ストーリーテラー2
「書けないのと、書かないのでは大きな差があるのだけど……」
迷うように佐藤 梅子は視線をさまよわせた。俺は続く言葉を息をのんで待った。
「……イジメを受けた人に向けた物語を400字で書いてみてくれる?」
佐藤 梅子が俺を見据えて言う。
「丑弌 論咲の軸が分かるように書いてね?」
佐藤 梅子の目が値踏みをするように俺を射抜いた。
その瞳に気圧されるようにして俺は頷く。
「さて、これから私は他の作品を依頼者に受け渡しに行くところなの。ついて来てくれるかしら?」
佐藤 梅子は封筒を俺に返しながら言った。少し手伝ってほしいことがあると言っていたのを思い出す。
「えぇ」
俺は答えて田中 栄太を見た。ついて来るつもりなのだろう、席を立とうとしている。次に大森 誠を見る。
「店がありますから」
大森 誠はあっさりと答えた。
「えっと、友人も一緒に良いですか?」
俺は佐藤 梅子に聞く。それを見計らったかのように田中 栄太がやってきて、佐藤 梅子に名乗った。
「こちらこそよろしくお願いします。じゃ、行ってくるわね」
ニッコリとほほ笑んで佐藤 梅子はカフェの扉を押し、外に出る。俺と田中 栄太も後に続いた。
カフェを三人で出て、田中 栄太の事務所がある方角と逆にしばらく歩く。やがて和風な家が見えてきた。
「どうぞ」
立派な門を開けて佐藤 梅子が促した。表札には「佐藤」と書かれている。
「見事なお宅ですね」
門を抜けた先に池があるのを見た俺はつい、そう言った。
俺達を案内するように先を歩く佐藤 梅子が振り返らずに説明してくれた。
「父から継いだ家です……ただ、大きいだけの入れ物」
何の感情も読み取れない調子に俺は、佐藤 梅子の気分を害しただろうかと心配になった。
「ご家族は?」
田中 栄太が聞いた。
「両親と主人は亡くなりました。子供達は独立して、遠方に」
どこか脚本を読んでいるような不自然さで佐藤 梅子が答える。
「では、おひとりで過ごされているのですか。それは……」
田中 栄太の口がさみしいと動いた。声にならなかったその言葉は一歩先を歩く佐藤 梅子には届いていないだろう。
「何かと物騒ですから、通いのお手伝いさんはお願いしていますけどもね」
そう言葉を続けた佐藤 梅子が玄関のドアを開け、先に俺達に入るようにと促した。玄関だけで俺の部屋が入ってしまいそうな広さだ。
俺達を客間に案内した佐藤 梅子は他の来客を案内して来るからちょっと待っていてほしいとその場を離れた。
「田中さん、今のところ、佐藤さんが故意に人の筆を折るようには見えませんよ?」
俺は小声でそう言った。物語を見せた瞬間に罵倒されるだとか、徹底的に否定されるかの覚悟もしていたが、今のところキツいことは言われていない。俺はその予測が外れたことに肩透かしを喰らったような気持ちになっていた。
「悪意があることを最初から見せびらかすのは子供向け番組の悪役ぐらいだぞ。君は一体どんな世界で生きてきたんだ」
険しい顔をして田中 栄太が俺に言葉を返した。
「に、したって3時間で1万支払うって言ってるんですよ」
俺はそう言ってしまってから、この条件だけを聞いたらうさん臭さが上がることに気づいた。
「……羨ましいぐらい単純で純粋な思考回路だな」
不機嫌そうにそう言った田中 栄太の言葉に何も返せなくなる。
気まずい沈黙の中で待っていると襖がスッと開き、若草色のワンピースを着た女性が現れた。俺と同じぐらいの年齢だろうか。俺達を見て驚いて「新顔は1人だけって聞いていたけど」と後ろを振り返る。
「そのつもりだったのだけどね、私がその子と話している間中、熱い視線を送ってこられたんじゃ無視するわけにもいかないでしょう」佐藤 梅子がそれに答える声が聞こえた。
「えっと……あんまり大人数はちょっと……」
耳を澄ませてようやく聞こえる程度の声量で姿の見えない誰かの声がした。
「何事も経験と慣れよ」
佐藤 梅子が声の小さい方に答える声が聞こえた。俺は聞き覚えがあるような……と記憶を探しながら3人が入ってくるのを待った。部屋に入ってきた姿を見て思わず大きな声が出る。
「三鷹さん」
「……鳴海さんと田中さん」
三鷹 聡子も目を丸くして口元に手を当てている。
「あぁ、世間は狭いのねぇ」
佐藤 梅子が襖を閉めながらいたずらっぽく俺、田中 栄太、三鷹 聡子を順番に見た。どうやら最初からこうなることを想定していたようだ。
「さっぱり訳がわからんのだけど」
若草色のワンピースの女性が説明を求めるように佐藤 梅子を見た。




