『実験』
(もう後方の治安局員も見えなくなってるな、急がねぇと)
宇僚はそう思いながら一歩足を進めた瞬間、足元が凹み、丸い落とし穴が出来る。
「ッ!」
すぐに足元が無くなった事で避ける体制にも入れず、宇僚はそのまま穴に落ちて行った。真っ暗視界に鈍い光の一筋を見つけ光が近づいた所で体を捻り綺麗に着地する。着いた先は、先ほどの廊下よりも薄暗く冷えた空間だった。
(探索班から聞いた話では建物は円柱型で七階もあるんだったか。落下した時間が短かったから俺がいるのはおそらく地下二階だろう)
建物の構造がわかった後。チームが五つに編成され、各自で行動する事となったので宇僚は彼らに会うために探し始めた。歩いていると初めて見る扉は開かれており部屋の中が見えていた。宇僚は人がいないのを見て中に入ると部屋の中を見る。
その部屋は一人部屋分ほどの広さで一つの机と椅子、紫や緑色の液体が入った試験管が数え切れなどの並べられている。
試験管以外にもガラス瓶が置かれ、その中に目玉や小さな生物が液体に浸されていたりと見ているだけで気分が悪くなった。
奇妙だと思いながらも宇僚は机に置かれている本や紙切れを手にする。そこには殆どが何かの人体実験の結果などが事細かに書かれていた。多分だがあの魂達の死因はこの実験による者だろう。
「人体実験」
宇僚は呟くと自身の受けた実験を思い出す。
(この実験の犠牲者の恐怖と苦しみ尋常じゃなかっただろうな)
宇僚はついクシャリと音を立ててカルテのような紙切れを握り締めていた。部屋を見終えると羽織の内ポケットに入れていた通信機から音が聞こえた。
「あ、これで連絡を取ればすぐに合流できたか」
そんな事を呟きながら宇僚は通信機に出ると聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あ、繋がった! 何方か分かりませんが助けてください! 僕、逸れちゃって一人なんです!」
「……九条」
通信機から間違いなく九条の声が聞こえて来る。
「その声、宇僚先生ですか? 僕、罠に引っかかったみたいで地下へ落ちてしまって。さっき試験管や資料がいっぱい置いてあった部屋はあったんですけどそれ以外特に特徴も無くて」
「俺も多分その階だ。今、お前が言ったような試験管がある場所にいるから悪ぃが部屋に来てくれねぇか?」
「ぅ、分かりました」
「頑張れ」
宇僚はそう言って通信機を切ると部屋中でじっと待つ。すると部屋にコウモリが一匹、部屋に入ってきた。妙だと思い、羽子板を構えようとするとコウモリが変化し九条へと変わる。
「宇僚先生ッ、宇僚先生がそばに居て良かったです」
「待て、今のは能力か?」
「いえ、吸血鬼の力です」
「は? お前、吸血鬼なの?」
「あ」
「無事会えたのは良かったけど俺らだけじゃ心元ねぇから早く治安局員の人達と合流しねぇとな」
「そうですね」
ここはさっきの部屋以外に扉らしきものが見当たらず数分もの間、宇僚達は一本道の廊下を歩いた。そして漸く左側に一つの扉を見つける。宇僚は九条と目配せすると宇僚が扉を開いて先に入る。敵の攻撃に身構えていたが予想外の光景に目を見開いた。
戦意を喪失させ、持っていた羽子板を下ろす。
「宇僚先生? 大丈夫ですか?」
九条が恐る恐る話しかけてきたが部屋の中を見たようで息を呑んでいた。部屋にはベットが並べられその上に拘束された人間がいる。赤黒い斑点をした人間、骨と皮しかないのっぺらぼうした人間等々、人間とは疑わしい液状の生き物、見るに絶えないような景色が広がっていた。宇僚は九条より先に我に返るとそばに居る人間に駆け寄る。
「おい! 大丈夫か? 俺の声が聞こえるか!」
宇僚は手を握りしめ、相手の表情を窺った。相手は苦しそうにしていたが宇僚の顔を捉えていたのが見える。宇僚はそれを見て少し焦った感情が落ち着くと後ろから来た九条に声をかける。
「九条! こいつらまだ生きてる!治してやってくれ」
宇僚はそう尋ねるが何も返ってこない。返事を待つのに見兼ね、宇僚は九条の方を振り向いた。
振り向くまでは苦しんでいる人を目の前にして何もしない九条に前世の九条を思い出し怒りが湧いたが顔を見た途端、その感情は消えてしまった。九条は目を釣り上げて横たえている人を見ていた。
「病気の治療方を探す為に人で実験を行う事はある、けど。これは人の命が弄んでいるとしか思えない。……ッ、すみません、頭に血が昇りました」
「無理もねぇよ」
九条は握りしめた拳を弱めると目の前にいる奴の状態を見る。
「大丈夫です、見た目ほど悪くはありません。おそらく、……生命が保っていられるギリギリの所のラインまで研究を行っていたんだと思います。だから他の方も生きている恐らくは。ですがこのままの状態にしておけば危険です」
「分かった。なら一秒でも早く主犯を捕まえにいくぞ」
宇僚はそう言って入ってきた方へ向かおうとした所で九条の声が掛かる。
「僕は残ります」
「何言ってんだ、お前一人じゃ危険だろ」
「確かに僕は戦えません。ですが目の前に苦しんでいる人がいながら背を向ける医者にはなりたく無いです」
真剣な眼差しで宇僚を見据え言い切った九条に宇僚は感心したかったがここは敵のアジト、敵がいつ来てもおかしく無い。研究に合っている人間は殺されないだろうが九条はそうじゃ無い。覚悟と命、どちらが大切かは明白だ。宇僚はそう思い、九条の言葉に頷くが釘を刺す。
「俺は側にいてやれねぇ」
「承知の上でここまで来ました」
「……分かった。誰か来たら吸血鬼の能力使って隠れろよ? 隠れるなら逃げた事にならねぇからよ」
「はい!」
九条の返事を聞き、宇僚は部屋を後にした。




