再会したくなかった・その壱
そして梨桜の大学、入学式の日。
「おお、速水。なんだ、お前の妹、すごい可愛いじゃないか。しかもボクっ娘とかポイント高すぎだ。ぜひお近づきになりたい」
新入生歓迎委員として一緒に活動している、同じ科の但木純太が気安く話しかけてきた。
ちなみに梨桜も同じ学部同じ学科である。兄妹揃って。
「おまえに梨桜はやらんぞ」
「はは、そんな気は……ないと思う。ないんじゃないかな。なかったかもしれない」
「……ふん、まあ梨桜がその気にならなきゃ、意味ないけどな」
「言ってくれるなこんちきしょう。じゃあなんだ、お前の妹の好みはうるさいのか?」
「さあな。ただ少なくともハードルは高いと思うぞ。俺以外の男性恐怖症かもしれないし」
「え、そうなのか……なんともったいない……」
絶句する純太を尻目に、俺は余計なことを回想する。
あれだけ可愛いからこそ、なのかもしれないが。
髪型をショートカットにして、一人称も『ボク』にして。ようやく三年、ここまで来たんだ。梨桜のトラウマを再燃させるような相手は全力で排除するに限る。
「余計なことすんなよ」
「へいへい。ま、俺以外にもその言葉を言っとけ」
春という季節は、今までの自分を捨て去るにはいい季節だ。
だからこそ俺も、屈辱にまみれた思い出しかない地元を去り、わざわざこの大学まで進学したわけで。
梨桜も、おそらく俺と同じだろう。
「そうだな。梨桜にちょっかい出すには俺の許可が必要だと、みんなに知らせ──」
そこまで言いかけて、俺はこちらへ向けられていた視線に気づいた。
「──な!?」
春の風が吹き荒れる入学式後の中庭で。
この大学に入学したときに忘れたつもりだった過去が。
かかわりがあった一人の女子の記憶がよみがえってくる。
「……亮平先輩、お久しぶり、です」
高校時代には茶髪だった髪の毛が漆黒へと変化し。
不必要に濃かったメイクはナチュラルレベルまで薄くなってはいたが。
俺を絶望の底に叩き落したこの顔を、忘れたくても忘れられない顔を──
──なんで、なんで大学の入学式の日に見るはめになるんだよ。
俺の脳内の混乱思考など知る由もなく。
その女子──鯖戸美絵は、こちらへゆっくりと近づいてくる。
「先輩に……もう一度逢いたくて、この大学に進学しちゃいました」
「……」
「美絵のことは、許されなくても当然です。でも叶うなら、もう一度先輩と後輩からやり直したいんです」
ちょっとだけ申し訳なさそうな笑顔とともに、抑揚のないセリフを俺に投げてくる美絵。
「お、おい!? 速水、このエレガントでチャーミングな新入生らしき女子は、おまえの知り合いなのか!?」
沈黙の呪文をかけられたかのような俺は、純太の問いに答えられるはずもなく。
「……あっ! 先輩!」
「お、おい、速水!?」
その場を、マッハで逃げるように立ち去ってしまった。