ヘタレ男は見た・1
で、だ。
梨桜がさっそく、美絵と美恋に連絡を取って話をしてくれるらしいが。
『きょうこれから、美絵と話をする。場所は駅前のモスドナルド』
午後五時過ぎにそんなメッセージを送ってきた妹の心中やいかに。
『なんで場所をいちいち俺に教えるんだ?』
わからないのでそうレスをすると。
『来たいなら、どうぞ』
誰が行きたいと思うのか。
俺が美絵たちと顔を合わせなくて済むように動いてくれるんだろうが、梨桜。
……いや、待てよ。
よく考えろ俺。
なんで美絵がこの大学に進学してきたのか。それを知ることは大事なように思う。
梨桜を通じての話だと、肝心なところをぼかされる恐れもあるし。
…………
う、うん、まあ……あれだ。二人に知られないように遠くから様子をうかがうくらいならしてもいいか。
駅前のモスドナルドなら、おそらく混んでいるはずだから、擬態すればバレる可能性も薄いだろう。
―・―・―・―・―・―・―
探偵物語の工藤俊作みたいな帽子とサングラスで変装し、駅前のモスドナルドへとやってきた。はたから見ると不審者。トレンチコートなら通報待ったなし。
イートスペースを見ると……おお、壁際の二人席に梨桜と黒髪の美絵がいる。
ちょうどトレイ置き場があるところで、反対側ならいい感じに隠れられそうだ。
コーヒーをトレイに乗せ、入り口に近い方に座ると、話し声が聞こえた。よっしゃ。
「……で、本題。なんで美絵は、万葉大学に進学したの?」
「……」
しかもタイミングばっちりだ。不思議な力が働いているに違いない。主に作者から。
念のためと思って、サングラスをしてきたのは正解だったか。視線を二人に移しても怪しまれないからな。
うつむき加減で縮こまってる美絵とは対照的に、梨桜のほうは怒りのオーラを放っている。知らない人が見たらパワハラとも思えるわいな。
「だいいちさ、美絵。あんたそんなに成績よくなかったでしょ。必死に勉強したはず。そうまでしてこの大学に来た理由を教えてよ」
「そんなの……」
「……やっぱり、お兄ちゃんなの?」
「……」
「勝手なもんね。お兄ちゃんという彼氏がいながら、顔だけのチャラ男、半沢なんかに股開いたくせに。あんなのやりたいだけの性欲魔人じゃん」
「……十代男子、だし……」
「お兄ちゃんは、違うでしょ?」
「……」
「お兄ちゃんは、美絵と付き合ってもむりくり押し倒すとかしなかったでしょ?」
「……ごめんなさい」
梨桜の頭に角が見えるよ。さすがわが妹。
美絵のほうはといえば、ただただ縮こまって目線すらも定まらない。はっは、クソビッチ。
「大学を追いかけてくるほどにお兄ちゃんが好きだったのに、なんで浮気したのよ? お兄ちゃんにNTR属性なんてないよ?」
「ぞ、属性……?」
「世の中には自分の彼女を寝取られて性的興奮を得る人もいるって聞いたことあるけど、お兄ちゃんに限ってそれはなかった。美絵の浮気が発覚して、お兄ちゃんのひとりえっち回数が毎日二回から一か月間ゼロまで落ち込んだんだよ?」
おいいいいぃぃぃぃ、梨桜! なんでおまえは兄の自慰事情を完璧に把握してるんだ!?
くっそう、我が家の実家の壁は仕事してなかったのか。いや待て、俺はいちいちひとり上手中に声は上げてなかったはず。となるとノゾキアナとか別の方向からの確認か。
梨桜と一緒に暮らしたら、これ俺がハンドジョブできなくて悶々とする可能性高まってうつだわ。
「そ、そんな……」
「まあ、このままじゃテクノブレイクするかと心配だったから、ボクとしてはよかった面もあるんだけどね」
「……ああああ、そ、そんなだったら、わたしで発射してくれればよかったのに……」
「お兄ちゃんが、自分の性欲を優先して、美絵を性奴隷のように扱うわけないでしょ。あんなに大事にされてたのに、浮気なんかしてさ。ホント許せない」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃぃ……」
美絵が感極まってさめざめと泣く様子を見ても、まったくすかっとしない俺ガイル。
そりゃそうだ。冷静に考えてみれば、なんで美絵が浮気したのかすらも、俺はいまだに理由を知らないのだから。
顔を見るのも嫌で、徹底的に避けたからな、まあ仕方ない部分もあるんだけど。
「今更泣いて謝罪しても遅いっていうのがわからないのかなあ? いいから早く答えなさいよ、なんで浮気したのよ?」
梨桜のイラつきがわかるような問いただし方。だが、それこそが一番聞きたかったことなわけで。
俺の中ではできる妹に対しての感謝と、これからの夜の不都合がまぜこぜになってしまい。
心が複雑骨折しそう。