れたらシャボン玉みたいに弾けて消えてしまいそうだった。
それでも雫の手を取り、ニコッと笑みを向ける──彼女の手はひんやりとしていた。
「ありがとう。 話聞かせてくれて」
「結々。 ……少し、時間がほしいデス」
「うん」
雫との話が終わると空はすっかり暗くなっていて、広場の照明灯にはだいだい色の光が灯り始めていた。




