『望み』
内裏は研究室にある本を取り出し、パラパラと捲っていたが、その頭の中では今日起きた事を思い出していた。
彼女は妹の為に鐵艸に協力してきた。それがこの先の妹を苦しめてしまう結果となったと知り、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
「旬彗〜」
内裏は考えていると後ろから抱きつかれる。背中越しで顔は見えないが青黒い服装と声で誰だかは一瞬でわかった。
「仁和さん。離れてください」
内裏は言うと彼は不機嫌そのものの声で返す。
「今は仁和じゃないですー。それとも仁和君がいいの?」
彼は多重人格者だ。内裏といる時は今の彼、学校で見せる仁和 哩月、鐵艸の前では荒瀧 雅也など器用に入れ替わっている。
「はい。彼は天然ですが誠実なので」
「へー、そうなんだ。けどなー、別人格ならまだしも仁和君は全く別の存在だし」
「何言ってるのかわかりません。離して下さい」
そう言ったが彼は離そうとしない。
「ねぇ、何考えてたの?」
彼は率直に内裏に聞いてくる。彼女は彼が自身を追って鐵艸に近づいたのを知っている。それからたまにこうやって気にかけてくる。そんな荒瀧をいつの間にか信頼する様になった内裏はその問いかけに答える事にした。
「今日、宇僚さんに鐵艸の情報を差し出せと言われました」
「そっか。それで? 旬彗はどうしたいの?」
「私は」
内裏と鐵艸は利害が一致していた。彼女は不死の能力で妹の体を回復させる事、鐵艸は能力を出来るだけ多く奪う事。鐵艸の能力は奪う他に自身の能力と他者の能力を入れ替える事もできる。それを使えば妹は救う事は可能だった。しかし、その能力には条件があった。
『僕の能力はね、相手の命を奪わないといけないんだ』
鐵艸は笑顔で言い放つ。
「それは、どうしてですか?」
『僕の能力は死んだ相手の魂を取り込む事によって得られるものだからだよ。だから、もし協力するなら人を殺す力を付けないといけない』
『私がですか?』
『勿論。君が妹を救いたいんだから当然じゃないか。不死の能力を手に入れる為にも早めに慣れといた方がいい』
彼女は長い間、眠っている妹を目覚めさる為なら何をしようが厭わない気でいたが、人を殺さす事には躊躇ってしまう。内裏は返事をできずにいた。
その彼女を庇う様に荒瀧が割って入ってくる。
『旬彗の能力は潜入や情報収集に役立つ。何よりこいつは頭が回る。人殺しなんて勿体無いと思うぜ』
考えている鐵艸に畳み掛けるように荒瀧は言う。
『俺はこいつの妹を救いたいからアンタに協力したはずだ』
その言葉に内裏は驚きながら顔を上げる。荒瀧は以前働いていた場所での仕事仲間だけの関係だった。仲が良かった訳でもないので妹の話なんてした事がない。何故、知っているのか不思議に思いながらも二人の会話は進んでいく。
『そう言えば、そうだったね』
『人を殺んのは俺でもいいだろ』
荒瀧鐵艸に言うと満足げに承諾した。
内裏は昔の事を思い出して唇を震わせる。無理に発しようとした声は酷く震えていた。
「私は、……これ以上、鐵艸に従いたくない。彼に従うにつれて、私の代わりにあなたの手がどんどん汚れていくから。貴方を利用している身で言う立場ではないのは分かっています。れど、貴方に罪を被せてしまった事が後悔でしかない」
自身を思ってくれる人に手を汚させ、死なせ、結果的に妹は目を覚ましはしたが自殺してしまった。鐵艸に協力する意味が彼女にはない様に思えた。
「ごめんなさい」
彼女はいうと彼は抱き締めた手を強め、そして、小さく笑った気がした。
「そっか。僕の事を思ってくれて嬉しいよ。けど、旬彗が罪悪感を感じる必要はないよ。だって僕」
彼は内裏の耳元に顔を近づけると。
「人なんて殺してないし」
意味ありげに彼は呟いた。
「……それは、どう言う?」
「ンー、まだ秘密かな」
彼はそう言うと同時に抱き締めた手を離す。
「仁和君に早めに入れ変わってほしいって言われたからこれで失礼するね」
そう言うと研究室の扉に手をかける。ドアを開く直前、彼はまた振り返った。
「内裏先生、また明日な」
「はい」
彼は出る直前。仁和になり挨拶を返すと出ていった。
宇僚は研究室前を通るとまたまた仁和と鉢合わせした。
「内裏に用事でもあったのか?」
宇僚は尋ねると「まぁな」 と仁和は返し、並んで歩き始める。
「ところで、哩月」
「なんだ?」
昔とは少し違った固い返事。それを気にせず宇僚は聞いた。
「前々から思ってたんだけどよ。何で人間になってんだ? 天使だろ? お前」
「あぁ。今は人間の体を借りてるんだ。だから、人間の姿になっている」
仁和はそう言うと窓から見た月明かりから一瞬だけ白い翼を持った仁和が見えた気がした。しかし、仁和の姿はすぐに影に沈み人間への姿に戻る。
「なるほどな。因みにその体でも天使の力も使えるのか?」
「当然だ。私は紫珠陽の契約を果たす為にここに居るからな」
「そっか。それ聞いて安心した」
宇僚は仁和の答えに酷く安堵した様で、声にまで現れる。
宇僚は仁和に自身を殺して欲しいと言う契約をしていた。
今度は宇僚が月明かりが通る窓際に立つと仁和を振り返る。
「この事件が終わったら。今度こそ俺を殺してくれ」
「……ああ」
彼は少しの間を空けて返す。それを聞いて宇僚は安心した様に笑った。




