豊臣秀吉は『考える』
もののふ亭は自宅兼、店だ。というのが彼ら姉弟の共通認識である。もっと細かく言わせていただくと、敷地内に家と別の建物があり、その『別の建物』がもののふ亭、といった感じだ。
それを聞いてあなたはどう思っただろうか? 『広いなあ』と思ったのかもしれない。しかし、先祖代々そこに住み着いているだけで家もボロいし、大きい町からも遠いし彼らからしたら不便極まりないのは間違いない。
それでもそこに住み着いているのは……何となく……そこが落ち着く……金がない……みたいな、何とも形容しがたい理由であるものの、家の建て替えくらいはしたいものである。
時刻は午後5時30分。もののふ亭は基本自由営業で好きな時に開けて好きな時に閉める(限度はある)のがお約束だ。そしてそろそろ店も閉めようかと思っていた矢先、客は訪れる。
「やっほー!」
「どうも」
2人だ。黒髪を後ろに下げて眼鏡をかけている子と、少し茶色がかった地毛がふんわり頭の上に乗っているような髪型をしている笑顔の子。
彼女らは彩の友達。『やっほー!』と言い、茶色がかった地毛をしているのは、高林理恵。セリフから漂うテンションが高いタイプの奴である。
『どうもー』とごく普通の挨拶をして店に入ってきたメガネの子は、瀬野沙友理。特徴といえばここに居る誰よりも頭がいいことくらいだろうか。それ以外は特に普通である。まあ、勉強ができる時点で人間としての評価は0から10には変わるのだが。
2人とも彩の中学時代を彩ってくれた立役者なのだが、会うのは実に久しぶりだった。
それが突然来たものだから、彩も驚く。
「わあ、久しぶり!高校入学以降会ってないから1年とちょっとぶりかな? まあどうぞどうぞ座って」
着席を促しながら、飲み物を取りに行ったキッチンから大声で尋ねる。
「で、どうしてここに来たの?」
「いや、近くを通ったからちょっとね、思い出して」
「同じくー!」
中でも、パリピ臭いところのある理恵の声は彩からしてもうるさいながら中学2年生頃の彩の一番の『花の青春』時代の思い出を揺さぶるものだった。
「最近同級生たちと会ってなかったからさ、高校も行ってないし」
「そうだったね、理恵と私も学校別れちゃったし」
「他の子達も結構色々別れちゃったからねー」
「やっぱ皆別れたのかあ、高校だし仕方が無いところもあるよねー」
昔時代の思い出に花を咲かせる3人の女子たちの周りの空間はまさしく『女の花園』と言うべき場所だった。
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「……」
天井を見つめるその目はまるでシマウマを狩ろうとするハイエナ。その目は老骨と呼ばれる年齢になったとしても変わりはなかった。
「……」
周りを見ながら状況を確認。見慣れない景色。明らかに和室としての質が高いところからある程度大きな重臣、大名に拉致されたか……。
「例の噂というやつか? ……いや間違いなくそうだろう」
ほとんど信じていなかったも同然の噂だが、奥にある部屋の畳の質は堺でも出回っていない物。明らかな上質品だ。見ただけでわかる。誘拐なぞあの家臣たちが許すわけもなければ、実行するはずもなし……断定するしかないだろう。今、私はどこかに体ごと何らかの原因によって移動していると。
「だれかー!だれかいらっしゃいますかなー?」
噂に則るならば、ここは夢の世界。そうでなくても、危害が加えられたという話は聞かん。ある程度の無茶は許容範囲だろう。夢は自分の思い道理になるからこそ夢なのだ。
「はーい」
「あ!そこの御仁、いやはや、私気づいたらこんなところにいまして……もしかして、『あの』?」
期待の目を孕ませながら、彩を見つめるハイエナの目は柔らかく見える。
「『あれ』が何を指しているかは分かりませんが、恐らくそうです。ここはもののふ亭。店主を務めさせていただいておりますのは、私、山城彩と申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 」
「……私は、豊臣秀吉と言います! こちらこそ何卒何卒! 」
戦国のハイエナは目標を見定めるように秀吉を案内する彩の背中を見つめていた。
「料理……とな? どれも聞いたことがないが……あ、タイの天ぷら。あれは美味だったなあ」
「まあ、そんな感じで料理を選んでもらえたら」
メニューを吟味しながらぶつくさと呟く秀吉を見ながら、彩は初めて来た戦国の三英傑に一戦国ファンとして心を躍らせていた。
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「この中から選べ……か」
メニューに目を通しながらここまでの情報を整理する。
大名の情報網に流れている『武士をもてなす少女』について。まとめるとこうだ。
ある日、光に飲み込まれると美味な飲み物で私たちをもてなす少女がいるということ。
その料亭に行った者は近いうちに大きな決断をしているということ。
料亭に来たという武士の共通点としてはちょうど私たちの世代である、戦が活発に行われていた時期に最前線で戦っていた武士であるということ。
さらに、武士によっては『少女』ではなく『爺』や『青年』を見たものもいるということ。
これくらいだろうか。……この情報を総合すると、『爺』というのはこの少女の前の世代の店主と考えていいだろう。『青年』も。もしくは、『爺』の若かりし頃の姿かもしれない。
となると、世代交代を短期間で行った可能性もあるが、私たちが暮らす世界と料亭の世界は全く違う世界……ということも考えられる。ここまで考えた奴がいるからこそ、この世界を『夢の世界』と称した。
じゃあどうだろう? 夢から覚めなかった場合この世界はどうなる? 経験談によると、料理を食べ終わり満足感に浸っている途中、ふと付くと自室にいた、という場合が多い。
なら、『料理を食べなければ良いのでは』? そうしたら極論、この世界に永遠に留まれる?
しかし、後から考えると、私はこの店において禁断の思考をしてしまったのだ。
今回の話は途中で切ってます。
今回次回の二部構成で、序章のまとめ回となっております。
〔ちなみに序章の存在意義は基本キャラと基本設定を出すことです。〕