『執事時代』
皇樹は一般人に危害が加わらように人混みの少ない路地を選んで駆けていく。静かな場所なら追っ手の気配も探りやすいと思ったが体の故障から見える視界が文字で埋め尽くされる上、脳内にエラーの音が鳴り響き警戒する所ではない。皇樹は鬱陶しく思っていると掛けている横の路地から人の気配を感じた。見れば刀を向けている人物がいる。皇樹はこれ以上、致命傷を受けない為に相手の刀を持っている腕で受けた。火花が舞う。続いてくる攻撃に右へ後ろへと避け、空いた空間に蹴りを入れていく。皇樹は先程の闘いで刀を落としてしまったので長期戦が避けたかったが攻防が続けていく。故障を起こしている皇樹は押されていき、攻撃を避けようとした矢先、足を滑らせる。
体制を崩し倒れていく皇樹はマズイと心の中で思った。その時、皇樹の横を誰かが通り過ぎる。続いて刀のぶつかる高い音。皇樹と闘っていた男は突如、現れた文都に対抗しようと刀を振るったが普通が軽くあしらわれ、刀は宙を舞う。それと同時に文都が能力を使った事で男は心臓当たりを手で押さえた。それを見て暫くは動け無いだろうと判断した文都は皇樹の方に振り向く。振り向いた彼の腕は血の後が残っており皇樹は自分の弱さを実感して顔を歪める。
「済まない、場所の特定が遅れた。まだ動けるか?」
「ええ、問題ありません」
「なら引くぞ。今回は相手が多すぎる」
その言葉に皇樹は唇を噛む。引きたくない、それが本心であったが文都も同じ気持ちだろうと汲み取り、言葉を飲み込むと口を開いた。
「ええ」
ガッパリッ、ソーセージの折れる音。続いて些細な箸と食器がぶつかる音に皇樹は我に返る。目の前に広がる光景を見てみれば、自身が作った夕食を宇僚と一が口にしていた。和食が好きな宇僚は幸せそうに頬張っていて皇樹は少しばかり口角を上げる。しかし、その表情に影は消えなかった。
「そう言えば、しづちゃんってどこ生まれなの?」
「……? 俺もお前と同じ日本生まれだ」
そう答えるが一は分かっていないような顔をしているので話す事にした。
「あそこの商店街のそばに児童養護施設があんだよ。俺はそこで育って、四歳か五歳の時に行った散歩中に空間能力を偶然見つけたんだ。そんで、なんかいい物入ってねぇかと思って入ってたらこの場所に来てた」
その話を聞くなり、一は「うわぁ……」と言って引いたような顔をする。
「あの空間能力ってしづちゃんの能力じゃないんでしょ?」
「ああ。俺は幻覚魔法で隠してるだけだ」
「なら、いきなり閉じちゃう事もあるじゃん」
「そだな、まぁ閉じ込められなかったしいいだろ」
一はしづちゃんってそう言うところあるよねといった様な顔をしたが宇僚は一瞥すると焼き鮭に箸を進める。
「あ、じゃあさ。文都様とはどうやって出会ったの?」
「ここに来て、すぐ悪そうな顔をした奴らに連れ去られて。オークションに売られてる所を文都さんが買ってくれたんだ」
向かい側に座っている一は驚いた表情をした後、申し訳無さそうな顔をする。
「ごめん」
「別に長くも無かったからなんも思ってねぇよ」
宇僚はそう返すと話題を変える。
「そういや、お前。明日どっか行くんだっけ?」
すると、一の顔は思い出した様に頷く。
「明日は灯記と勉強」
「そっか。頑張れよ」
「うん」
会話はそこで終わり、食事を再開した。
一は先に部屋に戻り、食堂には宇僚と皇樹の二人になる。宇僚も部屋に戻ろうとすると皇樹が声を掛けた。
「宇僚、明日は頼んだ」
「……? ああ、はい」
宇僚は皇樹が屋敷を開ける理由を思い出すと呆れた顔をしながらも返事を返す。そして、彼はあくびをしながら食堂を出て行った。
皇樹が明日、屋敷を出る理由は文都の捜索であった。
「はぁ」
皇樹はため息を吐くと昔に比べて少ない食器を片付け始めた。
「……朝」
誰かが部屋のカーテンを開けて行った様で宇僚の部屋には温かな陽の光が降り注ぐ。
(皇樹さんか)
宇僚はそう思うとカーテンを閉め、また眠りについた。しかし、また光に起こされる。カーテンの方を見るとしっかりと開かれ、景色が見えていた。
「なんだよ、誰かいんのか」
宇僚は仕方なくベッドの居心地から離れると金属製のドアノブを捻った。すると扉の前には二人の影があり、宇僚はビクリと肩が跳ねるとそのまま硬直する。
「おはようございます。宇僚様」
二人はにこやかな笑顔を浮かべ、声を揃えて宇僚に挨拶をする。そこには宇僚の親友である、仁和と学校の生徒である椿が立っていた。普段の二人の服装とは異なり仁和は皇樹達がいつも着る様な執事服に顔を隠す面布を付け、普段はフードで隠している黒髪を露わにしている。一方、椿の方も丈の長いスカートのメイド服を着て、頭にホワイトブリムをしていた。
「何してんだ、お前ら」
宇僚はこの状況について数秒の間、考えてみたが思い浮かばずそう問う。そう聞くと二人は顔を合わせるとどちらも口角を上げたのが見えた。
「今日は私達が」
「代用の執事として働く事になったんだ」
「代用の執事として働く事になったんです」
張り切った様子で言い張った二人だったが宇僚は眠たげな表情のまま扉を閉じる。そして再びドアを開けて廊下を覗き見た。しかし変わらず、二人の姿があった。
「夢じゃねぇ」
「お前なぁ」
「失礼です!」
二人から非難の声が上がるのを聞きながら完全に覚醒した頭で宇僚は昨日の出来事を思い出す。
『宇僚、明日は頼んだ』
(あれは留守の間の屋敷の事だとばかり思っていたのだが、どう見てもこの二人の事だろう。部屋したら一日で屋敷が破壊されかねない)
宇僚は気楽に過ごせると思っていた休日に別れを告げると二人を見やる。
「因みにどうしてお前らがやることになったんだよ」
二人に質問すると仁和から答える。
「私は皇樹さんが困ってたのを見て手伝う事にしたんだ」
「私も桐谷さんのお手伝いをしたいと思って」
「成程な、善意でやってくれたのは分かった。ありがとな」(けど正直、勘弁して欲しい)
宇僚は本心でそんな事を思ったがそれは心の中に止める。
「分かった。少しの間、ここで待ってろ。羽織だけ取ってくるから」
宇僚はそう言って部屋に戻る。ハンガーに掛けてある羽織を着ると部屋を出た。しかし思った通り仁和がいなかった。
「椿、あいつは?」
「あ。仁和先生なら玄関の広間が濡れてる事を思い出して掃除しに」
「……分かった。行くぞ」
宇僚は嫌な予感を感じながら屋敷の階段を降りると広間に仁和が見えた。仁和は何十枚の食器を重ねて持ちながら歩いており宇僚は寒気に襲われる。
「バッ」
「あ、」
宇僚が声を上げた瞬間、濡れた床に足を滑らせる仁和がスローモーションで流れる。食器がぶつかり合う音がすると共に皿が宙を舞った。
「風魔法!」
咄嵯の判断で宇僚は自身の周りに風を起こすと落ちる皿を自分の手元にまとめる。しかし、全て受け止める事が出来ずに一枚が地面に落ちていくのが見えた。間に合わないと思った宇僚の脳裏には怖い笑みを浮かべた皇樹の姿が見え絶望する。
「空間能力」
そんな時、仁和の声が聞こえたと思うと最後の一枚の皿は黒い空間に消えていった。
「はぁー、」
宇僚は止まっていた息を吐き出すとその原因で仁和が空間能力から皿を出し、宇僚に渡してくる。
「危なかったな」
「こっちのセリフだ。お前、掃除してんじゃ無かったのかよ」
「ああ、やっとキッチンを見つけて。食器が出てたから片付けようと思ったんだ」
濡れた床を掃除するのを忘れたと付け足しながら仁和は答える。
「そうかよ。因みに食器はキッチンの中にしまう所あったはずだ」
「それは知ってるぞ。……あれ、そうなると俺はなぜキッチンから出たんだ」
「もう、じっとしてろ」
宇僚は突如起こった頭痛を抑えながら仁和に言うとその間に床の掃除をしようと思ったのかバケツを持ってくる椿が見えた。椿は床が濡れている事を忘れていた様でそのまま足を滑らせる。水の入ったバケツは空高く放り投げられた。
椿がずぶ濡れになるのを予測した宇僚は風魔法で椿を浮かせた後、彼女の真上に闇魔法の防御を作る。椿は守れたが半球体で出来た闇魔法に沿って水は流れていき、宇僚はずぶ濡れになった。バケツの中身が9つに等分されているのが見えた彼は次に自身の服を見てみれば色が色んな色に染まっている。最近、備えの為に桐谷が絵を描き始めたのを知っていた宇僚はバケツの中身が絵具と水である事にすぐに分かった。恐らく椿は水を汲んだものの重いから一度床に置き、間違ったバケツをここに持ってきてしまったようだ。
二人は彼が羽織をとても大事に使ってること知っていたので気まずそうに彼を見ているとそれに気づいた宇僚はニコリと微笑んだ。
「別に怒ってねぇからそう怯えるな、椿」
「ほ、本当ですか」
椿はシュンとしながら訪ねる。それに答える為に宇僚は口を開いた。
「人間、失敗してなんぼだ。失敗しなかったら学ぶことすらできねぇからな。失敗はチャンス、だから知れてラッキーだって思っとけ」
これは皇樹に言われた言葉だった。
『二度目の失敗は死。次、失敗したら殺す』
それが指導された時の彼女の口癖だった。一見、物騒な物言いだが学ぼうとしなければその失敗に何ら意味がないという意味でたとえ同じ失敗を繰り返しても、何が駄目だったのかを考えている時は何も言われなかった。失敗に対して、その後どうすればいいのかを考えること、それを彼女に教えられた。
彼がそう言うと屋敷の扉が開かれ、俗っぽう人物が現れる。
「命が惜しければ金を……あ、あれ?」
俗らしき人物は金目の物を出させる為に武器で脅そうとしていたがその武器はすでに手元に無く、腕は背中に回され、闇魔法で拘束されている。宇僚は闇魔法で縛り終えると椿に再び向き直る。
「こんな奴だって自分の仕出かした罪を見直してまだ続く道を歩いていくんだ。お前もそう自分を責めずゆっくり失敗を学んでドジも能力も克服していけばいい」
「はい!」
椿の元気のいい返事を聞くと宇僚は逆瀬の遡行能力を限りなく抑えて自身にだけ掛け、数分前の姿へ戻る。次に拘束した人物を治安局に送る為、皇樹の複製能力で自身を複製させたその人物を担がせた。本体である宇僚はその光景を背にしながら二人に言う。
「じゃ、屋敷を掃除する前に準備するからそこで! 何もせず! 待ってろよ」
宇僚は年を押すと早足でとある場所に向かった。
「久しぶりだな」
彼は苦い思い出を思い出し顔を引き攣らせながら部屋に入る。入った部屋は執事が着る様な服がずらりと並んでいる。普段の服装でいると先程の様に羽織が危ない目に合いかねないと判断した宇僚は燕尾服を着ようとここへきたのだ。宇僚は並んだ燕尾服から自分に合うサイズを取り出すと着替え、長い髪を一つに結んだ。
待っている様、言った場所へ戻ると二人は学んだ様で大人しく待っていた。それに彼はホッとすると二人は宇僚の姿に驚く。
「似合ってますね、宇僚先生」
「着慣れてるな」
「昔、手伝った事があるからな。……その話は終わりだ。今から三手に別れる。それぞれに俺の複製を置くからそいつの指示に従ってくれ」
宇僚は言うと仕事が始まった。没頭していた宇僚は窓から差し込まれた色に時間が夕方辺りになる事に気付く。窓から見える山と山の間に沈みかけている太陽を何となく見ていると昔の出来事を思い出した。
(そういや、あの日の帰りもこんな夕焼けだった)
ガタンと椅子が揺れる。馬車に乗り込み二時間、未だ客車は揺られ止まる気配はない。
窓から差し込んだ光に宇僚は外を眺めると空が橙色に染まり始め、太陽が地平線に沈もうとしているところだった。馬車はどんどん進み、終点まで着いたようで男に手を引かれ宇僚は立派な屋敷へと足を踏み入れた。
「文都様、どちらへ行かれたのですか!」
屋敷に入るなり張り詰めたような男の声が聞こえてくる。
「オークションだ」
「あなた一人でどこかへ行かないでください。お願いですから」
宇僚を連れてきた男は文都と言うらしい。酷い隈を持っていて気力がなくぼんやりしている様子だったので宇僚は心配しながらも話しかけはしなかった。宇僚は文都の後ろに立ち、様子を伺っていると彼が振り向いたので目が合う。
「おいで」
暗い雰囲気だが子供に接するのは得意な様でその声はとても優しかった。宇僚は言う通りに前へ出ると目の前に燕尾服を着た執事らしき男が見える。
「この子は」
その男は赤い瞳で宇僚を捉えると困惑した表情を浮かべる。
「オークションで買った」
「ッ、……そう、ですか」
執事はなんとも言えない様な顔をしながら言うと文都は宇僚の背に手をやる。
「少し体を確認するから、その間になにかお菓子と飲み物を用意しておいてくれ」
「承知しました」
文都に言われた執事はどこかへ行くと宇僚は近くにある一室に入り部屋にある椅子に座わるよう促された。部屋には引越しを始めたばかりの様に物が少なく目立った家具と言われれば、机に置かれている花瓶にエキナセアの花が一本あるくらいだ。
文都が部屋に入って来たのに気付いた宇僚は視線をそちらに向けると文都の周りに白い霧が現れる。煙が姿を消すとサラサラとした銀髪の髪をした男へと変わる。その男は襟が付いていないyシャツに紺色のズボン、その上に白を基調とした厚みのあるコートを着ている。コートは内側が紺青色となっておりその中に金色のダマスク柄が織り込まれていて高級そうなコートに見えた。文都は宇僚と向かい合うようにして腰掛けると小さく微笑んだ。
「驚かせたな、先程の姿は偽っていたものだったんだ」
文都は色の無い瞳に少し光が入ると優しい口調で宇僚に話しかける。しかし、宇僚の耳には届かなかった。白衣に似ているコートの襟が医者のイメージを連想させ、とある人物が思い浮かんだからだ。
「少しだけ、君の体を確認しようと思う。終わったらお菓子が食べれるぞ」
文都がそう言ったが返事を返さない宇僚を不審に思い、顔色を伺う。宇僚の表情はまるで血を抜かれたかの様に真っ青になっており絶望した顔をしていた。文都はオークションから買い取ったので宇僚の現状を察すると宇僚の頭を撫で落ち着かせようとする。それに気付いた宇僚は抵抗しようと机の上に置かれた花瓶を手に取り、文都の頭目掛けて勢いよく叩きつけた。ガシャンと音が鳴り、割れた破片は男の顔を切ると男は後ろによろめく。しかし、机に手をついた事で体制は崩れなかった。目の前の人物は意識はあり頭から流れる血を手で触って確認している。それ見た宇僚は混乱した頭でどうすればいいのか必死で考えていた。
(俺はまた、殺されるのか)
荒い呼吸を繰り返しながらそう思っていると、いつの間にか宇僚を抱きしめられていた。その事に遅れて彼は目を見開く。男は後ろから宇僚の背中をゆっくりと撫でた。
「怖い思いをしたんだな。辛かったな」
優しく温かな声が宇僚の耳に入ってくる。彼は目の前にいる人物が文都である事を思い出すと混乱した頭が落ち着いていった。次第に掛けられた言葉の意味を理解すると視界が歪み、涙が溢れれてくる。彼は音を立てて鼻から空気を吸うと溜め込んでいた苦しみを吐き出すかの様に泣いた。
「すみません」
宇僚は見た目は子供だが精神は大の大人。若干、恥ずかしく思いながら言うと文都は「気にしていない」と返してくれた。
数日間程はゆったりと過ごしていたが、いつまでもごろごろしているのに気が引けた宇僚は皇樹に執事の手伝いをさせて欲しいと声をかけた。
しかし、後々になって執事の仕事は地獄であることを知った。朝早くに起き、食料は山で調達、調理。日用品は離れた町まで歩いて買いに行き、主の健康の為、広い屋敷を常に綺麗に保つよう掃除も欠かさずやらなければならない。プラスして皇樹は仕事面において容赦なく厳しかった。それはまるで宇僚の精神年齢を見抜いているようで、子供に対する厳しさではなかった。そのせいか、今でも皇樹と話しかけられると寒気を覚えるが生活能力やマナー等、多くのことを学べたので価値のある時間ではあったと思う。
宇僚はあの頃と違って晴れた顔でその夕日を見ていたが、ふと気付いて顔色を曇らせる。
「いや、やっぱり代償が重いな」
皇樹がそばにいる時、宇僚は寒気だけではない。心拍数が上がり、呼吸がしにくくなり、体が震え、汗の量が増えるのだ。生活能力やマナーを身に着ける為に、皇樹限定だがその様な症状が現れるようになってしまったのは代償が重いように感じる。
そう思っていると、下の方から視線を向けられているような気がして宇僚は下の方を向く。視線の主は馬車から降りた皇樹だったらしく目が合った瞬間、皇樹はニコリとほほ笑んだ。その笑みに宇僚はヒュッと息を漏らす。サボるなと受け取った宇僚はそそくさとその場を立ち去った。
一方、皇樹は「屋敷を守ってくれてありがとう」という意味を込めて微笑んでいた為、宇僚が怯えた様子で立ち去ったのを見て呆れながらも笑った。
「なんもしてねぇだろ」
「大きくなったな、しづちゃん」
皇樹が呟くと後ろから声が聞けえ、我に返る。横を見れば文都が光のない目で宇僚のいた所を見ていた。
「しづちゃんが来てからもうすぐ二十年か」
文都の声は静かであったがその意味を知っている皇樹には悲痛な叫びの様に聞こえる。
「文都様」
「早く馬車を戻せ、雨が降るぞ」
皇樹は空を見ると厚い雲が黒色へと変化している。その内に文都は屋敷へと帰ってしまった。




