真野 花音
「ふぅ、流石に疲れたな」
朝のニュースの終了後、プロデューサーから次の仕事の出演を頼まれその打ち合わせを
したり、マネージャーのくせに一切仕事せず控室で酔い潰れていた武富さんを運んだりし
て、もう昼飯時だ。
まだ朝ご飯も食べてないのに……。
この後は仕事ないし、今日はもう家に帰ろう。
と、僕が帰路に着いた時だった。
「カシャッ」
シャッターを切る音が後方から聞こえてくる。
……はぁ、またか。
「はぁぁぁあ♡ アオト様、今日も超絶素敵……」
「……」
「お美しい後ろ姿を写真に収めなくては……」
「……」
「こ、これは決して盗撮ではなく、あくまでファンクラブの団長として勤めを果たしているだけで——ああっ! ダメ! 写真を撮る指が止められない!」
「……」
「ハアハア、マジアオト様神、デュフフ♪」
「……」
ダメだあの人。早く何とかしないと……。
僕はいったん歩みを止め、シャッター音の主のいる後ろへと方向転換する。
そこには十メートルほど先にある曲がり角で身を隠し、カメラと顔だけを出して僕を撮影し続けている彼女の姿があった。
僕は淡々と彼女の元へと歩みを寄せ、どんどん距離を詰めていく。
「あ、アオト様が私の方にっ!? ふぁ、ファンとして推しとの接触はなるべく控えるべき、で、でも……‼ 嗚呼! 近づいてくるアオト様の姿も素敵! だ、ダメっ! 静まって私の人差し指っ‼「カシャカシャカシャ(連写する音)」」
「……またですか。ノノさん」
しゃがんだ状態で使命と欲の狭間で葛藤しながらも彼女はシャッターを切り続けている。
そんな彼女を僕は呆れ顔で見下ろす。
——彼女は真野 花音、通称ノノさん。
しゃがむと髪が地面についてしまう程のロングヘア―、長い前髪から垣間見える素顔は色白で何処か儚げである。
夏場というのに長袖にロングスカートと、見ているこっちが暑くなってしまう。
自称僕の大ファン、自称僕のファンクラブ(実在しない)の団長、そして自称ではなく僕の追っかけ。
僕が知る限り彼女は僕が俳優デビューしてからずっとストーキング、じゃなかった、追っかけをしている。
「は、はわわわ‼‼ あ、あ、アオト様が私にお声がけを‼」
「いや、そんなに叫びながら写真撮ってたら、こっちも話しかけざるを得ないですから。というかそんなに驚くことでもないですよね?」
別に僕がノノさんに話しかけるのは今日が初めてというわけではない。
デビュー当初から事あるごとに僕の近くに出現するため、それを見かけてはちょくちょく声を掛けているのだが、その度こんな反応をされる。
「お、驚くにきまってますよ! だ、だって、アオト様が私に話しかけてくださるなんて宝くじで七億円が当たるほどの、いえ、新たな宇宙が誕生するほどの奇跡です!」
「僕の行動一つを世紀の大発見と同等にするのはやめてもらえませんか。宇宙に失礼なので」
「そ、そんなことないです! むしろ宇宙の方が失礼です! ただ誕生した程度でアオト
様の言動と同等の奇跡になるなんて……!」
「いや、同等にしたのはあなたですからね?」
急に宇宙に対してキレだすノノさんに対して、僕は至って冷静に返す。
相変わらず支離滅裂な言動である。
話しかけられ動揺しているのか、もしくはこれがノノさんの通常モードなのか、僕はこの
状態のノノさんしか知らないからわかりかねる。
「それで、どうしてまた盗撮なんてしてるんですか? 最近はあまりやってませんでした
よね」
「あ、はい。実はファンクラブ総出でアオト様が出てるニュースを4Kテレビで正座しながら見ていたんですが」
「ファンクラブ総出って、会員あなたしかいないでしょ……」
僕のような弱小俳優にファンクラブがあるわけない。
というか、今朝のニュース見てくれたのか。
それは素直に嬉しいな。
「本当はファンとしてスタジオに侵入したかったのですけど、流石に入り口で警備員さん
に止められてしまって」
「まあ当然でしょうね」
「だからせめてニュース終わりのアオト様の姿を写真に収めるべきだと思った所存です。ファンとして」
なるほど、全く意味が分からない。
「そしたら写真に写るアオト様が素敵過ぎてシャッターを切る指が止められませんでした」
ますます意味が分からない。
「つまりアオト様は最高ということです‼」
「接続詞の使い方間違ってますよ」
何一つとして要約できていないし。
「はっ! す、すいません。つい熱くなってしまって」
「いえ、別にいいですけど——あの、僕そろそろ家に帰りますね」
正直初のニュース番組で緊張しすぎたせいか、もうクタクタだ。
今すぐ昼飯食べて寝たい。
いつも応援してくれるノノさんに対して申し訳ないが、話を半ば強引に区切らせ、その場を後にしようとする。
「アオト様の家!? そ、そこがわかればアオト様のお風呂写真やトイレ写真まで撮れるのでは……!?」
「マジで止めてッ‼‼‼」
ノノさんが一線を越えるのを全力で阻止した。