お寺さんに『参りたい』
蝉がミンミンと鳴る。そこにはあと一週間で死ぬという儚さから哀愁すら感じさせるのではないだろうか。
涼の『家系図』宣言。これをきっかけに私たちは振り回されることになるなんて気づかずに。
「は? 家系図?」
「おう、うちはそこそこ歴史があるって爺ちゃんが言ってたろ?」
「まあ……確かにうちは江戸時代から続いてるって聞いてるけど」
「まじで!?それなら……江戸時代末期まででも8代位は遡れるんじゃね?」
何故か異様に計算だけは早い弟に少しの呆れを覚えながら、思考を巡らせる。
確かにこの家の建物自体も古いから、探したら巻物くらい……あるかもしれない。うん。
そうすると、唐突に涼が出かける準備をし始める。
「ん、どこ行くの?」
「寺行く、着いてくる?」
「あーね、おけおけ。行く」
二人のなかでの『寺』という隠語。その行く先を暗示するように雲が陰り始める。
二人は帽子をかぶって自転車に乗り出した。
「あちゃー。降り出しちゃった」
彩が顔を空に上げて残念そうにする。涼も意外と強い雨に思わず舌打ちをしてしまう。
どちらかと言えば「土砂降り」に入る部類の雨だろう。
「どうする……ってか、雨宿り以外の選択を姉ちゃんに与えたくないんだけど」
姉の性格からしてそのまま土砂降りのなか『寺』まで突っ走りそうだからだ。風邪でも引いて店を休まれると看病もそうだが、ただでさえ少ない生活資金が死ぬ。
「よし、オッケー。じゃあそこの駐輪場で」
指さす先にはこじんまりとした屋根のある駐輪場。とりあえずそこで雨宿りすることにした。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
自転車に乗り、水たまりをタイヤで潰しながら爆走する男が見えてくる。
「ねえ、涼、あの人って……」
「皆まで言うな、無視しろ」
小声で話していると、こちらに気づいたのか手を振りながら向かってくる。
片手運転、危険じゃないのか。まあ私もやるけど。
「涼じゃねえか! どうした! こんなとこで、デートか?」
涼の友達……確か一樹と言ったか。涼とプールに行く約束をしていた一人だったと思う。
「バッ……だれがこいつとデートなんかするかよ」
「誰とデートなんかしないなんて?」
一樹がニッコニコでこちらに話しかけてくる。この人、ずっとこんな調子なの?
そんなことしてたら疲れそうなんだけど。
「はいはい、冗談冗談。知ってるよ。涼の姉ちゃんだっけ。話は聞いてるよ。『うるさい姉』っていう感じで。ここで会ったのも何かの縁だし、夏休みの最後に一緒にプール行かない?口説ける相手は多いほどいいからさ。まあでも、友達の姉ちゃん口説くってのもなあ、涼に顔向けできないよなあ……あ、それとさ……」
なるほど。こういう人か。これが素なのだろう。
あと、『うるさい姉』ってのが気になるから後で問い詰めないと……
涼を睨むと、引きつった笑顔で答えてくれた。いい返答だ。
「いいねえ、一樹くんだっけ?」
「一樹でいいぜ!」
「オッケー。じゃあプールの案には賛成させてもらうよ。私も口説ける男、狙いたいからねえ」
そう言うと、一樹は「魔女だ!魔女だ!」って飛び跳ねてるけど、『美』が抜けてないかい?
あと、美魔女の定義は35歳以上だからね?
「ははは……じゃあ、涼?雨も弱くなってきたし行こうか?」
これ以上ここにいると何があるか分かったもんじゃないため、逃げるように立ち去る。
涼はこれから何を言われるものかたまったもんじゃないと再び引き笑いになっていた。
後もう少しだけ漕げば『寺』だ。