豊臣秀吉は『考える』 〈2〉
少しおかしいことが起きている。
豊臣秀吉が注文してこない。声をかけてもシカト状態。どうしたのだろう。
目の前に出した水すら飲まない。
これは困った。あまり居座られても明日起きられる自信がない。
というか、メニューすら最初の説明以降見てないから、そもそも選ぶ気がない気がする。
もし、何も食べずにここにいたら武将はどうなるんだろうか。
そんな……馬鹿と言ったら悪いが無茶なことをする人はこれまでいなかったから私すらわからない。
これこそ『馬鹿と天才は紙一重』というやつなのだろうか。
「申し訳ございませんが、そろそろご注文を承りたいのですが……」
「……」
「すいません……」
秀吉が来たのが午後十時ころ。それから二時間ほど経過しているから現在時刻午前12時。
私も眠くなってきた。
「彩殿といったか?」
約一時間半ぶりに秀吉が口を開く。ついに注文を言ってくれるのか。こっちはとっくに勤務時間外だ。
「はい!それでは何に!」
「いんや、注文はいらぬ。腹はすいてないのでな」
笑いながら腹をさする戦国の三英傑に少しだけいら立ちを覚えた。
「では何が……」
「ここはどこなのだ?」
私の言葉を遮るように言い放つ。その言葉は少しの恐怖と好奇心のようなものすら含んでいるように聞こえた。
「だから、夢の国だと私たちは称していま……」
「明らかにこちらの世界とは時間の進み方が違う……異空間。説明ができないからこその『夢の世界』。こちらの世界の者がそう称したのをいいことに、おぬしらもそれを引用した」
「え……いや……」
「違うか?」
鋭い眼光の中の威圧感に圧倒されて言葉も出ない。しかも、大筋はあっている。
初めてそこまで見抜かれたことに冷や汗が噴き出す。
「おや? 汗が出ているようだが。おかしいな。この部屋は涼しいぞ。まさか、当たってしまったかのう? 」
私相手の『勝ち』を確信したのか今度は顔をほころばせながらニヤニヤとする秀吉。
「……この世界を『異空間』と称したのはある意味正解だと思います。『夢』は個人にとって理想であるからこそ『夢』といいます。この夢を見た武将全員が『このような料理を食べたい』と思ったからこそ、この料亭はある。それを『異空間』と称するのは個人の自由であり、個人の理想であることからここが『異空間』であることは秀吉様の『正解』なの……です」
何とか頭の中で言葉を紡ぎながら言い切る。
それを聞いた秀吉も『面白いのう』と呟いた。
「まだまだ青いな。料理の腕は確かなのじゃろうが。言葉の間から場数を踏んでないことが筒抜けじゃ。だが、『儂がここを異空間というなら、それは儂の理想だから正解である』うまくまとめたのう」
ここで初めて秀吉が目の前に差し出された水を飲む。
顔を注目していて見ていたが特に変化しない。驚いてそうなのだが。
「今日は何も食わないでおく。ここが儂の理想なら儂がここに来たいと『意識』すればここに来れるはずなのでな」
いかにも帰る準備をする小学生のように言い放つ。
「ではな。料理を食った後に『もう帰ってもいいか』と考えた武将は自身の『理想』によって家に帰った。つまり、『帰りたい』と思えば『帰れる』のじゃろう?」
秀吉は無茶苦茶理論のようなことを言いながら帰った。しかし、私もそれが合っているのか間違っているのかは分からない。
「またのお越しをお待ちしております」
「またの」
一礼をして顔を上げるとそこに秀吉の姿はなかった。
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目が覚める。日が昇ってくる。思わず冬特有の冷たい風に体を震わせる。
「これだから朝が寒いのはいやじゃ」
不満を漏らしながら朝飯の席に急ぐ。確か今日はあのタヌキと三成と会食の席をする手筈だったはずだ。
あのタヌキは少々腹黒いところが残っていて気に食わないが、これも仕事というものだろう。
そういえば、今日は何やらいい夢を見た気がしたの。