したいこと
「なんでって、——それはできないことは素直に諦めるべきで」
「できないの?」
「ええ、僕には——」
「やったこともないのに、どうしてそんなことがわかるの?」
「っ! そ、それは……」
言葉に詰まる。
できないという確信はある。
自分の不器用さとか、俳優業が手一杯なこととか、それらが僕の中ではできないであろう理由になっている。
けど、それを白浜さんに伝えるとなると難しい。
不器用とか手一杯なんて、そこまで長く僕と関わって来たわけでもない彼女が知っているはずもない。
白浜さんからしてみれば、僕は自分よりも仕事量の少ない新人俳優で時間的余裕は十分にあるし、デビュー当初から大役を2つも貰えるほどの器用さを持っている。そう見える。
白浜さんだけではない。第三者からすれば僕は弱冠十七歳で俳優として成功している。他人から見れば輝かしい経歴だ。
——けど、それが運や他力によるものだと知る者はいない。
「私だって両立できるし、柊君だって——」
「一緒にしないでください」
咄嗟に出てしまった言葉。
それが冷たい言葉だということに、言ってから気づいた。
だけど、訂正する気はおきなかった。
一緒にされたことが、少しだけ腹立たしく思ってしまったからだ。
「確かに、僕は白浜さんと比べれば忙しくないですし、他人から見ればそれなりにうまくやっているように見えるかもしれません。けど、だからと言って僕が白浜さんと同じようなことができるわけでもないんです」
「……」
「白浜さんが僕のことをどう思ってくれているのかはわかりませんが、僕は貴女ほど凄くはないんです。白浜さんみたいになんでもそつなくこなせるわけじゃないんです」
「……治ってないね」
「え……?」
「決めつける癖。治ってないね」
かつて梓の参観日の日に、僕は白浜さんに背中を押されて行動することができた。
その時「考えずに決めつけているだけ」だと、彼女は僕に指摘した。
それを今でも僕はちゃんと覚えている。
だから僕は、ちゃんと考える癖をつけた。
考えて考えて考えて、僕は学校生活を諦めるべきだと決断したつもりだ。
けど、彼女は否定した。
「私が柊君のことを一緒だと決めつけたのは確かに間違ってた。でも、……ううん、だからこそ、柊君が私のことをすごい人間だと決めつけるのも間違ってる」
「そ、それは……」
彼女の言う通りだ。
僕は、自分が腹立たしいと思ってしまったことを白浜さんにもやってしまったのだ。
「……でも、少しは成長したと思う」
優しい声色だった。
「私のことはさておき、柊君は柊君自身の事ちゃんと考えられていると思う」
そして、彼女は続ける。
「——けど、全部正しいとは思わない」
きっぱりとそう言い放った。
僕の考えを聞いて、「考えられている」と評価しても、「正しい」と彼女は言わなかった。
「私は柊君のことを語れるほど柊君のことを知らないけど、それでも私が先輩としてアドバイスするなら——君はもっと、貪欲であった方がいい」
貪欲。つまり欲張れということ。
けど、
「それは——」
身を滅ぼすことだ。リスクを負うことだ。
そう続けるつもりだった。
しかし、
「欲無しに成長はできないよ」
遮られる。
「貪欲とか強欲とか、あんまりいい言葉では使われない。でも、そういうのって私はすごい大事だと思う。身の丈にあうことばっか目指してたら、身の丈は伸びないから」
「ッ!」
「厳しい言い方だけど、身の丈にあうことをすべきなんて現状維持への甘えでしかない。同じことやってたって同じことしか学べない。だから、高望みや欲張りは悪くないと思う」
「で、でも……」
反論しようとするもうまく言葉が出ない。
僕の考えが間違っているとは今でも思ってない。思ってないのに、反論の言葉が見つからない。
——そして、白浜さんの言葉が嫌なほど突き刺さる。
本当に、嫌なほど突き刺さる。
きっとそれは、僕が甘えているという自覚が何処かにあったんだ。
高望みだなんだと言っていたが、結局僕は現状よりも大変になることをただ恐れていただけなのかもしれない。
苦労するのが怖いだけなんだ。
そう薄々感じていたからこそ、彼女の言葉が突き刺さる。甘えていた僕に突き刺さる。
「——別に、柊君の考えを全部否定するつもりじゃない。君の言うことだって一理あると思う」
「……」
「けど、保身だけじゃなくて、自分が本当にどうしたいかも考えてみて」
「……はい」
小さく頷くことしかできない。
僕は彼女の言葉を噛み締めるので必死だった。
「じゃあ、私はもう帰るね」
白浜さんは席を立ち、それだけ言って去って行った。
自分が本当にどうしたい、……か。
白浜さんの言葉を僕は心の中で反芻させる。




